第3話 陰友

  俺は清水奏との激戦かいわを終えて、一息ついていた。


 せっかくの朝のラノベ読みタイムを邪魔されたのが気がかりだが、なぜだか悪い気はしていない。


 なんか調子が狂う。

 なんだこの、胸のざわつきは…?


 そんなことを考えていると…


 「おはようでごさる!蒼氏!」


 「蒼おはよう、…って、お前めっちゃ眠そうだな…もしかして、寝不足か?」


 俺の机にノコノコとやって来たのは、俺の唯一の2人の友達だ。


 どうやら、俺が寝不足であることを一瞬で見抜かれてしまった。


 「おはよう。昨日、少し寝付けが悪くてな…」


 「そんなこと言って、蒼氏はギャルゲーでもしてたんでござろう?」


 「はぁ?してねーし」


 俺はキッパリと否定した。


 「まあ、俺氏は昨日深夜3時までギャルゲープレイかましてたでござるがな」


 ござるを語尾に付けて話すのは、陰友かげともNo.ナンバー1、小田傴出簾おたクデスだ。

 

 名前の通り、陰キャというよりはオタクだ。

 太っていて、運動などは不得意だが無駄に博識で、意外に頼りになる男である。


 「おいおい、じゃあなんだよ?クデス、お前も寝不足か?蒼と2人揃って夜更かしかよ…全く…暇人はいいよな…俺なんて昨日もブラックエンジェルと寝ずに戦って、寝る暇なんてなかったぞ?」


 後半に意味不明なことを言っているのは陰友No.2……裏原鬼介うらはらきすけだ。


 鬼介の発言からわかるように、重度な中二病だ。

 根本はいい奴だが、彼の住んでいる世界と、こちらの世界が異なりすぎて、たまに会話に着いていけなくなる。


 彼、鬼介が言うことは、元々鬼介は別の世界の魔王だったらしく、事情により人間に転生したらしい。


 ブラックエンジェルとは彼の命を狙う組織の名前と聞かされている。


 この2人が俺の陰友だ。

 かけがえのない、大切な友達だ。   

 

 唯一俺が陰キャを演じない、素の自分で接することができるクラスメイトである。


 



 ◇◆◇◇◆◇

 

 午前中の気怠い授業がやっと終わった。

 ほぼ寝ていたが…

 なぜ、授業というものはあんなにも眠くなるものだろう?

 そして、なぜ俺意外寝ている人がほぼいない?

 

 俺は,そんな疑問を抱えていた。

 じゃあ、聞いてみるか…


 現在俺は、学校の食堂で昼食を食べている。

 もちろん、俺と陰友とでだ。

 食堂の隅の目立ちにくい席に座っている。


 因みに俺は大好きなカレーを食べている。

 クデスはラーメン、鬼介はカツ丼だ。

 

  「なぁ、なんで授業中ってあんなにも眠くなるんだろうな?」


 俺は向かいにいる陰友2人に話しかけた。


 「そうでござるな…やっぱりつまらないからでわないでござるか?それとも、蒼氏が寝ている自分を可愛い子が起こしてくれるという、恋愛ゲームみたいなイベントを夢見ているだけの可能性もあるでござるなぁ」


 クデスはそう言って、ニヤケ面で俺を見た。


 「誰が、可愛い子が起こしてくれる恋愛イベントを夢見て寝ているんだよ?俺はそんなものに微塵も興味ねぇ!第一、俺は寝たくて寝てない!…なんか…催眠術でもかかった感じになって、気づいたら夢の中なんだ…」


 俺はクデスの言葉を否定した。 

 俺だって、しっかり授業を受けたいと思う。

 だが、寝ちゃうんだから仕方がない。

 不可抗力だ!


 「な、なんだと!催眠術だと…そんなことできるのは…間違いない、ブラックエンジェルの仕業だ!まさか…先生がブラックエンジェルの手先?いや、それとも生徒にスパイが?…」


 なにやら鬼介が、1人で勘違いをしている。

 また、中二病か?


 「結論!授業中に寝るのは仕方ないってことだな!」


 俺は笑って言った。

 やっぱコイツらと話すのは楽しい。

 こんなくだらない話題でも盛り上がるのだ。

 やはり、持つべきは陽キャ友達ではなく陰キャ友達なのだ!

 これからの時代がのちにそれを証明するだろう。


 「あの…ご一緒してもいいかな?」


 悪魔の囁きが隣から聞こえてきた。

 今朝に同じような声の悪魔と戦った記憶がある。


 恐る恐る隣を見ると、清水奏が手に大盛りの天丼を置いたお盆を持って立っていた。


 悪魔が召喚された。


 「は?…」


 俺はアホみたいに口を開いた。

 彼女の言っている意味がわからなかった。

 ご一緒と言ったか?いや、碁、一勝と言ったのか…なんだ、ビックリした…

 清水は碁を打っているのか〜


 って、俺は何を考えているだ!

