第16話

 何日かして、私は、また見に行った。

 一人では行けなかった。やはり、名前も覚えていない近所の年下の女の子と一緒に、見に行った。

 そして、扉を開けて、叫んだ。

 「犬殺し。」

 そう言って、急いでドアを閉めて、逃げ出した。

 最初、心臓がドクドクしていた。それは、時間が経つほどに、強くなった。

 私は、みんなが思っていることを、口にしたのだ。

 私が発した言葉は、みんなが噂していたことだった。私はみんなの気持ちが分かった。みんなと同調できた。私はみんなを代表して、自分の口で言ったのだ。

 みんなと言っても、知っている人は、どれくらいいたのだろうか。

 しかし、私は、満足していた。満足と同時に、興奮も覚えた。

 そして、私は、誰だか顔の見えない噂しえいるみんなと仲間になれた気がしていた。私も、噂を知っている人間の仲間になった気がした。

 それは、優越感の言うものだったのだろう。私は、優越感を感じていた。

 「プレハブ小屋の中では、犬の手術が行われている。その犬は、殺されてしまっている。誰が聞いても、可哀想だ。」

 これが、噂の真相であった。

 私の感情は正しい。

 あのプレハブ小屋は、犬殺しの現場だったのだ。

 噂の確認をした私は、噂をしている人間の仲間になれた。噂を言いふらしている人間の仲間だ。悪いことをしている人間を否定できる側の人間に立つことができたのだ。私の言葉は、正しいのだ。断罪すればよいのだ。

 私は、自分の行動に酔いしれているようだった。

 悪いことをしている実感は、私にみじんもなかった。

 箱庭の世界から、私を見ている存在は、なくなっていた。自分自身で頭の中は、いっぱいになっていた。

 私には、空が見えなくなっていった。空は、低く沈んで淀んできていた。

 私から見えていないものは、向こうからも見えないと思っていた。私は、私だけの世界に入り込んでいった。空の存在も感じることなく、万能の力を得た者のようなおごりを感じていた。

 プレハブ小屋の話は、家族の誰にも話さなかった。知っていることが、悪いことだと感じるというより、私だけが知っているという優越感を感じていた。だから言わなかった。そのことが、悪いことだと感じていなかった。むしろ高揚するほど楽しくて、話さないことが悪いことだなど、思いもしなかった。

  その後も、私は何度もドアを開けて、中の人に向かって、

 「犬殺し。」

 と叫んで、ドアを閉めて逃げた。

 多い日は、一日に何度も

 「犬殺し。」

 と叫んで逃げた。

 私は、中の人の顔など、見もしないで、叫んでいた。中の人が、何を感じるかなど、思いもしなかった。

 私は、高揚していた。もはや止めることなど、考えもしなかった。それは、いつの間にか、私の遊びの一つになっていた。

 こんな日が、何日も続いていた気がする。

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