だって楽しそうだったから。

 パトリックとの話を終えた頃には既に夕方になっていた。俺達はパトリックの提案で、宿舎の食堂で晩御飯を食べることにした。

「馴染みのある場所に行けば、記憶を取り戻す助けになるかもしれません」

 食堂は見習いの騎士達が毎日通う場所だからジルベールにとっては馴染み深い場所だし、記憶を取り戻す可能性も高くなるだろう。俺が本当に記憶喪失だったなら、の話だが。

 

 食堂に行った俺達を待ち受けていたのは、俺とオベールに一目会おうと食堂に押しかけた生徒の群衆だった。まるでファンに握手を求められるアイドルのように俺達は手を伸ばされ、黄色い悲鳴(何故男ばかりの騎士学校でそんなものが……)があちこちから飛び交い、人の波が俺達に合わせてあっちへ行ったりこっちへ来たりと、異様な熱狂っぷりだ。


「凄い人だかりだね……。そんなに久しぶりに僕達に会うのが嬉しいのかな」

 

 オベールは平然としている。

 

「いや、いつもああだったよ」

「いつも!?」

「君も俺も、剣術大会では1位2位を争う実力を持っていたからね。それに君は綺麗だから……」

 

 と言いながら、オベールの顔は次第に歪んでいき、突然俺を抱きしめた。今度は野太い悲鳴があちこちから聞こえてくる。

 

「何やってるんだお前は!」

 

 アレクサンドルがオベールを引き剥がす。アレクサンドル……お前っていつもそんな役回りばっかりだね。

 

「だって許せないんだよ! 俺以外の人の目に想来の姿が映るなんて! 万が一一目惚れでもされて、付き纏いとか、想来が酷い目に遭ったらたらどうする!?」

 

 そんな奴がいたら速攻退学だろ。特にパトリック寮長の前で、そんなことをする奴がいるとは思えない。

 当のパトリックは人だかりの前に立ちはだかり、「食堂では静かにしろといつも言ってるでしょう!」と怒鳴っている。


 俺はパトリックのおかげで無事に晩御飯を食べ終え、部屋に戻ることができた。今現在俺は生徒達が暮らす宿舎の一室にいる。みんなには反対されたけど、「ここにいたら何かを思い出せるかもしれないから」とパトリックに頼み、特別に空き部屋を用意してもらった。


「……はあ、散々な夜だったな……」


 ただでさえ人嫌いの上に、騒がしいところはあまり得意じゃない。攻略キャラ達と日々過ごしストレスが溜まっていた俺は、一人になれる時間を欲していた。


「ようやくのんびりできる……」


 ベッドに大の字になって横になる。と、ちょうどその時、俺の目の前に光の粒子と共にパネルが出現した。


【モテモテでござるねぇ、朝日奈氏】

「磯貝!」


 そっか。今は俺以外に誰もいないから通信機能が使えるんだ。


 磯貝と喋るのなんて何日ぶりだろう。悔しいけど、なんだか磯貝と喋れて安心している俺がいる。

 

【パトリック殿から剣術勝負を受けるとは、中々面白いことになってるようでござるね。拙者、朝日奈氏の動向から目が離せないでござるよ】

「あれって、原作にあるエピソードじゃないよね?」

【ないでござるね。だから拙者もこの件に関してはアドバイスをしようがないでござる。面目ない】


 そうか、磯貝でもどうにもならないか。それでも相談できる相手がいるのは、かなり心強い。

 

「たとえばさ、剣術勝負でパトリックに負けたとして、実際に主人公は主人公と結婚することになると思う?」

【恐らくでござるが、朝日奈氏が勝とうが負けようが、無視して学校を出ようが、好感度を下げない限りは原作の恋愛イベントには一切影響を与えないと思うでござる】


 なるほどね。だとしたら、心置きなく戦うことができる。


【勝負するんでござるか】

「もちろん受けて立つよ」

「意外でござる。拙者、朝日奈氏はこういうのが苦手だと思ってたでござるよ。体育とかあまり好きじゃなかったでござるよね?】

【もちろん俺は苦手だよ。だけど今この体はジルベールのものなんだ。ちゃんと剣術の訓練を受ければ勝つ確率は上がるはずだよ」


 以前ステータスの確認をした時は確か、体力が100、剣術が0だった。現在の俺は「知識ゼロの馬鹿力」ってことになる。

 ここ最近の旅で、ジルベールの体は疲れを感じにくいことも判明している。つまり、ステータスが実際に俺にも実感できる形で反映されてるんだ。


 剣術のスキルを上げたら、俺はどれくらい強くなれるだろう。ここで得たステータスを現実世界に持って帰れないのかな。知識が100の状態で現実に戻ったら、全知全能の神になってたりしないだろうか。


