第16話 usually

  放課後、昨日、一昨日と同じように俺は掃き掃除をしていた。


 掃除当番は一週間も続く。

 正確にいえば、月曜日から金曜日の5日間。

 

 黒板や、モップ、机拭きなどの項目があるが、俺は恐らく1番楽であろう掃き掃除を自ら進んでやっている。


 ただ脳死で箒で埃や塵を掃けばいいだけだから楽だ。


 幸い俺の掃除班には、「ちょっと男子!ちゃんとやってよね!」みたいに口うるさく言ってくるような女子はいない。


 春色みたいなやつがいたら終わっていた。

 いたら、間違いなく半殺しにされていただろう


 「はぁ…怠いな…」


 そうやってため息混じりに呟いてしまう。

 俺の癖はため息だ。

 何か嫌なことや、気分がのらないとすぐにはぁとため息を吐いてしまう。

 ため息をすると幸福が逃げていくと言うが、ついでに不幸も俺から逃げてくれないかとつくづく思う。

 神様…幸福も不幸もいらないから、平凡を俺にください。

 

 なんて、自分勝手でくだらない妄想を浮かべたりしていた。


 「おぃーす!」


 そんなくだらないことを考えていると背中をバシッと叩かれた。

 かなり強めに、背中に手の跡が残っているんじゃないかと思うぐらいに、痛かった。


 「痛てて…」


 叩かれた背中をさすりながら振り返ると、ギャル系美少女こと、早乙女愛羅が立っていた。


 俺の背中をぶっ叩いたのは早乙女だった。


 「おぃーす!じゃねぇよ…」


 「え〜?いつも通りの挨拶じゃん」


 そう言って、早乙女は笑った。


 「その挨拶は初見だし、俺と早乙女は昨日の朝以外にまともに喋ったことはないだろ」


 「細かいことは気にしない方がいいぜ?」


 挨拶のことなど、どうでもいい。

 気になるのは掃除班でもない早乙女がなぜここにいる?


 「俺になんか用なのか?」


 「なんか用?って、そりゃ用がないと私が陰田みたいなやつに話しかけないでしょ…」


 ……そんな言い方をされるとむかつくな…


 「じゃあ、早く用件を言えよ…」


 「なんか、陰田冷たくねー?昨日私とあんなに抱き合った仲だというのに…」


 「誤解を生むような言い方するな!俺は無理矢理に不本意に不平等に不条理にお前に抱えられさせたんだ!」

 

 「え…結構嬉しそうだったのに?」


 「記憶補正されてないか?俺は一切嬉しそうになんてしていない、むしろ真逆、正反対だよ!」


 「でも、内心はこんな美少女を抱き抱えられて幸せだな〜とか思ってたんでしょ?ちょっと引くわ…」


 「だから、勝手に俺のイメージを作り上げるな、格を下げるな、嘘をつくな…」


 「これ以上に格が下がるの?底辺なのに?」


 「なるほど、お前は俺を煽りに来ただけか。そんな暇あったら、さっさと帰ってペット金魚にでも餌を与えるんだな」


 「な、なぜ私が金魚を飼ってることを知ってんの?あ…まさか、ストーカー?」


 「勝手に俺を犯罪者予備軍にするんじゃねーよ」


 「捕まったら面会に行ってあげるよ」


 「捕まらなねーよ…ってか、さっきも言ったが、用件はなんだ?」


 なんなんだ一体? 

 あまり油を売っていると担任に怒られてしまう。早く用件を言って欲しい。


 「いや〜そのね…」


 早乙女は頬を赤らめてもじもじとしている。

 初めて見るような、女の子らしい仕草だった。


 「ん?」


 「ことあと…暇だったら…私と一緒に街にでも…行かな…」

 「無理」

 

 「へっ?」


 俺は即答した。


 早乙女は目を見開いて俺を見ていた。


 「な、なんでよ?どうせ、陰田なんて暇じゃないの?」


 「悪いな…今日は用事がある、それに俺を暇人だと断定するな」


 そう、俺は昨日から決めていたことがある。

 それは、いきつけの喫茶店でココアを飲みながらラノベを飲むという、最高で至高の優雅なひとときを送ることだ。


 俺は月に何回かそういうルーティンをしているのだ。


 喫茶店でラノベを読むと何倍も面白く感じるのだ。


 まあ、たとえ何も予定が無かったとしても適当な理由で断るつもりだったが。


 ギャル系美少女と一緒にデートイベントなど、俺の陰キャライフに必要ない。存在しない。


 「用事って?」


 「早乙女には関係ない」


 「教えてよ!」

 

 「嫌だ、断固拒否する」


 「じゃあ…いつなら行けるの?」


 「さあな…俺は忙しいから…」


 「嘘つき…」


 「ん…と」


 その通り嘘つきなために何も言えない。

 それより、なぜ早乙女はわざわざ俺なんかを誘うんだ?他に遊ぶ人など山ほどいるだろうに。


 「私のことが嫌いなの?」


 早乙女は悲しい表情をしていた。

 いつも明るいやつが、こんな表情をするとはな…あれ…俺のせいか?

 割合としては…1対6で僕のせい?


 「嫌いじゃないよ…」


 「じゃあ、好き?」


 「はぁ?」


 なぜそうなる?

 そういう思考になる?


 「答え…て?」


 早乙女が俺に近づく。

 俺は、逃げるように後退する。


 「どっち…?」


 「そ…その…」


 さて…困った…なんて答えるのが正解なのか…

 好きだよとは口が避けても言わないし、思ってもいない。嫌いだよと言えば、早乙女を傷つけてしまう。


 結構、詰んでいるな。

 普通と、usuallyと答えるのがベストなのか…

 そんな曖昧な答えで早乙女が納得するとも思えないし…どうすれば…


 「コラ!陰田くん、掃除をサボっちゃダメだぞ!」


 横からそう言ったのは天野だった。

 黒板消しを片手に腰に両手を置いていた。

 

 「ああ…ごめん、ちゃんとやります…」


 助かった。

 ナイス!天野!

 おかげで、答える間を潰すことができた。


 俺は流れるように、掃き掃除を再開した。

 早乙女から離れることができた。


 「早乙女さんも、陰田くんを誘惑するのはいいけど、せめて掃除が終わった後にしてね」


 「誘惑って!?私は、そんなつもりじゃ…」


 一体何を話しているのやら。

 遠目から2人の様子を伺った。


 すると、早乙女が俺にまた近づいてきた。

 またかよ…もう勘弁してくれ。


 「また、誘うから!」


 と、早乙女は俺に指をさして颯爽に帰って行った。


 なんなんだよ…

 まるで、嵐のようだった。


 「はぁ…」


 俺はまた、ため息を漏らした。


 面倒なことにならなければいいが。


 だが、あんな冷たく断ったことは悪いと思う。

 だが、仕方ないし、しょうがないことだ。

 

 俺は俺の俺としての陰キャライフをなんとしても、死守しないといけないのだ。

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