氷層の令嬢 鹿島コトコ
昨日は、波瀾万丈な一日だった。
高橋がURのユニークカード、禍福の堕天使アザナエルを引き当てて、ガチャセンターはてんやわんや。
交換しろ、トレードしろ、の大合唱。
人混みを掻き分け、やっとの思いで高橋を救出して。
ガチャセンターの外で待っていたのは、冒険者ギルドの職員の人達。
彼らはこれから起こるであろう出来事を防ぐために高橋を連れ出し、何やら小難しい話し合いをしていたそうだ。
個人情報保護だの、カード盗難の対策だの、パーティ勧誘の規制だの。
面倒臭い事この上無いので、さっさと帰りたかったと、高橋は言っていた。
正直、個人情報の件に関しては、ガチャの結果を公表しないようにすれば良いのではないかと思うのだが。
お偉いさんの考えはよく分からん。
なんて事を考えながら、ガラリと音が鳴るほどに古びた教室の扉を開ける。
すると、教卓近くで駄弁っていた二人組が、歩み寄ってきた。
「おはよう、二人とも! 今日も素晴らしい1日になるといいな!」
「……おはよう、トオル。随分と元気がいいね。何か良いことでもあったの?」
中性的な顔立ちと綺麗な黒髪を有する、外見だけ見ると女子にしか見えない少年、秦野メグルが問いを投げかけてくる。
意味ありげに微笑みながら。
……俺のテンションが高い理由なんて、とっくに知っているだろうに。
白々しいにも程がある。
だがしかし、俺は寛大な男であるので、答えてやろうではないか。
「そりゃ、テンションの一つや二つ上がるだろ。なんたって、バイト戦士だった俺が見習い冒険者にランクアップしたんだから!」
「なぁなぁ、トオル〜。お前のカード見せてくれよ。絶対に触ったりはしねーからさ」
快活な出立ちをした短い茶髪の青年、中畑ユージが俺と肩を組みながら、そう告げる。
……ふっふっふ。
本当は見せたくはないのだが、ユージやメグルとは長い付き合い。
具体的に言うと、中学の時に知り合った友人ので、特別に見せてやろう。
俺の推し、ユグノアの姿を……。
厳重に保管されているカードを取り出した俺は、自分の机の上に置く。
「……凄いね、このカード。レアリティはノーマルだけれど、ユニークじゃないか」
「ユニークカードなんて中々お目にかかれねぇよ……マジで運良いな、お前! それに、この子めっちゃくちゃ可愛いし!」
メグルとユージは驚きを隠さないでいる。
……そうそう、こういう反応を俺は待っていたのだ。
昨日の出来事があったせいでインパクトが薄れてしまったが、レアリティがノーマルでもユニークカードなら希少性が高い。
冒険者であれば、誰もが欲しいと願う物。
ユージが言う通り、中々お目にはかかれない逸品なのである。
「トオルくんさえ良ければ、僕も拝見したいです! ユニークカードを!」
「ユニークカードって、そんなに凄いの? 私も見たいな、トオルくん」
「ウチにも見せて!」
メグルやユージの反応を皮切りに、普段関わりのないクラスメイトが集まってくる。
学年上位の成績を誇るマナブくんから、清楚な雰囲気で男子に人気のハルカちゃんやギャルっぽい風貌のアカリちゃんまで。
ユニークカードパワー、超すげぇ!
いっそ、この機会を活かして、ユグノアの魅力を熱弁しようか……。
「ねぇ、佐原トオル」
和気藹々とした雰囲気が、嘘のように静まり返る。
クラスメイトは全員、口を閉ざしたのだ。
とある少女が俺に話しかけた瞬間に。
……彼女の名前は鹿島コトコ。
フリルのカチューシャとロングヘアの黒髪が印象に残る美少女であり、その美貌は学校一と評されているけども。
基本的に、どんな相手にも無関心。
話しかけられても、塩対応。
中身すら見ずに破り捨てたラブレターの数は多すぎて数えられない。
とにかく冷徹で、他人に興味を持たないため、氷層の令嬢と呼ばれて恐れられている彼女が……俺に話しかけるなんて。
正直、今でも信じられない。
まさか、そこまで……。
「鹿島さんが俺のユグノアに興味を持ってくれるなんて……感動して涙が出てき」
「全然興味ないから、勘違いしないで」
どうやら、興味はないらしい。
その上、俺の勘違いだったらしい。
ちょっと……かなり、残念でならない。
だが、それなら、尚更俺に何の用なんだ?
「単刀直入に言うわね。禍福の堕天使アザナエルの持ち主を、私に紹介して欲しいの」
鹿島さんは至って真剣な眼差しで、俺の顔を見据える。
噂によると、鹿島さんも学校に通いながらダンジョンに挑む……冒険者であるらしい。
それも、ダンジョンやカードとは無縁な一般家庭で生まれた俺や高橋とは訳が違う。
先祖代々冒険者を生業としている一族の末裔であるエリート中のエリートで。
ほぼ間違いなく、彼女の目的は高橋が持つユニークカードを利用する事だ。
高橋からカードを買い取ったり、或いは高橋を自らの仲間にするなどして。
どうするべきだろうか。
こういうのって、馬鹿素直に紹介していいもんなのか?
いずれにせよ、高橋本人と話し合わないことには……。
「ちょっと失礼しま〜す。佐原先輩はいらっしゃいますか〜?」
足りない脳みそをフル回転させて、思案にふけっている中で。
教室の扉を開けて、この場に現れたのは、話の中心人物である高橋だった。
……いくら何でもタイミング良すぎだろ。
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