第9話 神と神の対話

 俺は清水奏と別れたあと、真っ直ぐに帰宅した。


 「ただいま」


 一応、ただいまと言う。

 

 当然のように家の中は相変わらずとがらんと、静寂が支配していた。


 理想としては、愛おしい義理の妹とこと美来が「おかえりお兄ちゃん!」とか言って出迎えて欲しいものだが。

 そんなことあるはずもない。

 まさに、夢物語だ。


 義理の妹である美来は自室にいるだろう。

 基本的に、普段は自室に引き篭もってるからなアイツは。

 

 どうせ、自室でお友達さんと電話でもしているのだろう。最近の女子は(中学生)家でも友達と話したいものなのか…?

 また明日に、嫌でも学校にて会うのに不思議なものだ。

 まあ、それが楽しいならオッケーです…だけど…


 両親も仕事だろう。

 大体、親は夜遅くに帰ってくるので家ではほぼ会わない。

 真由美さんは朝に会う程度だ。


 出迎えてくれる人など俺にはいない。

 「おかえり」と言ってくれる人なんて俺にはいない。

 

 別に悲しくはない。

 これが、当たり前だから。

 人は当たり前を受け入れしまうものだ。

 それが日常的に、常識的になってしまうとあれこれ考えることなどしない。考える意味がない。

 

 だが、おかえりと出迎えてくれる人がいたらいいなと思ってしまう。

 ただ、一言そう言って欲しい。

 ただ、俺を笑顔で出迎えて欲しい…


 俺は自室へ戻り、そのままベッドにダイブした。


 「あー疲れた」


 そんな独り言を嘆くほど俺は疲れ果てていた。

 今の状態は満身創痍そのもの。

 疲労困憊だ。


 時刻はもう8時を回っていた。

 明日も地獄の学校が控えているというのに。

 

 あと、12時間後には学校の中にいると思うと冗談抜きで死にたくなる。

 明日、学校に隕石とか落ちてしまえなんて、不謹慎なことを考えてしまう。


 ああ…このまま目を瞑れば一瞬にして夢の中へ誘われてしまう。

 寝たいのもやまやまだが、その前にお風呂に入らないと。


 俺は風呂が嫌いだ。

 理由は単純に面倒だから。

 だけど、不思議と入る前は気怠いわりに、入った後に入らなければよかったなんて後悔することはない。

 入ったあとはさっぱりできるからか?


 眠い目を擦り、ガチガチの体を無理矢理ベットから起き上がらせ浴室へと向かった。


 浴室のドアを開けると、衝撃の光景が目に飛び込んできた。


 目の前にはお風呂から上がったばかりの義理の妹こと美来がいた。


 「あっ…」


 美来と目が合った。

 目と目が合う瞬間…


 当然で説明するまでもないが、美来は裸だった。タオルで体を拭く前だったのだろうか。


 すっぽんぽんだ。

 丸裸だ。

 生まれたときと同じだ。

 まさに、正真正銘のありのままの姿だ。


 中学2年生らしい、まだまだ発育が望まれる体つきをしていた。

 決して貧相と言ってるわけじゃないぜ?

