気分を悪くしないでほしいのですが……。


「気分を悪くしないでほしいのですけど……気になっていることがありまして」


 肩から腕にかけてタトゥー(シール)がある、勝気な女性が目の前にいる。


 彼女はベッドの上であぐらをかいて、煙草を吸いながら……染めた黒寄りの金髪を手櫛で整えていた。言うまでもないかもしれないが、事後である。そう、さっきまで存分にやっていた。

 喉が枯れるくらい、声を出した。こんな風にいじめられるなんて初めてだった……。


 事前に外していたメガネをかけ直す。……レンズがちょっと濡れているのは自分から出たものだろうと思って指で拭う。

 今更だけど、メガネをかけてはっきりと見えるようになった彼女の裸は、やっぱりスタイルが良くて、魅力的で、もう一度ヤリたくなってしまうけれど……たぶんお互いに体力的に限界だった。


 頼めば付き合ってくれるかもしれないけど……やめておこう。今日しかできないわけでもないし……、学校ではもちろん、優等生と不良の関係性に逆戻りだけど。


「気になっていること? なんだよ……あたしのやり方に不満でも? あったとしてもそれを指摘されて、直す気はねえからな?」


「いえ、違います。不満なんてありませんよ……気持ち良かったです……っ」

「あっそ……なら良かったけど」


 ついさっきのことを思い出して頬をほんのり赤らめた黒髪おさげの少女よりも、不良少女の方が顔を真っ赤にしていた。経験豊富に見えても実はそうでもなかったりするのだろうか……。

 経験豊富でも、もしかしたら女子同士というのは、まだ経験が浅いのかもしれない。


「で、不満でないならなんだよ」

「実は……私は親戚が多いんですよ。しかも意外と近場に住んでいまして……」


「へえ」

「それでですね、既に亡くなっている方も同時に多いんですよ」


「…………」

「重たいお話ではないですよ? 私は親戚一同からとても可愛がられていまして……朝陽あさひちゃん、明日はなにが欲しいー? なんて毎日のように聞かれていましたね」


 親戚マウントでも取られているのだろうか、と眉をひそめる不良少女が、吸い終えた煙草を灰皿に押し付けた。ちなみに未成年なので、校則違反どころか法律違反である。

 自宅内とは言え(朝陽の家だが)……ばれないから吸っていいわけではない。


 本来なら優等生の朝陽が止めるところだが、それどころではない、という状況であれば見逃すしかない。見逃す、というか見えていないのかもしれないが……。


「親戚中から溺愛されていました」

「……どういう話なんだよこれ……」


「私を溺愛していた親戚の人たちの大半が亡くなっていると言うと……どうですか? ゾッとしませんか?」


「お前を溺愛している奴が死ぬ呪いみたいなことか?」

「いえ……そうではなく、もしも幽霊になってまだこの世にいるとすればですよ?」


「成仏せずに残っている霊がいるとでも? それは『お前のことを溺愛して心配だから』成仏しなかった、と考えるにしては自意識過剰じゃねえか?」


 ――可能性の話。

 もちろん、霊が見えるわけではないので周囲にひとりも幽霊がいない可能性もあるし、そっちの方が高いだろう……だけど。


 もしも朝陽を溺愛する親戚一同が、朝陽を心配するあまり、この部屋に集まっているとすれば……? 今も部屋の隅に立っていたり、天井付近をふわふわと浮いていたり……あるかもしれない。手を伸ばせば届く距離に世話焼きの叔母さんがいるかもしれない……否定材料がないのだからあり得ないとも言えないわけだ。


「私が普段、オ○ニーをしないって最初に言いましたよね」

「ああ。理由は……そういや有耶無耶になって聞いていなかったな……なんでだ?」


「だって――親戚一同がすぐ傍にいると思ったらできないですよ……そんな、パフォーマンス感覚で見せられるものではないです。これに関しては身内の方がより見せられないですよね? 不特定多数の人に見せる方が敷居が低い気がします」


「…………おい、ってことは……」


「気づきました?」


 ふたりとも、霊感はない。

 なので本当に幽霊がいても分からないのだ。


「……さっきまでのあたしたちの行為を、至近距離で見られていたってことか……?」


「審査されているかもしれませんねぇ」


 攻めと受け。

 この子の攻めは良くないね、と親戚同士で講評を付けているのかも……。


 そう考えると、不良少女がさらに顔を真っ赤にしてきょろきょろと周りを見回す。

 振り向いた先に、彼女の親戚の顔が間近にあるかもしれなくて……。


「…………うわぁ……、性癖、だだ漏れじゃん」


「となると、直近では死ねませんね。だってすぐに死んで幽霊となってしまえば、だだ漏れだった性癖についていじられてしまいますから」


 バカにされることはないと思うが……可愛がられるだろう。

 悪意がなくとも言われて恥ずかしいことには変わりない……赤面は必至だ。


「…………知りたくなかった」

「でも、知っておいて損はないのではないですか?」



「……それは……いや、損も得もとんとんじゃないか?」




 …了

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