素直な犯人
「――あなたが犯人ですか?」
「はいそうです」
「……いや、嘘をつかないでください」
とある館の大広間に、八人の男女が集められていた。
……数日、この館に泊まっている旅行者だ。
昨日、事件が起きた。
容疑者が、この館にいる八人の男女で――――
偶然その場に居合わせた(自称)名探偵が事件を調べ、謎を解決し、犯人を特定した――
ドラマでよく見る「犯人はこの中にいます」……から、「犯人はあなたですね?」というクライマックスを経て、犯人である男性が返答をしたのだが……――しかし。
二つ返事で犯人が犯行を認めるわけがない。そこにはきっと、なにか裏がある……。
まるで『自分が犯人でなければいけない』かのような思惑が感じられたのだ。恐らく、第三者が自分の利益のために、彼に嘘を吐かせたのだろう……、
彼から出た言葉の裏にある「助けて」を探り、真実を解き明かさなければ、彼の人生はこのままいけば落ちるところまで落ちてしまう……。
全ての推理がやり直しだ。
いや、途中で、なにか大きな勘違いでもしていたのではないか……?
見落とした部分があるはずだ。
探せ……見つけ出せ。
こんな間近で、冤罪を見届けるわけにはいかなかった。
「あの、探偵さん……? おれが全てやりました、犯人ですけど……どうして認めてくれないんですか?」
「いえ、あなたじゃありませんよ。そうなんですよ……あなたじゃない……あなたは『黒幕』に操られているだけです……。あなたが犯人になることで得をする誰かがいるのであれば、あなたの今の自白を認めるわけにはいきませんし、黒幕を見逃すわけにもいきません……――みなさんもっ、まだ動かないでください……。事件まだ解決していません」
晴れたはずの疑いが再びかかったことで、緊張感が復活する。
ぴりぴりと、場が剣呑な雰囲気になっていく……――それもそのはずだ。疑われていることもそうだが、全員が『自分は犯人ではない』ことを知っている。
探偵の推理通り、犯人は一度「指摘した」彼なのだけど…………、探偵の深読みのせいで犯人を容疑者から外し、存在しない犯人探しが始まってしまった……。
探偵のお遊びに付き合っている暇はない、とでも言って抜け出そうとすれば、それが最も怪しく映り、容疑が深まってしまうとなると、誰も文句を言えなかった。
言外に態度で示すのが精いっぱいで……、探偵だけが、角砂糖をまるまるひとつ、口の中に放り投げて、舌の上で転がし、長考していた。
……今頃、彼の頭の中でぐるぐると推理が渦巻いているのだろう。
答えのない問題を自分で作り上げ、あるわけもない答えを探して旅に出てしまった……。
戻ってくるのはいつだろうか。このまま戻ってこないこともあり得る……。
「あの、本当におれが犯人なんですけど……」
「分かっていますって…………大丈夫、絶対に私があなたを助けますから――」
探偵が視線を回し、容疑者をひとりずつ観察する。
「絶対に見つけます……。彼に自白させ、陥れた真犯人を……ッッ」
迫力だけはある。
まったく見当違いなことを言っていることを除けば、彼は正義感溢れる優秀な名探偵なのだけど……。ただ、残念ながら彼が進む道に正解はない。
答えを飛び越えてしまっていた。
今の彼に、引き返す視野の広さはないのだろう。
答えを飛び越えてしまえば、その先にはなにもない。迷宮入りだ。出口がない迷宮を自分でぐちゃぐちゃにかき混ぜてしまっているのだから、尚更、引き返せなくもなる。
目的がはっきりしているからこそ、彼にも迷いがない……それがいけなかった。
彼は気づかないし、間違っていることを指摘できる人もいない。探偵と容疑者、そして犯人になりたい(本当に犯人だけど)者が集まってしまうと、軌道修正ができなかった。
――探偵の深読みが招いた最悪。
条件が偶然にも揃ってしまうと、ここまで手がつけられなくなってしまうのか……。
「だから、本当におれが犯人で――」
「もう大丈夫ですって。それこそが、あなたからの救難信号と捉えていますから」
「ダメだ話にならねえ誰か警察を呼んでくれ!!」
「警察を呼べばあなたが犯人で確定してしまいます――
黒幕を喜ばせることだけはしたくありませんから……警察は呼びませんよ?」
冤罪とは言え、一旦は警察を呼んだ方が良い気もするが……、探偵は頑なだった。
頑固である。
……引くに引けなくなったわけではなく?
「――だからぁっ、おれが犯人なんだよ!
根拠もある、証拠もだっ、動機だって!! おれがひとりで準備してやったことだ、誰かに操られてるわけでもはめられたわけでもないんだよォッッ!!」
「――ええ、分かっていますって」
「分かってねえよ!! なんでおれが犯人だって言えば言うほど『助けて』の合図だと思い込むんだお前は!!」
「探偵としての直感です。経験則、とも言いますね」
「ふわふわしてんじゃねえか!!」
一切、根拠がなかった。証拠も動機も揃えている犯人側の方がしっかりとした理論で話している。探偵側は……、気持ち次第でなんとでも言えてしまう。
言い負かされても何度でも立ち上がれる……
彼が諦めない限りは……いつまでも。
「た、頼む……っ、誰かちゃんとした探偵を呼んでくれッッ!!」
――『自分が犯人であることを証明するために』『探偵を呼ぶ』犯人だった……
こんなことは、初めてのケースである。
…了
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