図書館ではお静かに

浅野ハル

図書館ではお静かに

僕と彼女は期末試験の勉強のために図書館に来ていた。自習スペースで隣の席に座り、黙々と問題を解いていた。喋る人は誰もいなくて、シャーペンの芯の擦れる音や本のページをめくる音、かすかに空調の音が聞こえるくらいで館内は静かだった。図書館は勉強するにはもってこいの場所だ。


お婆さんが一冊の本を持って僕達の近くの席に腰を下ろした。

メガネをかけて本を読み始めた。しばらくすると、ふんふんであるとか、あらあらであるとか、まあまあといった独り言をし始めた。たまに言葉の響きを味わうように本の一節を読んでしまうこともあった。

初めのうちは少し気になるけどまあ我慢しようと勉強を続けた。

お婆さんの声は決して大きくはなかったが周りが静かすぎるため聞き取れてしまう。

春の熊ね、ふんふん、彼女のヴァギ、あらあら、まあ……

僕は数学の証明問題を解いている途中だったが、さすがに我慢できなくなり彼女に「ちょっと注意してくる」と伝えた。しかし彼女は意外にも「別にいいじゃない」と言った。

「せっかく楽しんで読書しているんだから、それにまさかハルキストだとはね。あなたと趣味が合いそうよ」と彼女はそう言って笑った。

「でもここは図書館なんだよ。公共の場では静かにするのがマナーでしょ」

「誰かとおしゃべりしてるわけじゃないし。独り言なんて自然に出ちゃうものだからしょうがないよ。」

「気づいてないんだったら注意しないと。もう気になって集中できない」

「じゃあ私のイヤホン貸してあげる」

彼女はスクールバッグからワイヤレスイヤホンを取り出して渡してくれた。

「誰かを変えるより、自分を変えた方が楽だよ」

彼女の言葉に納得できず僕はため息をついてからイヤホンを耳に装着してノイズキャンセリングをオンにした。あたりは再び静かになった。

彼女はそんな僕を見てなんだか楽しそうだった。

僕は心の狭い人間なのだろうかと思い始めたとき、お婆さんは読んでいた本を閉じて貸出カウンターの方へ去って行った。

「ほらね、悪いことはそんなに長く続かないものよ」と彼女は得意そうに言った。

そうだねと適当に相槌してまた勉強を再開した。

証明問題の続きを解いていると、すみませんと声をかけられた。

首に名札をぶら下げているので図書館の従業員だろう。

「先ほど利用者様から館内でおしゃべりしている学生がいるから注意してほしいと言われまして」

僕はそれを聞いて、無意識にやれやれと呟いていた。

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