第23話 頑張ったな…
「俺が聞きたかったのは、なぜ誰にも助けを求めなかった?」
「………………」
ここまでで、初めての沈黙が訪れた。
見なくとも、見えなくとも清水の
俺が予測するに、親友である春色にもこのことを話してはいないだろう。
かと言って、誰かに話している様子もない。
そもそも、平然を装っている時点でこのことを隠そうとしているわけだ。
つまり、悟られたくない、知られたくない、巻き込みたくない…ということだろう。
1人で悩んで、抱えていた。
たった1人で…1人きりで…
「助けてって…言えなかった…言ったら、巻き込んじゃうと思って…傷つけたくなくて…だから…言いたくても…言えなかったの…」
清水の俺に捕まっている手の力が強くなったと感じた。
「だけど、言わなかったら清水自身がもっと酷い目にあうかもしれないだろ?」
「いいよ、私がそうなるなら別にいい…私だけが傷つくならそれで構わない!でも…でも…他の人が、友達が…酷い目にあうのは、嫌…耐えられない…」
あくまでも、自分より他人、友達の方が大事ってことか。
自分を優先しない人間、自分の方を擁護しない人間なんてそうそういない。
他人のために自分の身を犠牲にできる人間もそうそういない。
優しさだけじゃそんなことできない。
少なくとも、俺にはできない。
それが、家族ならば話は別だろうが。
「そっか…でもな清水、助けが必要なときは素直に助けてって言った方がいいぞ?助けてほしかったら、助けて…でいいんだ…」
「でも、言ったらどうなるかって…九頭竜坂くんに…言われて」
「まあ、そう言われれば言えないのもわかる…優しいな清水は…」
「優しくなんてないよ…私なんか…」
「よく頑張った…1人で耐えぬいて、辛かったよな…」
俺は背後の清水の頭をポンポンと叩いてやった。
「陰田くん…?」
「清水はよく頑張ったよ、たった1人で抱えて耐えぬいて周りに悟られないように平気なフリをして…だけどな、俺の前ではもう我慢しなくていい、平気なフリをしなくていい、辛かったら辛いと言っていいんだ…」
「…………ううう…怖かった…辛かった…苦しかったよぉ……」
そう言って清水は涙を流した。
清水は本当に頑張ったと思う。
あんなに、苦しくて、辛いことを1人で抱え込んで、耐えぬいていた。
それは、誰にでもできることではない。
今の涙を見る限り、本当に辛かったのだと感じる。
今はただ、泣けばいい。
誰ががそう言ってやることで清水の気持ちが少しでも晴れればいいと思う。
傷ついた心の傷は完全には治りはしない、だけど、誤魔化すことはできるかもしれない。
バラバラになった破片を誰がが集めてやればいい…それだけで、人は救われるのだ。
そのことは俺が1番わかっている。
その後、清水は泣き止み他愛のない会話が始まってしまった。
「陰田くんってあんなに強かったんだね〜びっくりしちゃったよ!」
「俺が強いんじゃなくて、九頭竜坂が弱かったんだろ」
「いや、たしか九頭竜坂くんは何かの格闘技をしてるって聞いたことがあるよ!」
まじかよ…あの動きを見た限り、格闘技をやってるようには思えない。
「だとしたら、大雑把な格闘技だな…」
「陰田くんって…何か格闘技やってた?」
「いや、やってないな」
と、一つ嘘をつく。
「え〜嘘だぁ〜だってあの動き、素人の私が見てもただものじゃないでしょ〜?」
「ああ、それは日頃から空手をやっている妹としょっちゅう喧嘩していたからかもな」
俺の義理の妹こと美来。
美来は空手を習っている。故にめちゃくちゃ強い。たしか、県大会とかを軽く優勝するレベルだとか。
そんな美来に本気でぶん殴られる日々を送っているせいか、俺に武術のそれが染み込んだ可能性もあるな。
「えっ、陰田くん妹いたんだ!」
「ああ、妹からはなぜか超絶に嫌われているけどな」
なぜか…いや正確に言えば理由はわかっているのだけど俺は美来に嫌われている。
大嫌いに思われている。
「あはは、嫌われちゃってるんだ、妹さんに何かしたの?」
「何もしていない…わけではないけど…そこまで嫌われなくてもいいレベルだ」
例えば、美来の裸を見たこととか、未来のベットの匂いを嗅ぐとか、美来のパンツを被…ゴホン!
