第25話 帰しませんよ?

 「帰しませんよ?」


 「いや…俺は帰りたいんだが…?」


 「はい?帰しませんよ…」

 

 清水の実の妹は、とても怖い顔していた。


 「いや、帰らせてください」


 俺は構わずに言った。

 もう、疲れたしなんとしても帰りたかったのだ。


 「ああ!天に還りたいのですか?それなら、手伝いますよ!」


 と、ポキポキと拳を鳴らした。

 清水の妹は今までに見たことのないような恐ろしい顔をしていた。

 字が違うよ…


 「やっぱ、まだ帰りたくないです…」


 なくなく、不本意に俺はそう言った。

 どうやら、清水の妹は俺を帰す気はないらしい。

 あんなに、家に入れるのを拒んだくせに、今度は出すのを拒む。

 天邪鬼とは、このことだ。


 「そうですか!帰りたくないですか!全く仕方のない人ですねぇ〜では、お姉様も起こしたくはありませんし、私の部屋にでも行きましょうか!」


 そう言って、清水の妹は俺に手を差し出した。


 「はい…」


 俺は清水の妹の手を取り、大人しく、リードをつけた犬のように清水の妹の部屋まで連れてかれた。


 清水の妹の部屋は、清水の部屋のすぐ隣だった。


 「どうぞ!我が城へ!」


 「お邪魔します…」


 さすがは清水の妹ということもあって、部屋の内装は似ていた。

 いや、正確には妹が姉を真似しているのか。

 部屋の広さ、ベットの位置などは同じだった。


 ただ、清水奏と違うのは本棚に、少女漫画などがたくさんあった。

 まあ、まだ幼いし多分姉からのおさがりなのであろう。


 「どうぞ、お座りください」


 清水の妹は、クッションを置いた。

 ここに、座れということだ。

 俺は大人しく命令通りにクッションの上にお座りした。


 「そうそう、申し遅れました。ご予測通り、私はお姉様の妹の清水音色きよみずねいろと申します。以後お見知り置きを」


 と、ベットに座っている清水の妹こと音色がそう言って頭を下げた。

 礼儀正しい挨拶だった。


 見た目をざっくりと説明すると、雪のような白色のポニーテールで、どこか清水奏に似ている顔立ちをしている。

 美少女…とまではまだいかないが…(とう言うと失礼だと思うので充分可愛いと言っておく)

 彼女もあと2年後には姉のような美少女になると思う。


 「あなたのお名前は?」


 そんなことを考えていると、音色は俺にそう聞いた。


 「俺は、陰田蒼だ…」


 「あなたが…陰田蒼…ですか。では、蒼様とお呼びしてもいいですか?」


 「いいけど、なんで様付けなんだ?」


 「それは、昔からの癖でして…あまりお気にせず!」


 異常なほど敬語で話す癖か…珍しいやつだ。

 だけど、礼儀で話すことは別に悪いことではない。むしろいいことだと俺は思う。


 どのぞの礼儀知らずの俺の妹と違ってね。


 「見たところ、中学生か?」


 「私の体をジロジロと舐め回すように見るのは感心できませんね…場合によっては即お縄ですよ!」


 お縄はご勘弁願う。

 まだ、捕まりたくはない。


 「舐め回すようにみてねーよ」


 本当は見てたりして。

 実はバレた!と思ったりして…


 「正解です、私は中学2年生ですよ」


 やっぱりか。

 なんとなく、美来と身長や体つきが似ていたからそうじゃないかと思っていた。


 「正解したご褒美にほっぺにチューでもしてあげましょうか?」


 音色は唇に人差し指を置いてそう言った。


 「いりません」


 中学生みたいな子供キスなど間に合っているし、そそらないし、色気が感じられない。

 どうせキスされるならナイスボディのお姉さんを希望する。


 「はぁ…素直じゃありませんね〜素直にならないと女の子からモテませんよ?」


 「別にモテたくないし、俺は十分素直だ!」


 「ハッ!モテたくないとは見え見えの嘘をつきますねぇ〜この世にモテたくない男なんていないでしょ?」


 たしかに、普通の男ならそう思うだろう。

 全人類、少なくともモテたいと思う。


 「フッ…その考えは甘いな!だがな…俺は男であり漢だ!だから、モテたいなんて1ミリも思っていない!」


 「あの、ちょっと何を言っているかわかりませんが…」


 それは、俺も自分でもそう思った。

 男の漢ってなんだ?

 理論的に言ったつもりだが、非論的だった。


 


 「どうぞ…つまらないものですが…」


 音色は俺に、麦茶を出してくれた。

 

 「ありがとう…」


 どうやら、まだしばらくは帰してくれなそうだ。


 「その…蒼様…ありがとうござますね…」


 突然の感謝を言われた。


 「急にどうした?」


 「いえ、蒼様がお姉様を何度も救ってくれたようですし…」


 何度もだと?

 俺が話したのは今日のことだけなのに、どうして、何度もだと言ったんだ?


 「実のところ、前から蒼様の話はお姉様から伺っていまして…前に、お姉様が車に轢かれそうなところ、蒼様に救っていただけたと聞きました」


 なるほど、そういうことか。

 清水(姉)は俺のことを音色に話していたということか。

 俺のことを話に出すなんて、よっぽど話題がなかったのだろう。


 「別に、大したことはしてないよ」


 「いいえ、蒼様のおかげで、お姉様は救われています」


 「……ならよかった」


 「最近、お姉様の顔色が悪いので何かあったのでは?と、心配してました。ですが、先ほどの話を聞く限りもう心配ありませんね」


 「やっぱり、気づいていたか」


 「ええ、そりゃ家族ですもの」


 さすがは、家族だな。

 家族に隠し事はできないってよく言ったりするもんな。

 

 「まあ、もしお姉様がこれ以上傷ついていたら、その男を私自らの手で葬りましたが…」


 今更ながら俺が助けなくてもよかったのではと思う。

 コイツは、躊躇なく九頭竜坂を葬りそうだし。


 「さて、何かお礼をしなければなりませんね」


 「いや、お礼なんていらないから、できれば、早く帰らせてほしいんだが…?」


 俺としては一刻も早く帰りたい。

 帰らせてほしい。


 「いえ、お姉様の恩人をみすみす何もせずに帰すことなんてできませんよ」


 「そうですか…」


 「そうですねぇ〜あっ、ちょうど夕飯時ですから、晩御飯でもお食べになってください!」


 「もう、そんな時間かよ…」


 俺は、スマホの時刻を確認した。

 そこには、6時35分と表示されていた。

 「今日、ゲームでもどうでござる?」とクデスからのメッセージと「新情報だ!俺の新能力が発覚した……」と鬼介のメッセージは無視しとこう。

 

 はぁ…最悪だ。

 

 本来なら、俺は優雅に喫茶店でラノベを読み、その後家に帰り、ゆったりとしていただろうに。


 今日は金曜日で明日は休みだったことが、不幸中の幸いだ。

 まあ、明日に学校があっても絶対に行かなかったが。


 「溜め息ですか…何か悩み事でも抱えているのなら、遠慮なく私に相談してください」


 音色は心配そうに俺を見る。

 俺は「今の俺の悩みは今すぐに帰りたいことだぁぁぁぁ!」と叫びたくなった。

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