 冷静になって、こんな馬鹿馬鹿しいことを考えている場合じゃないことに気づいた。(この間約1.5秒)


 「あっ…その…」


 断らなければ!

 美少女と一緒に昼食イベントは陰キャライフにはない!


 俺は必死に断る理由を考えた。

 頭をフル回転させて、思考を巡らせた。


 「ど、ど、どうぞです!」


 そう、殺意が沸く言葉を言ったのはクデスだった。


 そういえば、クデスは女好きだったのを思い出した。クデスにとってはこれは、ご褒美イベントなのだろう。


 「ありがとう。じゃあ…お隣失礼します…」


 彼女はそう言って俺の隣に大盛りの天丼を、ドンと置いて座った。


 ああ…俺の陰キャライフに、起きてはならないイベントが起きてしまった…


 近い…


 彼女との、距離が近かった。

 普段、教室では席は隣だが人が通れる程の幅の距離感がある。


 だが、今の彼女との距離は近すぎる。

 少し膝を横に曲げれば、彼女の胸に当たってしまう。そんな距離感だ。


 この距離だからか、彼女のほのかで甘い香りがした。


 「あっ…蒼くんはカレーなんだね。カレーが好きなの?」


 彼女は、俺が食べているカレーをチラッと見てそう言った。


 出ました…必殺技、何気ない質問!

 いつもなら、無視するか二文字で片付けるが、陰友の前でそんな無愛想な答え方をしたら、あとでうるさいだろう。


 特にクデスだ。コイツなら、「なんでござるか、さっきの彼女への答え方は?この恋愛ゲームを貸してあげるから、女の子との会話の仕方を勉強し直すでござる!」


 とか言ってきそう、面倒なことは嫌だ。


 仕方ない…


 「ああ…カレーが、好きなんだ…」


 なくなく普通に答えてしまった。

 わざと陰キャぽさを出すべきだったか?

 

 何が正確かがわからない。


 「へぇ〜私もカレー好きだよ!」


 彼女は笑顔でそう言った。

 その笑顔の彼女を一言で表現すると…まさに、女神といってもいいだろう。


 「俺氏もカレー好きでござるよ!」


 クデスが会話に割り込んだ。

 

 「そうなんだ!カレー美味しよね!」

 

 「って、言うか…すごい大盛りでござるな…」


 彼女の目の前には大盛りの天丼が置いてあった。

 この量は俺でも食えるか怪しいレベルだ。


 意外にも彼女は大食いなのか?

 体型からみて、意外だ。


 「ああ、その、私…お腹すいちゃって…」


 彼女は恥ずかしいのか、頬を赤らめた。


 「ズッ!キュ〜ン!今の表情めちゃ萌え〜」


 クデスは心の声をそのまま吐き出した。

 コイツはよくそんな、あられもないことが言えるな…

 心が鋼鉄で、できているのか?


 普段から、恋愛ゲームばかりしているからか、美少女と話すのに慣れているのか?


 一方、鬼介は別の方向に目を逸らしていた。

彼女のことを直視できないのか。

 彼女が来てから一言も発さなくなったのを見ると、鬼介も美少女に慣れていないようだ。


 「あははは…クデス君面白いね…!」


 彼女は笑った。

 その笑顔も、可愛いとか反則だろ。


 「そ、そうでござるか〜?」


 クデスは彼女に面白いと言われて嬉しそうだった。

 とても、満足そうに彼女と会話をしていた。


 いいぞ、クデス!

 俺がカレーを食べ終わるまでこのまま、話しを続けていてくれ!


 俺はカレーを爆速で口へ運んだ。

 一刻も早く、カレーを完食させてこの場を離れたかった。


 ここで、俺はあることに気づく。

 俺の目の前の陰友2人の食べ進める手がぴたりと止まっている。


 その2人の目線が一点に集まっていた。


 その目線の先には彼女が海老天を食べているだけだった。

 こんな普通の行動を見て、なんで時が止まっているのか?と思ったが、大きな間違いだった。


 太く、長い海老天の先を小さな口でハムっと食べる、いや、しゃぶっているように淫ら行為にすら見えてしまうような色気が俺の体の行動を停止させた。


 むしろ、恐ろしい…ただ海老天を食べているだけなのに、こんなにも俺達の心を興奮させてしまうのだ。

 

 やはり、悪魔だ。

 いや、魔性の女か?


 これ以上見てしまってはダメだ!

 もう、戻れなくなってしまう。

 強い自我を保て!

 騙されるな!


 俺は目線を自分のカレーに固定した。

 清水を見てはいけない!食べる手が止まってしまう!


 そして、残り半分ほどのカレーを口の中へ流し込んだ。


 もはや、カレーは食べ物ではなく飲み物のように。


 「食った!じゃ、また!」


 俺はそれだけを吐き捨て、逃げるようにその魔のテーブルを後にした。


 「おい!蒼もう行くのか?」


 俺は鬼介の声をフル無視して、走り去ったのだった。


 

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