第11話 我儘お姫様
「はっ?」
俺は戸惑っていた。
戸惑いながら、同時に焦っていた。
「抱っこ!」
金髪ギャル系美少女の早乙女愛羅が今俺の目の前で手を広げていた。
まるで、抱っこしてと言わんばかりの子供のように。少女ように。幼女のように。童女のように。赤子のように。生まれたての小鹿のように。
手をブンブンと振って待っていた。
「な、俺が?!」
「陰田以外誰がいるのさ?ほら、はーやーく!」
それもそうだが。
万が一の確率で俺の後ろに超絶美男子がいるかもしない。
だって、普通冴えない陰キャの俺に抱っこをせびるか?
「早くしてよ〜信号青になるよ?」
「な、嫌だ」
絶対に嫌。
というか、無理だ。
抱っことかできるわけない。
第一、彼女を抱っこすると、さっきのスピードは出せない。
つまり、遅刻する可能性が上がる。ぐんと上がる。鰻上りだ。
どのみち、俺が彼女の抱っこして走る理由もなければ、メリットもない。
デメリットの塊だ。
「え〜さっき、ヘアブラシかけてあげたのにな〜」
彼女は悪魔のような笑みをしていた。
コイツ、さっきの俺にヘアブラシで髪をセットしたことを貸しとしている…恩としている。俺に鶴の恩返しをしろと言っているのだ。
羽衣じゃダメですか…
確かに、とても非常に助かったのは事実だ。
早乙女に対して多大なる恩があるのも事実だ。
だが、抱っこを見返りとして求められるとは思わなかった。
「あっほら!早く!信号はもう青だよ?」
気がつけば、信号はもう赤から、青に変わっていた。
早く行かなければ…
だが、俺の心の信号はまだ赤色のままだ。
どうすればいい?
彼女を無視して走り去るか、彼女の要望通り抱っこして走るか…
「早く!陰田君!遅刻しちゃうよ!」
早乙女が急かす。
どうする?
「あっ!信号がぴこぴこしてる!やばいって!」
まずい、今渡らなければ遅刻確定だ。
悩んだ暇はもうなかった。
クソ!
もう、無我夢中だった。
俺は考えることを放棄した。
「ひゃん!」
俺は彼女をお姫様抱っこし、走り出した。
考えることなどもうどうでもよかった。
考える方が無駄だ、無意味だ。
なんとか、信号を渡ることができた。
「うっ…重い!」
正直に、咄嗟に声に出してしまった。
「言うな!」
彼女は、しかめ面で言った。
言うな!と言われても言おうとして言ったわけではないのでご了承頂きたい。
てか、なんだよ…この展開は?
ギャル系美少女をお姫様抱っこするイベントが勃発している。
走りずらいし、重い。
手がつりそうだ。
彼女は俺に必死に捕まっている。
走るたびに、目の前で彼女のご立派な胸が揺れ動く。
走り始めてからある異変が俺に起こった…
あれ?なんか、力が漲ってきた…?
不思議と俺は疲れなかった。
スピードは少し落ちているものの、一定のペースで走ることができる。
この調子でいければ、間に合う!
「快適、快適〜!」
彼女は随分とくつろいでいる様子だ。
クソ!こっちは必死に走っているというに…
どこかで投げ飛ばそうとも考えてたりして…
「ほら…頑張って♡」
「ひゅん!」
彼女が俺に吐息を吹くように耳打ちした。
「ふっ〜」と息をかけられた。
おかげで、変な声が咄嗟に出てしまった。
こそばゆいのでやめていただきたい。
「ププッ!ひゅんって!可愛い〜」
彼女は笑った。
誰のせいでこんな情け無い声が出た?
本当に投げ飛ばしてやろうか…
「へぇ〜私の吐息なんかでそんなになるんだ〜」
そろそろ、振り落としてもいいかな?
