掌編「胎児の証明」
「――産んでくれなんて頼んでないだろ!!」
母親と喧嘩をした。
だからついつい、言ってしまった……。
月並みの言葉だけれど、やっぱり言われた側はショックだろう。
それが分かっているからこそ、息子は表情に出して後悔していた……言い過ぎた、と。
だが、引き下がれなかった。
喧嘩中だ……自分が謝るわけにはいかない。
「頼んでない、か……――いや、言ってたわよ? お腹の中でまだ舌足らずだったけど、『ぁぅ、うんでほしいにゃぁ』って、確かに言ってたの……お母さん、ちゃんと聞いてたんだから」
「…………嘘つけ」
「えぇ……? ほんとに言ってたのに……。そんなこと言ってないって覚えてるの?」
覚えていない。覚えているわけがなかった。
逆に、母親はどうして覚えて……いや、覚えていられるのか。
息子の方は当時、赤ん坊……いや、まだ生まれる前だ。……胎児の頃だった。当然ながら記憶が曖昧、もしくはまったくなくても仕方がない。
だが、母親からすれば十五年前のことで……、十五年と言えば忘れるほど遠い記憶でもない。
しかも妊娠した、という初めての経験をし、すぐのことだろう……。
まだお腹の中にいる、生まれる前の子がこの時点で喋ったとなれば、出産よりも強い衝撃で覚えていたという可能性もある。
……母親が嘘をついていると言えるが、同時に、嘘をついていないというのも、同じくらい言えることだ。
記憶が曖昧な息子の『言っていない』と、記憶がきちんとある母親が『言っていた』――どちらの方が信憑性があるかと言えば、母親の方だろう。
「だって、頼まれたから産んだんだもの。今更、頼んでないとか言うのはずるいわよ……」
「う……。で、でも、記憶にないし!」
「記憶になくても頼まれてこうして産んだの……。約束通りに無事に産まれてきたのはあなたなのだから……。今更、産んだことに見返りを求めたりはしないけど……、だからわがままを言わないで。お母さんはね、あなたに普通に生きてほしいだけなんだから」
「…………え、マジで言ってたの?」
「うん、言ってた言ってた。胎児にしては流暢だったわよ?」
赤ん坊ならまだしも、胎児は絶対に流暢には喋らないはずだけど……と呟く息子だったが。
「そう? 個人差があるんだから絶対にないとは言えないはずだけど。そういう前例がないからって、『あり得ない』と決めつけるのは判断が早いと思わない?」
…了
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