 効率的にステータスを上げる方法を考えないと。


【朝日奈氏、なんだかウキウキしてないでござらんか?】

「久々にゲームらしいことができるとなれば、そりゃ楽しくもなってくるよ」

【相変わらずのゲーム馬鹿でござるね。……ところで朝日奈氏。あらかじめ言っておきたいことがあるんでござるが】

「ん? 何?」

【拙者、実はパトリック殿が推し、いや、パトジル推しなんでござる】


 ぱとじる? なんだそれは。なんかの汁か。


 頭にはてなを浮かべる俺に、磯貝は懇切丁寧にパトジルとやらの説明をしてくれる。攻めだとか受けだとか掛け算だとか、また無駄な知識を得てしまった。


【ジルベールたんとパトリック殿の対決。これは非常に興味をそそられるでござるが、拙者、パトリック殿には傷ついてほしくないでござる】

「……だから?」

【朝日奈氏にはパトリック殿に傷ひとつ付けずに勝ってほしいでござる】


 無茶言うなよ。


 というか、リアムと言いパトリックと言い、磯貝は本当に捻くれ者のキャラが好きなんだな。

 ここまで来たら主人公のジルベールもすごく捻くれてそうな気がするんだけど……。


【そんなことないでござる。ジルベールたんは心も体も清らかな天使ちゃんでござるよ。捻くれてるだなんて、そんなこと、ぜーっったいにありえないでござる!】


 その後俺は磯貝からキャラクターの好感度と友情度について聞いた。


「レオの好感度が91か。だいぶ下がったね」

【風呂に一緒に入ったことで一時期97まで上がったんでござるが、外に出ることを知らされていなかったのが相当ショックだったようでござる。それからは少しずつ下がってるでござるね。同時に友情度も下がり続けてるでござるが……】

「取り敢えず今はどうしようもないからこのままにしておいて、後は家に戻ってから対処しよう」

【それが良いでござる。それから、隠しキャラ二人のパラメータでござるが_____】


 突然通信が途切れた。扉が開く音がするなり、部屋に誰かが飛び込んでくる。


「想来!」

「ネル!?」


 なんでネルがここに!? 鍵はかけてあったはずなのに。


 まさか……。


 ネルはニッと笑って、俺に鍵を見せつける。


「パトリック先輩が貸してくれたんだ。なんかよく分かんねぇけど、想来が一人でいる今がチャンスだってさ」


 パトリック、何がしたいんだお前は。というか……これ、もしかしてヤバい?


「そ、それで素直にやってきたの?」

「おう!」


 元気だけはすごく良いなこの人。馬鹿だけど。


「あのさ、ネル。分かってると思うけど、えっと……抑制剤は持ってるんだよね」

「持ってるぞ」

「だったら、僕が言いたいことは分かるよね」


 ネルは頭をぶんぶんと縦に振る。


「俺様は超一流の騎士だ」


 うん、違うね。

 

「あのね、ネル。僕が言いたいのは_____」

「騎士の仕事は、大切な人を守ることだ!」

「え?」


 ネルは立っていた体勢から、その場にドスンとあぐらをかく。


「なんか、オベール先輩は偉い人に呼ばれたから喋りに行ってるらしいし、あのチビとミニマムは一応オキャクサマだから、こんなボロっちい宿舎に呼べないだろ? パトリック先輩も仕事があるって言うし、だから想来を守るなら俺が一番だと思うんだ」


 ……そうか。パトリックは俺の身を案じてネルを護衛につかせたのか。しかもネルの口ぶりから察するに、直接的な言い方はしていない。何とも回りくどい人だな。

 ネル、正直疑って悪かったよ。ミニマムってまさかバヤールのことなんだろうか、とか、色々とツッコミどころはあるけど……


「想来は安心して寝ていいぞ!」


 ネルの笑顔を見ていると、思わず俺まで笑顔になってくる。


「ありがとう、ネル。じゃあ、僕が眠くなるまで一緒にお喋りしてくれる?」

「分かった!」


 ネルと他愛もない話をする。そのうちに、パトリックの話題になった。ネルはパトリックのことになると、自慢話をするみたいに嬉しそうにする。


「ネルはパトリックさんと仲が良いんだね」

「先輩がどう思ってるかは分からないけど、俺は先輩のことが好きだぜ」


 ネルは何度も「自分よりも強い相手の言うことしか聞かない」と言っている。もしかしてパトリックはネルに剣術勝負で勝ったことがあるんだろうか。


 尋ねると、ネルは「俺はあの人とは勝負をしたことはない。先輩は生徒じゃないしな」と言う。


 じゃあ、どうしてパトリックを慕っているんだろう。


 ネルは照れくさそうに昔話を始める。


「俺、αだけど馬鹿だからさ、今まで親からも『落ちこぼれ』『αのくせに一番になれないなんて』って言われて育って、周りからも馬鹿にされてたんだよ。俺もムカつくから周りの奴らを腕力で言うこと聞かせるようになって……あの頃の俺は、ちょっとヤバかったんだと思う。そのうち親に愛想尽かされて、勘当同然にここに放り込まれた。


 想来に負けてからは、俺に従ってた奴らが急に掌を返して俺を馬鹿にしてくるようになった。子供の頃に逆戻りだ。馬鹿にされて、虐げられて、みんなが俺を指差して笑って……


 態度が変わらなかったのなんて、想来とオベール先輩と、パトリック先輩くらいだった。入学したばっかの時はすぐ小言言ってくるからムカついたけど、あの時はこんな俺にも怒ってくれるのが逆に嬉しかったっていうか……だから俺はあの人が好きなんだ」


 ネルは寂しそうに笑い、頭を掻く。


「また余計なこと喋っちまった。パトリック先輩にも良く言われるんだよな。『僕が良い人みたいな言い方はやめろ』って」


 ……パトリック、お前、そんなに悪い人じゃないって既にバレてるじゃん。回りくどい行いはやめて、素直になっちゃえば良いのに。

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BLゲームの世界で、10人のαに求婚されている俺(Ω)の話。 霧嶋めぐる @chibettosunagitsune

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