「余計なことするな!」
「ええ〜?とか言って正直興奮したんじゃない?ほらほら、正直に言ってみなさい〜」
「次に、余計なことをしたら川に投げ捨てるからな」
「うわ、こわ〜せっかく私なりに応援してあげているのに…」
「早乙女は黙ってればいい」
「はいはい〜」
結局、結果としてはギリギリの紙一重で学校へ着くことができた。間に合ったのである。
間に合ったのは正直、奇跡である。
もちろん、学校に着く少し手前で彼女には降りてもらった。
というか強制的に振り落とした。
早乙女をお姫様抱っこしたまま学校に行くわけにもいかない。
彼女はそのまま行くつもりだっみたいだが。
「なんで、降ろすの!教室まで連れてってよ!」
と、早乙女は文句を言っていたが無視した。
俺は構わずに早乙女を無視して走り逃げた。
これ以上、関わってられない。
ああ…腕が疲れた…
心も…疲れて…ない!?
◇◆◇◇◆◇
「おはよう!危なかったね」
俺の隣の席の美少女、清水奏。
彼女は昨日と同じように俺に話しかけてきた。
昨日のあのことなどなかったかのように。
いつも通り、あくまでいつも変わらずおはようと俺に言ってくれた。
「おはよう」
俺も一応言っといた。
気怠く、記憶にすら残らなかった午前中の授業が終わった。
今日も学食で昼飯を済ませよう。
当然、アイツらと一緒に…
「蒼!学食に行くぞ!」
「今日は唐揚げの気分でござる!」
陰友2人とね。
そして、俺含めた3人はいつも通り目立たない角の席で昼食をとっていた。
俺はカレー、クデスは唐揚げ丼、鬼介はカツ丼だった。
「そういえば、なんで今日はあんなにギリギリだったんだ?」
鬼介が、口を開いた。
「ああ、普通に寝坊した」
「まさか、また夜更かしでござるか?いくらなんでも、やりすぎはよくないでござるよ」
「なんの話だ?」
「わかってるでござろう?」
「はぁ…クデスが何を想像してるかは知ったこっちゃないが、俺をオタクと一緒にするなよ」
「じゃあ
「プロの陰キャだ」
「プロ陰キャw」
「何笑ってんだ?」
「いや、笑ってないでござる…ぷぷ!」
「テメー…」
「おい、クデス…笑いすぎだぞ?まさか…ブラックエンジェルに洗脳されたか?」
「洗脳されるなら、ナイスバディなおねえさんがいいでござるよ」
「お前には一生縁がなさそうだな」
俺たちは他愛のなくくだらない会話を続けた。
今のところ、昨日のように清水奏は現れない。
と、いうか昨日は授業と授業の合間の10分の休み時間に話しかけてきたが、今日は朝に挨拶しただけだ。
俺に話しかけてはこなかった。
昨日のことが原因だろう。
当然だ、あんな冷たい態度をされれば誰だってもう接したくなくなる。
この結果は俺が望んだ通りだ。
もう構ってほしくないという身勝手な願いだけど。
「隣、座るね!」
勢いよくドンという音を立てて現れた美少女… ピンク色のツインテール、鋭い目つきの美少女…春色瑠花が俺の隣に座った。
俺がいいよともいう暇もなく、当然のように俺の隣に座った。
彼女のお盆には俺と同じカレーが乗っかっていた。
「えっ…あの」
見た感じ、彼女は少し不機嫌そうだった。
まあ、逆に機嫌がいい時は見たことはないのだが。
「そこのお二人さん、ちょっと陰田君と2人で話したいから、離脱してくれるかな?」
彼女は威圧感MAXで陰友2人に言った。
「りょ…了解〜」
「承諾で…ござる…」
陰友2人は彼女の威圧に押し負けて、逃げるように席を移動してしまった。
俺は「置いてかないで〜」と必死に顔で訴えていたが、無駄だった。
今、俺は彼女と2人きりだ。
それは、あくまでテーブルでだが。
一体、彼女は俺に何の用なんだ?
「あの…」
「陰田くん!」
「はい!?」
彼女が,俺を睨む。いつも通りだ。
その視線はまるでナイフのようだ。
「昨日なんで奏と一緒にいた?
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