初めてのダンジョンアタック③

「ごめんなさい。私、怖くて……動いたり、指示とか出せそうにないわ……」


 鹿島さんは、俺の服の袖を力強く握る。

 怖い、か。

 そりゃ、そうだよな。

 魔物が跋扈するダンジョンにおいて、カードがあるとは言えど、人間は貧弱だ。

 ゴブリンに棍棒でぶん殴られただけでも、命の危機に瀕するくらいには。

 そんな環境に身を置いているんだ。

 どんなに気丈に振る舞っていても、怖いもんは怖い。


 本音を言うと、俺だって怖いしな。

 ユグノアが死ぬ可能性がある事が。

 ……キャラカードにも命がある。

 モンスターに心臓をぶち抜かれたら、カードが割れて、存在が消失してしまう。

 だからこそ、臆する訳にはいかない。

 怯えて動けない鹿島さんの代わりに、俺が戦わなければならないのだ。


「大丈夫だ、鹿島さん。ここは俺に任せてくれ……ユグノア、ファイアボールだ!」


「いくよっ、ファイアボール!」


 俺の指示に呼応したユグノアが魔法の詠唱を行う。

 すると、彼女が手に持つ杖の先から炎の球が出現し、ゴブリンへと向かっていく……事はなく、明後日の方向へと飛んでいった。

 要するに、ファイアボールは外れたのだ。


「ご、ごめんね……マスター」


「いや、気にするな。ミスなんてあって当然だ。後は俺がゴブリンを断ち切って……!」


 意気揚々と剣を引き抜いた刹那、得物を振り下ろしたリザードマンによって、ゴブリンは真っ二つになり、ドサリと崩れ落ちた。


「……セントウ、シュウリョウ」


 こちらを振り向いたリザードマンが、無機質な声でそう呟く。

 チンと音を立てて、鞘に剣を納める様は中々サマになっていて、カッコいい。

 ……それにしても喋れたのか、コイツ。

 


 ドロップアイテムの有無を確認した俺は、地面にへたり込む鹿島さんと向かい合う。

 戦闘が終わった今でも、彼女は気弱そうな表情であり……もしかして、こっちが素なのだろうか。


「粗方、察してると思うけれど……私、鹿島コトコはエリートでもなんでも無い。親が有名な冒険者なだけのヘボ冒険者なのよ……」


「そこまで、言わなくても……鹿島さんは冒険者になったばかりでしょ?」


「違うわ。中学一年生の頃に冒険者を始めたから、今年で5年目よ」


「そっかぁ……つまり、鹿島さんは」


「マスター。それ以上はダメ!」


 咄嗟に嫌な予感を察知したらしい、ユグノアに口を塞がれる。

 何故、そんなことをするんだ。

 俺はただ、鹿島さんは俺と同じくらいの実力なんだねー、と言いたかっただけなのに。

 別に悪口では無いだろ、これは!


「URのユニークカードを持つ高橋さんにパーティを組んで欲しい、と頼んだのも全ては自分のため。私は彼女にキャリーしてもらいたかったのよ……ふふふ、本当に浅ましいでしょう? 笑ったって、いいのよ……」


「笑ったりしないよ、鹿島さん」


「え……?」


「誰だって、死ぬのは恐ろしい。魔物に怯えるのなんて、当たり前のことだよ。だから、そんなに自分を卑下しないで……怖くても、ダンジョンに潜れる鹿島さんは偉い子だよ」


 ユグノアは、鹿島さんの頭を撫でる。

 とても優しく、慈悲深く、ゆっくりと。


「ま、ママ……?」


 断じて、ママではない。

 ユグノアは、鹿島さんの。

 溢れんばかりの母性を前にして、勘違いする気持ちはわかるが、誤解しないで欲しい。

 ユグノアは俺の推しカード。

 みんなのアイドルであるのだ。

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ガチャ中毒者は低レアリティの推しキャラを最強にしたい〜現代ダンジョンで推し活をしていたら、いつの間にか成り上がってました〜 門崎タッタ @kadosakitta

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