第13話 堕天使様

 地獄のような、春色との昼食を終えて俺は教室に戻り自分の席にいた。


 隣には清水奏がいた。

 隣の清水奏はなんだか体調が悪い様子だ。

 疲れているような、調子が悪いようなそんな感じだ。


 たしかに、春色が言っていたようだった。

 春色が心配になる理由もわかる。


 イケメンなら、ここで「大丈夫かい?」とか一声かけて心配するだろうが俺はそんなアニメや、漫画のような都合のいいイケメンではない。俺はどちらかというと、モブキャラだ。

 陰キャでモブキャラで、雑魚キャラだ。


 それに、清水奏には助けくれる人、手を差し伸べてくれる人、相談に乗ってくれる人なんて沢山いそうだし。

 例えば、彼氏とか。特に彼氏とか。やっぱり彼氏とか。ほら、彼氏とか。


 清水の彼氏のことは何も知らない。

 誰なのか、何歳なのか、どこに住んでいるのか、この学校内にいるのか…そもそも人間なのか…


 そういえば、今日の昼休みは清水の姿を見ていない。

 少なくとも食堂には、いなかった。


 まあ、どれもこれも俺には関係ないことだし、興味も関心もない。


 そんなことを思って隣の清水奏の眺めていたら目が合った。


 俺はすぐに目を逸らすつもりだった。

 だが、すぐには逸らせなかった。


 清水は大丈夫だよと言うような笑顔を俺に向けたのだった。

 その笑顔はどこか無気力で悲しげだった。



◇◆◇◇◆◇◇◆◇


 その日は別に何事もなく授業が終わり俺は掃き掃除を嫌々と行っていた。


 「へーい!陰田君にパス!」


 その声ともに、丸まった紙ゴミが俺に転がってきた。


 その紙ゴミをパスしたのは、クラスメイトから天使と呼ばれる天野乃恵瑠あまののえるだった。

 

 相変わらず天使のような優しい笑顔をしていた。


 「どうしたの?陰田君、今日はなんだかぼーっとしてるよ?」


 天野は首を傾ける。


 「そうか?」


 ぼーっと、何も考えてないように、人生を脳死プレイしている俺はいつもと変わらないと思うが。


 「うん!いつも陰田君のことを見てた私が言うんだから間違いない!」


 「そっか…」


 最近俺は、ぼーっとすることが増えた。

 それは、無意識であり自ら望んでそうしているのではない。


 「何か…悩みでもあるのかな…もし、よかったら私、話聞くよ!」


 天野が前のめりになって言った。

 その時に揺れる胸に目が離せなかった。

 その…巨に…ゴホン!


 「いや、別に俺は悩み事なんか…」


 悩み事がないわけではないが、天野に相談しようとは思わない。


 「ここじゃ話ずらいよね!じゃ…じゃあそうだ!たしか、陰田君って私と帰り道が同じだったよね?駅だよね?」


 「ん…駅だけど…」


 「じゃあ、今日は一緒に帰ろ?いや、帰ってもいいかな…?」


 「えっ…それは…」


 普段、絶対に俺は断るのだが。

 彼女、天野乃恵瑠については断りずらい。

 このたった2ヶ月でいろいろと世話になったこともあるにはあるし。

 断りずらい…

 

 そんな、愛くるしい目つきで俺見るな…

 

 「駄目かなぁ…?」


 そう言って、天野はそっと俺の手を握った。

 天野の温かい温もりが手と手を通して伝わってくる。


 「わかった…」


 「本当!やったぁ!」


 結果的に押し切られる形になり、妥協した。

 あんな、目つきで見られては断れないだろ。

 反則技だよ…ガード不可だよ!

 

 天野は嬉しいそう軽く飛び跳ねていた。

 俺と一緒に帰るのがそんなに嬉しいのか?

 いや、そんなはずない。


 どうせ俺なんて1人で帰るよりもマシになるだけの暇潰しのオモチャにすぎない。

 俺は天野に利用されているだけ…って考えすぎか…天使のように誰とでも優しく気遣いができる天野だ…表裏が存在するばすもない。


 それに、天野なら別に一緒に帰ってもいいと思う。

 

 クラスの女子で1番気を使わずに話せるからだ。


 ということで、俺は今天使と一緒に…間違えた…天野と一緒に並んで歩いている。


 天野も電車を使っているらしい。

 俺が登校する時間帯と天野が登校する時間帯が違うため、天野を見かけたことはなかった。


 「突然だけど、陰田君は好きな人とかいるの?」


 「は?」


 本当に突然だった。唐突な質問だった。

 突然すぎて理解が追いつかなかった。


 「いや、いないよ」


 俺は正直に言った。

 見栄とかではない。純粋に好きな人などいない。


 「ふーん、じゃあ気になる人とかは?」


 好きと、気になるのはどれくらい違うのかがわからないが好きと似たような意味だろう。


 「いない」


 「そっか〜なんか、最近学校にカップルが増えているよね」


 「そうなんだ…」


 たしかに、食堂でも男女同士、2人きりで食べている人を見かけるのが多くなった。

 全く、人前で人目気にせずにイチャイチャするのはどうかと思う。


 一言で言ってうざい。

 二言で言って消え失せろ。

 三言で言って俺の視界に入るな。


 赤の他人のカップルのイチャイチャなど、この世で50位くらいに見てられないものだ。

 イチャイチャするなら勝手に他所でやってくれ。


 まあ、決して、別に俺がイチャイチャしたいとは思ってないぞ!

