第18話 別れ話
俺にとってここの喫茶店は聖域に近いものだと思っている。
心が安らぐ場所、気持ちが落ち着く場所、ストレスが発散、緩和される場所とも言い換えられるような神聖な場所なのだ。
喫茶店にしては、メニューも多い方だし、ご飯類も美味しい。
特にここの、カレーライスが度肝を抜かすほど美味しい。絶品だった。
星の評価をするなら星三つ中、星三つだ。
特に、ここのココアは絶品なのだ。
日本一、いや世界一、いや宇宙一美味しいココアといっても過言ではない。
俺はそんな
喫茶店で読むラノベは格別なのだ。
俺の優雅で美徳なひととき。
そんなひとときが現状において壊されそうになっている。
実際はもう壊されている。
九頭竜坂という男に。
九頭竜坂は店員さんに大きな声で激怒していた。
「つったくよぉ!呼んだらすぐ来いや!」
…と大声で人目気にせずに叫んでいる。
常識的にマナーがなっていない。
こんな公共の場で大声を出すなんてマナー違反どころの話ではない。
迷惑行為プラス害悪行為だ。
俺が店長ならば即出禁にするほどだ。
だが、九頭竜坂のあの見た目のせいか、強く注意する人はいない。
店員さんも恐怖に怯えてしまっている。
九頭竜坂はイメージ通りのやつのようだ。
見た目からしてそうだろうなと思っていた。どうやら、この場合は見た目で判断してもよかったらしい。
そして、そんなマナー違反レベルマックス完凸の向かいには清水奏が座っていた。
相変わらず、体調が優れなさそうな顔色だった。そして、店員さんに申し訳なさそうにしている。
最悪のタイミングで来てしまったようだ。
普段ここに同じ学校の人は見たことがなかったのに。
幸い、俺がいることは清水たちには、バレてはなさそうだ。
バレないようにしなければならない。
俺の優雅で美徳なひとときは送れなさそうだ。
「キャラメルカフェラテと、ココア!」
九頭竜坂は乱暴な口調で店員さんに言った。
失礼極まりない、礼儀知らずな言い方だった。
「ったくよぉ、これだからこんなボロっちぃ店には来たくなかったんだよ…」
九頭竜坂は相変わらず文句を垂れ流す。
こんな、歴史ある老舗をボロっちぃなんて言うとは、許せんな。
俺の行きつけの店を悪く言うなんて…
全くもって不愉快だ。
「お前が、ここで話したいって言うからなくなく来たんだよな?」
九頭竜坂は向かいに座っている清水に乱暴に言った。
とても、良き彼氏とは思えなかった。
「ええ…その…九頭竜坂くん、もう少し声のボリュームを落としてもらえないかな?その、他のお客さんもいるんだし…」
「あぁ?知るかよそんなもん。嫌ならそいつらが出てけばいいだろ?」
九頭竜坂はキッパリ否定した。
なんて、自分勝手で自己中なやつだ?
世界は自分中心で回っていると思ってそうだな。
なんで、あんなやつと清水は付き合ってるのかが、わからない。
一体あいつのどこに魅力があるというのだろう?