「あらら…そりゃ大変だね」
「全く、どうしたものかな…」
「あっ、言い忘れてた助けてくれてありがとう…陰田くん」
かなり遅めのありがとうを頂いた。
「別に助けたわけじゃない…」
俺はただ単に九頭竜坂をぶちのめしたかっただけだ。
清水はあくまでついで。
決して、清水を助けたわけではない。
それに、喫茶店で会ったのも偶然だ。
清水を助けたのはただの結果論にすぎない。
「でも、結果として私を助けてくれた…」
「変な勘違いをするなよ…」
「え〜だったら今後清水に手を出すなってどういうこと〜?」
そんなこと言ったっけ…?
無意識にヒーローぽいことを言ってしまったようだ。恥ずかしすぎるな。
ただ、俺は浮かれてたんだ…あの時の俺は情緒不安定だったんだ!
調子に乗ってました。
「ソンナコトイッテタッケ?ミミダイジョウブ?」
「うん…言ってたよ、私の耳は大丈夫…陰田くんの方こそ大丈夫?動揺しすぎて片言になってるけど…」
「まあ、とりあえずは今後は九頭龍坂が清水に手を出すことはないと思う」
男と男の約束は死んでも守るのが筋だ。
「うん…」
「まあ、もしまた九頭竜坂が手を出してきたり、助けて欲しかったら俺に言えよ、俺が暇だったら助けてやる」
「……ありがとう…陰田くん…」
「まあ、あくまで、暇だったらだからな」
「私、陰田くんに助けられてばかりだよね…つい最近に命も救われてるし」
過去に、といっても3日前ほどに清水が車に跳ねられそうになっていたところを助けた。
それも、偶然だけど。
「人を助けるのに理由があるか?」
「フフ…やっぱカッコいいね陰田くん…」
やべ〜つい調子に乗ってしまった。
柄ではないことをベラベラと口走ってしまった。
「このお礼はきっと返すね……あっ、だけどこの前に迷惑って言ってたよね…」
この前とは例のファミレス事件のことだ。
俺はその時に清水からのお礼を迷惑と言い切ってしまったのだ。
あのときのことは俺も反省している。
猛省している。
「いや、別に迷惑なんかじゃないよ…」
「えっ…じゃあまた、お食事に行ったりしてくれる?」
「まあ、それは保証できないが…少なくとも俺は迷惑とは思ってないから…」
一応は弁解できた。
俺の陰キャライフが壊れない程度ならば問題はないと最近そう思い始めていた。
清水は純粋にお礼がしたいだけだからな。
その気持ちは素直に受け取るべきだろう。
「よかった…迷惑じゃ…なくて…本当に…」
そう言って、しばらくして清水は大人しくなった。
一言も話さなくなった。
急にどうした?
と、思っていたら、俺の耳にスヤーっと吐息が聞こえた。
どうやら、清水は寝たらしい。
今度こそ正真正銘、寝たようだ。
全く…人が重いのを背負って頑張って家まで運んでやっているというのに、すやすやと気持ちよさそうに眠りやがって。
このまま背負い投げして、起こそうとも思ったが、さすがにそれはまずいと思ったり。
悪戯心が疼いたり…
「えへへ〜陰田くん〜そっちは羊だよ〜?」
と、清水は変な寝言を言っている。
一体どんな愉快で痛快な夢を見ているのやら。
「結局寝るなら、最初から素直に寝とけ…」
俺はそう呟いた。
そして、俺は眠っている清水をおんぶしながら、歩き続け、ついに清水の家にたどり着いた。
思えば、道のりは果てしなく、険しく長かった。
腰が悲鳴を上げている。
よく頑張ったと思う…俺。
清水の家は普通の一般的な一軒家だった。
俺はインターフォンを押した。
さっさと、清水を預けて帰りたい。
「おかえり、お姉さ………ま?」
ドアが開くと、中学生くらいの女の子が出てきた。
その女の子は白色のポニーテールでどこか清水に似ていた。
おそらくだが、清水の妹だろう。
「あの…」
俺が言おうとした矢先だった。
「あなたは誰ですか!?変質者ですか!?」
そんなことをいきなり言われた。
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