エルフの退屈【完全版・後編】
魔王シオンによって支配されたエルフの国。
以前までの平和はなく、魔王に従わないエルフは殺されていった――
国のあちこちで勃発している魔法戦争は、罪のない者まで巻き込み、長命であるはずのエルフは、短くその命を散らしていった。
「……シオン様」
「なんだい?」
「この光景こそが、あなたが望んだことですか?」
「いや、望んだ形ではないが、状況的には似たようなものだよ。知っているかい? 私の傘下ではないエルフたちが面白いことをしているようだ」
「……魔法を、転写しているのですよね」
魔法書に乗っている魔法を魔法陣のまま、世界各地に転写しているのだ。
自然の中に紛れ込ませたり(海の中、雲の内側など)、建造物、道具……時代が経っても劣化せずに見つけられるものだ。
魔法陣に、あえて空白を開けることによって、魔力を持った生物が魔力を流せば、魔法陣に収められていた魔法が使えるようになる。
使えば使うほど魔法の効力は下がっていくものの――転写しない理由にはならない。
なにより、魔法陣を転写する手間がそうかからない。できるだけ膨大な数の魔法陣を転写することで、エルフたちは後世の英雄に託したのだ――そう。
魔王シオンを討ち滅ぼす者が現れることを信じて。
「エルフが他の生物を頼りにしたのであれば、大きな前進だろう。数年で世界ががらりと変わるような仕込みではないが、千年後に芽が出るのではないかな?
……ああ、そう言えば気になる生物がいたが……ただの猿かと思えば、知能が高い」
「猿、ですか?」
「ああ。転写された魔法陣を使い、魔法を使っていた。あの猿は最初は驚いていただけだが、時間が経てば観察もしていた。あの知能の高さが個人なのか種族が持つ高さなのかは分からないが、かつてのエルフのように探求心を糧に魔法陣を調べれば、エルフに追随する存在になるかもしれないな……――他のエルフに伝えておいてくれ。あの猿は生かし、活用せよ、と。進化を見守ってやろう」
「……かしこまりました」
「ああ、それと」
部屋を出ていこうとしたが、女エルフを呼び止める声が。
「……なんでしょう?」
「今日は君としよう」
「…………、わたしのことは避けていると思っていましたが。……気に入ったエルフと遊んでは子作りまでして……。ずっと傍にいたわたしに興味なんてないでしょう?」
同じ光景に飽きたから、という理由で選ばれているのだとすれば気分が悪い。
彼女は魔王シオンに好感情を持ってはいないのだ。それでも傍に置かれていたのは、魔王と呼ばれる以前から、彼女の事務作業の手際が良いことを知っていたから……採用したのだ。
そう言っていた。
最初から、そういう目で見てはいないと思っていたが……、
「私は、君を嫌いだと思ったことはない。魔王になってすぐ、傍にいろと命じた時点で察していると思っていたが……伝わっていなかったようだな」
「分かりませんよ。他の女と遊んでいましたし」
「経験を積んでいただけだが。……本命の前に練習をしておかなければ、君に怪我をさせてしまうからね……。こういうのは二人三脚で育んでいくのが理想かもしれないが、私にとってはハイリスクでしかない。いくらでも壊していい人材を経て、相手を壊さない技術を習得した上で君としたいと思った。もちろん断ってくれても構わない。今後、ぎくしゃくしたくはないのでね」
「…………」
そんな言い訳が通用するか、と言いたいところだったが、彼は本気だった。
誰かのためを想って、不器用なやり方で被害を拡大させていくところは、既に見て知っている。エルフ種のためにエルフ種の大半を殺した彼の不器用さは、ひとりの女エルフが理解できるものではないのだ。
子作り……もちろん彼の言う通り、断ってもいいのだ。
断ったからと言って罰があるわけではない。彼からすれば今後ぎくしゃくしたくないから嫌なことは強制しないだけなのだろう。ただ、立場を考えれば強制しているようなものだが…………しかし彼女なら断れるから、脅しにはならない。
子供。
後世へ残す。