顔はイケメンだけど…
今の九頭竜坂の言動で、店にいたお客さんたちはみんな帰って行った。
そりゃ、あんなやつが店にいたら誰だって出ていくだろう。
残るのは俺だけだ。
できれば俺も帰りたいが、出口の方向には清水たちが座っているので帰れない。
俺の存在を認識されたくない。
「お待たせしました…」
店員さんが、キャラメルカフェラテとココアを九頭竜坂の席に置いた。
気のせいか、注文から早かったような気がする。
いっそ、そのキャラメルカフェラテを九頭竜坂にぶっかけてやればいいのに。
九頭竜坂はキャラメルカフェラテに口をつけた。
「まあ…普通だな…」
そんな適当なことを言うな!とも思いたいが、その意見は俺も賛成だ。
俺もキャラメルラテを飲んだことがあるが、特段美味しいとは思わなかった、とはいっても美味しくないわけでもない。普通だった。
どうやら、味覚はまだ正常らしい。
「わぁ…ここのココア、すごく甘くて美味しい」
清水はココアを一口ストローで飲んでそう言った。
そうだろ?となぜか俺が自慢げに思ってしまった。
何度も言うが、ここのココアは絶品で格別なのだ。ここの、ココアを飲んだら最後他のココアはもう飲めなくなる。
「俺は元々甘いのは嫌いだからな」
九頭竜坂は、不機嫌そうだった。
じゃあなんで、キャラメルラテみたいな甘いやつを頼んだんだよ…と思わず心の中でつっこんでしまった。
今の今まで、2人の様子を伺っていたが、とてもカップルという雰囲気ではない。
俺のイメージのカップルはお互い楽しい!愛してる!イチャイチャ!ラブラブ!イエスフォーリンラブ!って感じだと思っていた。
特に、清水の方は楽しそうではない。
体調が悪いからでも、ないように。
「で?話したいことがあるって言ってたな…なんなんだ?」
九頭竜坂は言った。
いよいよ本題に入るようだ。
「それは…」
清水の顔に緊張と恐怖が浮かぶ。
そして、清水は一呼吸おいて決心したように口を開いた。
「私と別れてほしい」
清水は真っ直ぐで直向きな目で九頭竜坂を見つめていた。
「はぁ?」
次の瞬間、九頭竜坂はその言葉を聞いたあとに、テーブルを勢いよくドンと叩いた。
「ひっ…」
俺は驚いて声を漏らした。
店内は静まり返った(いや、元々人がいなかった)。
「お客様…他の方が迷惑になるような行為は謹んでいただけますか…?」
さすがに、店員が注意に入った。
と言っても、他のお客様は俺しかいないのだが…
「うるせぇ」
九頭竜坂の迫力に店員さんはなすすべがなかった。
九頭竜坂は鬼のような表情をしていた。
「ちょっと、九頭竜坂くん…本当に迷惑だけはやめてよ」
「お前もうるせぇ…てか、なに?さっきの言葉?よく聞こえなかったから、もう一度言って欲しいんだが?」
九頭竜坂は怒り混じりにそう言った。
「私と別れてほしいと言いました」
清水は九頭竜坂を恐れてなどいなかった。
俺は単純にすごいと思った。
俺なら、怖くてそんなこと言えない。
清水は真っ直ぐな瞳をしていた。
迷いも、恐れもない瞳だ。
「最後だ…本当にそう思ってんのか?」
「私の考えは変わりません」
清水は俺が思ってたより強い心を持っているようだ。
「ふざけんなよ!」
九頭竜坂は怒り心頭に発した。
激怒だった。
そして、立ち上がり清水の腕を掴む。
「えっ…」
「お前がそう言うなら、俺のお前の関係をあらためて教えてやらなきゃならねぇな!」
九頭龍坂は鬼ような表情でそう言った。
「来い!」
そして、清水の腕を掴んだまま無理矢理に引っ張る。
「痛い!ちょっと、やめてよ…」
「お客様!落ち着いてください!」
「ウルセェ!」
店員さんが止めようとしたが、九頭竜坂は静止を振り切って、清水を引っ張り店を出て行った。
嵐よりタチが悪かっただろう。
一部始終を見た感じ大体、わかった。
九頭竜坂がどんなやつなのか、清水の気持ちとか、関係性とか…
清水がこの後どうなるのかは俺にとっちゃ知ったことではない。
多分、大変なことになることは予測できる。
十中八九、暴力でも振るわれるだろうな。
ここで、正義のヒーローならば助けに行くのだろうが、お生憎様、俺は正義のヒーローでもなんでもない。
どちらかというと、モブだ。
友人A、通行人B、記憶にないC。
それに、他人である俺が2人の事情に首を突っ込むわけにはいかない。
俺にできることも、することもなにもない。
そうなのに、そのはずだったが…
俺はラノベを閉じて、残っていたココアを一気に飲み干した。
————————————————————— ここまで読んでくださった皆様、ありがとうございます!少しでも「面白い」、「続きが見たい!」と思っていただけましたら、『ブクマ登録』と『星評価☆☆☆』をしていただけると嬉しいです!好評でしたら、頑張って長編にしようと思います!よろしくお願いします!気軽に感想などを書いてくれると嬉しいです!
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