第22話
院長先生は、私が中学生になるときに、退職された。
そして、ご自分の地元に戻ることなく、北陸のさらに田舎の無医村地区に診療所を作り、そこのお医者さんになったと聞いた。
院長先生は、いつまでも、人の命を助ける人生を歩まれていた。
私は、院長先生に謝ることできないまま、お別れすることになった。
しかも、院長先生のお引越しの日も知らないまま、お別れした。気が付くと、院長先生のご家族は、この箱庭の世界から、消えていった。母は、引越しの日を教えてくれなかった。
母は、院長先生のお引越しよりも、自分たちの引っ越しのことで頭がいっぱいのようだった。院長先生の家に行ったことがあるのは、私たちの家族の中で、私だけであった。
母は、私から院長先生の家の間取りを聞き出していた。
玄関から廊下・部屋の数、そんなことばかりを聞いてきた。
そして、改築や増築の話を、事務長さんに持ち掛け、自己負担で増改築を押し通していた。私は、院長先生の引越しの日取りは、聞かなくても教えてもらえるものだと思っていた。しかし、引越しの日は聞かされることなく、院長先生とのお別れになってしまった。
院長先生のいなくな家に、私は引っ越していた。
私の部屋は、お魚のあだ名のお姉さんのピアノのある部屋の隣の部屋に、増築された板張りの部屋であった。
畳のない部屋は、台所と玄関の横の応接間と私の部屋だけだった。
院長先生とミケ子さんが遊んでいた部屋は、父と母の寝室であった。日頃は何もない部屋になっていた。その部屋の床の間に、病院の内線があるのだ。
私たちが暮らしていた官舎は、すべて病院と繋がっていた。入院患者さんに何かあったら、深夜でも当直の人から電話が鳴った。
当たり前の生活であった。父は、休日も、年末年始も、院長になってからは、家を離れることはなかった。私にとっても、それは当たり前のことであった。
母は、引っ越す前に、内線の場所も、私から聞き出していた。私は、内線の場所も、当り前のように見ていた。院長先生の家のことは、なんでも知っていた。
庭のことも、庭からミケ子さんが、すっと、部屋に上ってくることも。
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