第24話
高校生になった。冬が近づいてくると、毎日どんよりと雲が、空を覆っていた。そんな十一月の終わりのことだった。北陸の冬は、重い雲で覆われている。その始まりのような、雨の日の夜だった。
帰ってきた父が、こう言った。
「院長先生が亡くなった。」
そう言った父は、母に命じると、タクシーに乗って、院長先生の所に向かった。
一人で行ってしまった。
雨は、ずっと降っていた。寒い夜であった。
夜遅くになり、父は帰ってきた。
そして、次の日も、父は院長先生の葬儀に行った。その日も雨が降っていた。私は、院長先生のご葬儀に行きたいというより、悲しみのほうが先に立っていた。
院長先生のことが、思い出された。なんで、小さな私は、院長先生とお昼ご飯を食べていたのだろう。なんで、院長先生は、私を誘ってくれたのだろう。
教えてほしいことばかりだし、お礼もちゃんと言えていない。
それよりも何よりも、私は、ちゃんと謝っていない。
もう、謝ることもできなくなってしまったという気持ちが、こみ上げて来た。そして、後悔が消えることはなくなってしまった。なくす方法がなくなってしまった。
もう、一生会えない。もう一生お話しできない。そもそも、ちゃんとお話ししていない。一緒に新品のそうめんを食べていただけだ。
よく思い出してみると、私は、院長先生とまともに話したことすら、ないのかもしれない。
ゆっくり、お話をしてみたかった。院長先生は、私に、どんなお話をしてくださっていたのだろう。色んな楽しい話をして下っていたのかもしれない。私は、もう、思い出すことができない。
院長先生のことをたくさん思い出したいのに、思い出すことは、一緒にそうめんを食べたことばかりだ。私は、救われたように、とっても幸せだった。新品のそうめんを食べることは、その頃の私にとって、人生最大の喜びだった。それくらい嬉しかった。
夏休みになると、毎日毎日、院長先生が、お昼休みに帰って来るのを、家の前で待った。そして、院長先生は、必ず私のことを、そうめんを食べに誘ってくれた。
あんな幸せはもう来ないだろう。あんな幸せな子どもは、いないだろう。私は幸せ者だった。その当時は、その幸せを、当り前のように、日常に思っていた。
猫と遊ぶことも、全部、院長先生は私を楽しませてくれた。
あんなに幸せにしてくれた院長先生を、悲しませたまま、お別れしてしまったことが悲しかった。そして、謝れなかったことが悲しかった。
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