 羨ましいとかも思ってないぞ!


 「クラスにも彼女とか彼氏できた〜って人いっぱいいるよね!」


 「たしかに…言われてみれば」


 「例えば清水さんとか!」


 「清水?!」


 「ん?あれ?どうしたの陰田君?そんな驚いたような表情をして…」


 「いや、別に驚いてなんかないよ」


 俺としたことが…清水の名前に反応してしまった。


 「そういえは、最近…ここ2日間、特に昨日かな?陰田君、清水さんと仲良さそうだったね」


 「そうか?俺と清水は仲良くはないよ」


 「本当に〜」


 「ああ、リアリーだ…」


 「ふ〜ん、そうなんだ!私の勘違いだった!ごめんね!」


 天野は天使のように笑った。


 「清水の彼氏のことは何か知ってるか?」


 なぜ、この質問をしたのかはわからなかった。ただ、知りたかったのだ。清水奏の彼氏のことが。清水が好きになった男のことが…


 「うん。知ってるよ。清水さんの彼氏のこと」


 「なら、教えてくれないか?」


 「いいけど、じゃあ私の質問に答えてくれるかな?」


 「いいけど…」


 等価交換ってやつか?天野が清水の彼氏のことを教える代わりに、俺が質問に答えるという…

 肉体を持ってかれるわけでもないので、鋼の体にはならないだろう。


 まあ、仕方ない…俺に答えられるなら答えよう。


 「陰田君は清水さんのことが好きなの?」


 ストレートな質問だった。

 だが、答えは決まっている。


 「いいや、好きじゃない」


 これは、本音だ。

 正直、清水のことをどう思っているのかは言葉にできない。たが、好きではないことは間違いない。かといって、嫌いでもないのは明らかだ。


 というか…さっき好きな人はいないと言ったのにな…

 

 「そっか!そうだよね!」


 なぜか、天野は嬉しそうだった。


 「清水さんの彼氏は、隣のクラスの九頭龍坂聖也君だよ!」


 「ん?誰?」


 俺は自分のクラスならまだしも、他クラスの人の名前までは、覚えていない。

 だが、九頭龍坂なんて長くてインパクトとのある苗字なら一度聞けば覚えているはずだが、覚えていないということは聞いたことはないだろう。

 

 「あれ?知らないの?九頭龍坂君のこと、結構有名なんだけどな〜」


 そうなのか…全然知らないのは結構やばいのか…無知な豚キムチか…


 「九頭龍坂君はスポーツ万能!ムキムキ!そしてイケメン!って感じ」


 天野はすごくざっくりと説明してくれた。

 そんな、脳みそを使わないような言葉は天野らしいが。


 まあ、よくアニメや漫画に出てくる万能イケメンだろう。


 清水の彼氏にピッタリだ。お似合いだ。

 俺と違ってな…


 「でも、私は九頭龍坂君のことはちょっと怖いかな…」


 「なんで?」

 

 「なんなく…見た目で決めつけちゃ駄目なのは知ってるけど、彼を見た時に怖いって思っちゃったの…目つきとか…」


 イケメンって怖いものなのか…知らなかった。


 「清水さんと付き合ってまだ一週間らしいよ」


 一週間、思ったより最近なんだな。


 「陰田君もそろそろ彼女とか作っちゃいそうだね〜」


 陰キャに彼女などできるわけがない。

 天野が皮肉を言うとは驚きだ。


 「俺に彼女なんかできるわけないだろ?」


 「そうかな?でも陰田君結構イケメンだから女の子からモテそうだし…」


 俺がイケメンだって?

 勘違いするなよ俺!

 これは天野が優しいからだ、あくまで天野の天使の慈悲で言っているだけだ。


 「俺なんかイケメンじゃないよ…」


 「いいや、私結構陰田君のこと好きだよ!」


 「えっ?」


 「あっ?」


 天野はハッとした。

 まるで、「あっ、言っちゃた!」と焦る様に。


 「いやいや今のなし!今のなしぃ〜!決して、変な意味じゃないからね!」


 天野は焦り気味に、俺の肩をポカポカ叩きながら言った。


 「いい?今のは忘れる!」


 「ああ…忘れます…」


 一生忘れはしないと思うけど。

 多分、脳内再生ループすると思うけど…


 「忘れるスイッチオン!」


 そう言って天野は俺の鼻を人差し指で押した。


 なんだこれ?

 最高に意味がわからないが、なんだか楽しくも思えた。


 そんな他愛のない会話は駅に着くまで続くのだった。








 人は表と裏がある。

 それは、皆にいえることだろう。

 裏のない人だっていない。

 表だけの人はいない。

 裏を見極めることができなければ、いずれ痛い目を見るのは己自身だ。

 裏がドス黒いやつは意外と身近にいるものだ。

 いい人なんて思ってはいけない。

 疑って生きないと…

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