周りのエルフが転写という形で仕込んでいるのだ。……なら、彼女にもできることがある。
今の魔王を止める術は思いつかない。
たとえ、魔王の固有魔法のネタを明かされたところで、なす術がないのだ。その穴を突くための魔法陣の転写なのだろが……、数年後に結果が出るわけではない。――だから。
女エルフも、ひとつ、仕込むのもありだろう。
「構いませんよ……では、しましょうか」
「え……。あぁ……それはまあ、う、嬉しいけど……なにを企んでいる?」
「さて? なんでしょうね」
魔王シオンの動揺に、女エルフがしてやったり、と、くすくす笑った。
その後、エルフの支援を受けながら、魔法陣に興味を持った例の猿は、数百年を経てあっという間に進化した――当時の時代特有の高濃度な魔力のおかげもあっただろう。本来かかる時間をぎゅっと圧縮して、一気に進化した……。
後に、その猿は【人間】と呼ばれるようになる。
そう、エルフと肩を並べる新人類として、エデンで活動を広げていくことになり……、
千年近くも経てば、エルフも人間も区別がつかなくなっていった。
長命か否かの違いしか見えなくなり……やがて、純粋なエルフが姿を消していった……。
残ったのは人間とエルフの子供。
エルフの血はやがて薄まっていき、エデンはおのずと人間の世界になっていくのだろう――
「……なんだ?」
魔王シオンは、不穏な存在を感じ取った。
「どうかしました?」
「いや……、ほお、そうか……やっと――」
「?」
「過去の仕込みが、やっと活きてきたか、と思っただけだよ」
エルフが後世に残した仕込み。魔法陣の転写。
過去の恩恵を受け、エルフの力を得た人間がいる――。
いいや、人間が力を得たのではなく、過去のエルフが、未来で活動できる器を手に入れたと見るべきか。転写した魔法陣は、もしかしたら魂の転移、もしくは人格を乗っ取る強制命令。
過去のエルフに操られた人間は、魔王シオンを討ち取るべく、動き出すだろう……。
「そこに悪意は乗らない……なるほど、確かにそれなら私の壁も機能しない……」
「シオン? 大丈夫なの?」
「大丈夫さ。大丈夫でなくとも、それならそれでも構わない」
「……あなたが望んだ世界なの?」
「望んだ形ではないけど、望んだ状況は変わらないよ」
千年が経っても、彼の本質は変わっていなかった。
――魔王シオンに手傷を負わせた人間がいた。彼はまだ若く、青年だった。
エルフの命令に従い、魔王を討ち取るべくやってきた彼は、当然ながら悪意はなく、ゆえに魔王シオンの固有魔法を突破することができた。
それでも経験の差で手傷ひとつ負わせることしかできなかったが――
反撃した魔王の攻撃が彼に直撃した瞬間、新たな仕込みが発揮された。
「……っ? なんだ、彼の体が光り輝いて――」
さらには爆発四散。
彼の死体は残らず、跡形も消え……――代わりに見えたのは白い輝きを持った『欠片』だった。小さなそれが、世界各地へ飛んでいく――。
「なんだ……、っ、なんにせよ、あれを逃したらまずいな……っ」
本能的に危機を感じた魔王が、飛んでいった白い輝きを打ち落とすべく、魔法で追撃。黒い塊が軌跡を残しながら飛んでいき、白い輝きを飲み込んだ――が、一瞬で黒い塊が弾け飛んだ。
同時に白い輝きも砕かれ、さらに倍以上の数になって、再び四方八方へ散っていった……。
数は増えたが、ひとつひとつの欠片はより小さくなっただろう……、
果たしてこれが吉と出るのか凶と出るのか……。
――魔王に手傷を負わせた英雄を『勇者』と呼んだ。
彼の白い輝きと魔王の黒い淀みを織り交ぜた輝きは、触れた者に勇者の力を分け与える。
つまり、悪意を持っていようが魔王の固有魔法を突破できる力が与えられたことになる。
世界中に散らばった欠片を見つけ、触れた者は勇者となることができる――
……散らばった欠片の数は、およそ≪二万≫だ。
ゆえに、
およそ≪20000の勇者≫が、魔王を討つべく、動き出すことになる。
…了
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