第17話
そんなある日、母に呼び出された。
「お父さんから、よし子が、『犬殺し』と叫んでいると、病院から聞いてきた。」
というのであった。本当のことだった。言い逃れなど、出来なかった。
この話の真相は、若い外科の研修医の先生が、手術の練習をしていたというのだ。
母の話によると、本来なら外科の先生について、手術を行って勉強するはずが、今の外科部長の先生が意地悪で、若い先生に執刀させてくれなかったというのだ。若い先生たちは、勉強したくて手術用の犬を買って、自分たちで手術の練習をしていた。と言うことであった。
そして、
「院長先生がすごく寂しそうな顔をしていた。」
と、父が言っていたと母は言った。
私は、急に悲しくなった。
急に、孤独を感じた。広い世界に、何もない世界に、一人だけ放り出されたような、気持ちになった。
院長先生にこの話が、知られていることが、私にとって、悲しかった。
私が、楽しんでしていたことが、院長先生を苦しめていたのだ。
空は、高くなったが、見放されているような気持になっていた。この箱庭の世界にいてはいけない人間になってしまったような気持ちになっていた。
その話を聞いた日から、私は院長先生に会うのが、恥ずかしかった。恥ずかしいというか申し訳ないというか、謝りたい気持ちになっていた。体が小さくなってしまった気がした。心が、きゅっと縮んでいた。
恥ずかしいというより、心が痛かった。悲しかった。
急に、悲しくなってきた。あんなに楽しく遊んでいたのに、悲しくなってきた。ミケ子さんを、あんなに優しい笑顔で見ていた院長先生が、悲しいお顔をしている。
私は、後悔していた。なんであんなことをしたのだろう。あんなことが楽しかったのだろう。もう、取り返しがつかないことを、してしまっていた。
けれども、私は、面と向かって
「ごめんなさい。」
が言えなかった。
院長先生の姿が見えても、隠れたくなるだけだった。立っているのが、精いっぱいだった。うつむいて、顔を上げることも出来ずに、立っていることが、精いっぱいの私のできることだった。
夕方、院長先生は、坂道を下りて帰って来られた。けれども、会釈をするのが精いっぱいであった。顔をあげられない。
私は、恥ずかしくて、悲しかった。心は痛くなった。
院長先生が、寂しそうに見えた。
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