第8話 ノーコメント

 「清水って彼氏いるんだね」と言ってしまってから、僅かな沈黙が訪れた。


 その間約5秒程度。

 俺からしてみれば、5光年ぐらいの長さに感じた。


 今更ながら、後悔している。

 後悔しても、過去は変えられないことは重々承知だが、過去に行ってこの馬鹿みたいな言葉を吐き出す前の愚か者をスナイパーライフルで顳顬こめかみを撃ち抜いてやりたい。


 俺が言った、その言葉から清水の表情は一瞬暗くなったように見えた。

 笑みが消えたような、暗く沈んだ様な表情だった。


 そして、すぐさま俺でもわかるような作り笑いで答えた。


 「ノーコメント」


 そう言って清水は立ち上がった。


 「ごめん、ちょっとお手洗いに行ってくるね!」


 そう言い残し、清水は席を後にした。

 



 ————やってしまった?


 多分、俺は清水からしたらNGな質問をしてしまったようだ。


 ノーコメントということは、答えられないか、答えたくないという意味だろう。


 そうだよな…俺みたいな陰キャに彼氏のことを聞かれたら気分を悪くするよな…この結果は当然あり、必然だったのだ。

 

 反省しよう、猛省させていただこう。


 だけど、一つ気がかりなのは、あの一瞬見せた暗い表情は一体なんだったのか?


 初めて見た表情。

 いつも笑顔な清水からは想像のできないような表情。


 何か…ありそうでなさそうな…ないような…

 いや、深読みはよそう。

 他人であり、部外者の俺が考えることではない。余計に入り入るべきではない。


 「お待たせしました!ハンバーグカレーでございます」


 いろいろ考え込んでいるうちに店員さんが、ハンバーグカレーを運んで来てくれた。


 熱々なカレーに堂々とハンバーグがセンターに構えていた。


 俺はそれを見て確信する。

 「コイツ…できる!」


 うわぁ、めちゃくちゃ美味しそうだ。

 見ているだけで、よだれが溢れ出てくる。

 早く食べたいが、清水が戻るまでは我慢しよう。


 「わぁ〜いい匂い!早速食べよっか!」


 それから数分で彼女は戻ってきてくれた。

 もう永久に戻ってこないのも覚悟していたがさすがにそれはなかった。(戻らないならそれで構わないが)


 清水は先ほどのことなどなかったようにいつもの清水に戻っていた。

 あの、暗い表情は一切見せなかった。

 

 「わぁ!美味しい!」


 清水は美味しそうにハンバーグを口に運んだ。


 満足そうな彼女を見て俺は安心してしまった。

 あの暗く、俯いたような表情をまた見たくはなかったから。



 「さて、そろそろ行こっか!」


 2人ともあっという間に、ペロリと完食したところで、清水が口を開いた。


 お互い食べていたときは、ほぼ会話という会話はなかった。


 「美味しいね」とか、そういう言葉のラリーしかしなかった。

 俺からしたら、ありがたかったので構わないけど。

 口数が多い清水にしては、意外だった。


 やはり、普段の清水ではないようだ。

 明らかに何かが違う。

 まるで、平然を無理矢理装っているように。

 平気なフリをしているように。


 「うん」


 ようやく、清水奏とのお食事イベントが終わることへの喜びを隠しつつ俺は二文字返した。


 「じゃあ、お会計ね」


 今回のお会計はお礼もかねて清水が払ってくれると言っていた。

 本望ではないが、そのことに関しては異常に頑固だったので、なくなくお言葉に甘えることにした。


 本日のお会計…ハンバーグカレー1500円×2、フライドポテト500円、計3500円だった。


 「あっ……」


 会計時、清水は自身の財布の中身を開いて愕然としていた。


 まさか、お金が足りないのか?


 彼女の様子を察するに多分そうだろう。

 仕方ない。


 「これで」


 俺は清水が何か言い出す前に一万円札を釣り受け皿に出した。


 「かっ…陰田きゅん…うう」


 清水は今にも泣き出しそうな顔をしていた。

 そんな顔も可愛いのはおいとこう。


 「いいから」


 結果として俺が清水の分も含めて払った。


 

 「本当にごめんなさい!」


 会計を済まし、店を出た矢先に清水が頭を下げた。


 「別にいいよ」


 元々自分の分は自分で払うつもりだったし、清水の分を払ったのも男として当たり前だ。

 なので俺はさほど気にしてはない。


 「でも、今日はお礼のつもりだったのに、結局また、陰田くんに恩を受けさせちゃって…私、本当に駄目なやつだよね…ごめんね…」 


 彼女は俯いた。

 自身の情けなさに悲観しているのだろう。


 「……大丈夫だよ…」


 「本当にごめんね…でも、絶対にこのお礼はさせてもらうから!また…!」


 「もう結構だよ」


 「えっ?」


 俺は無意識に、つい本音を言ってしまった。

 いや、このままハッキリ言ってしまっ方がいいか。

 俺は勢いのまま続ける。


 「別に、俺はお礼なんて求めてない。だから、もうお礼とかいいから…俺に無理して関わらなくていいよ」


 俺はわざと、冷たく言った。

 もう関わってほしくないと思ったからなのかどうかはわからなかった。


 「そっか…ごめんね、迷惑だったよね…」


 清水の表情はまた、暗く曇っていった。

 さっきはもうそうな表情など見たくないと思ったことを訂正しよう。

 こんな美少女をそのような表情にしてしまった、自分にドン引きしているが仕方ないことだ。

 

 これ以上、彼女、清水奏に付き纏われるわけにはいかない。


 俺の陰キャライフを守るため。

 平凡な高校生活を送るため。

 もう、あんな出来事を繰り返さないため…


 誠に自分勝手な理由だが、許してほしい。

 いや、許さなくてもいい、逆に俺を憎んでほしい。

 そして、俺なんか忘れてほしい。


 その方が俺にとって都合がいい。


 俺なんかと会うより、彼氏と会った方が彼女のためでもあるだろう。

 時間とはかけがえのないものだ。

 あっという間に過ぎてしまうもの。

 気づくまもなく過ぎ去るもの。

 だからもっと、有効的に使って欲しいと思う。


 俺に時間を費やすのではなく、彼氏や友達に費やした方が絶対にいい。


 だから、もう終わりだ。


 「迷惑かけてばっかりでごめんね…」


 「……………」


 俺はあえて何も答えなかった。


 「でも、助けてくれたのは本当に感謝してる…ありがとう」


 清水はまた、作り笑いを浮かべて言った。

 だけど、その作り笑いはうまく作れていなかった。

 ……泣きそうな顔をしていた…


 「今日は、楽しかった!」

 

 清水の瞳に潤いを感じたのはきっと俺の勘違いだろう。そういうことにしておく。


 そして、清水は立ち去った。

 駆け足で、俺から逃げるように。


 「俺も、楽しかったよ…」


 清水の後ろ姿を眺めながら俺はそう呟いた。


 本当にごめん…

 俺は心の中でそう謝った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る