 それに、中学2年生にしては結構…


 「あああ…」


 「やあ、ごきげんよう美来よ」


 「ぎゃぁーーーーーーーーーーーーーー!」


 美来は、のび◯君に裸をみられたしず◯ちゃんのように叫んで、身を縮こませてしゃがみ込んだ。


 俺から体を隠そうと必死だった。


 「馬鹿!変態!なんで、入ってきた!」


 美来が鬼の形相で睨んできた。


 「ああ、ごめん。入ってると思わなくて」


 案外、俺は冷静だった。

 俺は妹の裸ごときでは、興奮しないことがわかった。

 よかった…これでシスコンではないとこが証明された。


 「ばっ…馬鹿!無断で入ってくるとかありえねーだろ!、つか何ガン見してんだ変態クソドエロ野郎!」


 「そりゃ、せっかくの機会だし。別に兄妹なんだから恥ずかしがることないだろ?」


 「はぁ?私はアンタのことなんか、兄と思ってないし!」


 「残念だが、美来が例え俺をお兄ちゃんと思っていなくても、認めなくても、戸籍上では俺は正真正銘…美来のお兄ちゃんなのさ!」


 「ぐっ……つか、早く出ていけよ!」


 「断る」


 「はぁ?」


 俺はこの状況はチャンスだと捉えた。

 普段は、会話すらまともにしてくれない義理の妹の美来…

 これを期に仲良くお話ができるはずだ。


 「未来よ、落ち着け、冷静にお話しをしよう」


 「アンタ…頭沸いてんの?冷静じゃないのはそっちでしょ?出て行かないとぶっ殺すよ?」


 おっと、まずい。

 美来は空手を習っている。

 それ故にめちゃくちゃ強い。


 俺も何度かボコボコにされたことがあった。

 

 喧嘩ではまず俺に勝ち目はないだろう(俺が本気になれば別だが)


 だが、今のこの状況は俺の方が圧倒的に有利!


 「ぶっ殺す?いいだろうやってみろ!お前はそこを動くことができないクセに!」


 「なっ…」


 そう、今美来は俺から体を見られないように屈んでいて動くことはできない。

 なので、俺に攻撃することはできないのだ。


 「本当にド変態だよね…」


 美来は軽蔑な目を俺に向ける。

 

 「だが、安心しろ俺は優しきお兄ちゃんだ。蒼お兄ちゃん大好きと言ってくれれば大人しく引き下がろう…」


 「クソ野郎変態大嫌いとっとと死ね」


 グサ…俺の心が破壊された音が聞こえた。

 ここまで、俺のことが嫌いなのも異常だ。

 だけど、残念なことに…これが美来との通常の関係なのだ。


 どうすればいい?

 どうすれば、美来は俺に心を開いてくれるのか?


 そうか!なるほど…


 「美来…お兄ちゃんが悪かった…」


 「はぁ?最初からそうだろ」


 「美来は自分がお兄ちゃんはが気に食わなかったのだろう?」


 「はぁ?何を言っている?!」


 「ごめんな、お兄ちゃんは美来への配慮が足りなかった。どうか、こんなお兄ちゃんを許してくれ…」


 俺は美来と対等に話し合うため、服を脱いで全裸になった。


 「ゲッ!」


 裸と裸の対話。

 それは、まさに神と神の対話に等しい。


 さあ!美来よ、思う存分語り合おう!


 「さあ!裸同士の会話を…グェ!」


 俺は、美来の回し蹴りを顔面に受けドアの向こうに蹴り飛ばされた。


 「死ね!」


 閉まってしまった、ドアの向こうから美来の怒りの咆哮が轟いた。


 


 それから、美来は部屋に鍵をかけて閉じこもってしまった。


 さきほど、ドアをノックしたときは「次来たら包丁で刺す」と殺害宣言されてしまった。

 

 どうやら、今日も美来と仲良くなろう作戦は失敗に終わったようだ。


 でも、きっといつか…俺をお兄ちゃんと呼ばせてみせる!


 俺は怠いお風呂を終わらせて自室へと戻った。


 今日はラノベをオールで、読むつもりだったがそんな気力など残ってはいなかった。

 オールでもしたら本当に過労死する。


 本当に今日は疲れた。

 

 ベッドに横になり目を瞑る。


 なぜか思い浮かぶのはあの清水奏の悲しげな顔だった。


 俺には関係ない。

 無縁で他人事で無関係で俺は部外者だ。

 だが、なぜか気になってしまう。


 それに、あれで良かったのだろうか。

 最終的には、俺は清水の好意を踏み躙った。

 清水はただ俺にお礼、恩返しがしたかっただけなのに。


 俺は勝手な自分都合で清水の気持ちを傷つけてしまった。


 そんな、自分を今は軽蔑している。


 だけど、仕方ないことだ。

 俺は本当の俺になってはいけない。


 常に自分を偽って、制御しなければならない。


 同じ過ちは繰り返したくない。

 もう、あんな思いをするのは嫌だ。

 目立ちたくない。


 俺はあの時のことを思い出してしまった。

 ああ…今日いい気分では寝れそうにないな…

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