禍福の堕天使 アザナエル

 この世界には数多のカードが存在する。

 魔法や剣技などが会得できるスキルカードや、特殊な武具を出現させるウェポンカード。

 この世界の技術では到底作り出せない物を具現化させるアイテムカードに……異形の怪物や空想の人物を召喚するキャラカード。


 そして、キャラカードは「モブカード」と「ユニークカード」の二種類に分けられる。

 モブカードはその名の通り、全く同じカードが大量にあるカードの名称。

 例を挙げると、ゴブリンやオーク、鉄鎧の兵士など。

 外見は全く同じで、基本的な性能も画一的であり、自我を持たないため、カードの持ち主の命令に従順なのが特徴である。


 次いで、ユニークカードはモブカードとは正反対。

 世界に同じカードは存在しない上に、外見は個性的で……何よりも自我を持っている。

 普通の人間のように自分で物事を考えて、行動する事が出来るのだ。

 その上、カードとしての性能自体もモブカードを凌駕している事が多く、それ故に希少性が高い。

 厳密な確率は分からないが、年間で数億稼ぐ冒険者が一生をかけてガチャを回しまくっても、お目にかかる事が出来ない程度には排出率が低いらしい。

 とは言っても、先程の俺みたいに新人の冒険者が呆気なく引き当たるケースもあって。

 ……レアリティ問わず、ガチャマシンの中でで眠るユニークカードは所有者を選んでいる、という説すら囁かれている程だ。


「安心しろ、髙橋。ユニークカード……いや、運命のカードを引き当てた俺の直後にガチャを回しても、レアカードを引ける可能性は十二分にある!」


「……まぁ、ほどほどに頑張りますね〜」


 そう告げた高橋は浮かない表情のまま、ガチャマシンへと向かう。

 ……どうしたんだ、あいつ?

 俺がユグノアを引いた時からテンションが低い気がしてならない。

 もしかして、俺がユニークカードを引いたことにショックを受けて。

 自分は凡庸なカードしか引けない、と思っているのだろうか。

 決して、そんな事はないのに。


 ……因みに今現在、ユグノアはカードの中に引っ込めている。

 ガチャセンターのルールとして、ガチャから排出された時を除いて、キャラを出現させてはいけない、ってのがあるからな。

 本当は、どんな時も俺の推しであるユグノアを出現させておきたいけれども。

 常日頃から、周囲の人々にユグノアの可愛さを知らしめたいけれども!


「うおっ、眩しっ」


 なんて事を考えていると、高橋が回したガチャから眩い光が放たれて、俺はさっきと全く同じ言葉を口にする。

 つまり、これは。

 この演出は……。


「おいおいおい! またユニークカードかよ! マジでどうなってんだ!?」


「どうせ、ノーマルのユニークカードってオチだ。期待するだけ無駄無駄!」


「……それもそうだな。ただでさえ排出率が低いURのユニークカードが出るわけないか」


 俺の近辺にいる二人組の冒険者があからさまなフラグを立てた。

 ものすごく、丁寧に。

 高橋が用意したサクラなのではないかと疑うほどには露骨に。

 職人技と評しても過言ではない。

 ……何となく、俺には分かるぞ。

 こういう時は大体。


「……私の名前はアザナエル。禍福の堕天使、アザナエルです」


 ……アザナエルと名乗ったカードは人間離れした美しさを有している。

 すらりと伸びた手足に、180センチはある俺よりも高い背丈。

 背中に生えた漆黒の翼、はっきりとした顔立ちにセミロングの銀髪の組み合わせは、これ以上ないと思えるほどに調和している。

 でも、俺はユグノアの方が好きだな。

 これは完全に偏見でしかないのだが、アザナエルは腹が黒い気がする。

 天真爛漫で裏表がないユグノアと違って!


「そっかぁ〜。親しみを込めて、ナエルちゃんって呼んでも良い?」


「そうですね。ナエルちゃんだと、萎えるという言葉を連想してしまうので、出来るならアザちゃんと読んで欲しいです……ところで、マスター。貴女のお名前は?」


「高橋リン。リンって名前は大嫌いだから、絶対に呼ばないで欲しいな〜」


「畏まりました。これより、マスターのことはマスター高橋と呼ばせて頂きますね」


「……それは勘弁して欲しいかも。響きが全然可愛くないよ〜」


「フフフ。もちろん、冗談です。マスター」


 高橋とアザナエルと名乗るカードは、極めて和やかに談笑する。

 そんな二人を他所に、俺も、ガチャを回しに来た冒険者も、観客席の人々も……そして、ガチャセンターで勤務している警備員でさえも、モニターに釘付けになっていた。


 ……禍福の堕天使 アザナエル。

 レアリティはURで尚且つユニークカード。

 こういっちゃ何だが、俺の推しであるNノーマルのユニークカード、ユグノアとは比べ物にならないほどに、希少性が高いカードだ。

 SRやSSRのユニークカードならともかく、URのユニークカードは国内でも、たった3枚しか確認されていない。

 その上、それらのカードは最高峰の称号「白金級」を冠する冒険者が揃いも揃って、初めてのガチャで引き当てたモノで。

 URのユニークカードを引いた人間は必ず、大成する……というのが通説になっている。


「……あ、ああ」


 後方から、亡者の呻きのような不気味な声が聞こえてくる。


「な、なんで、URのユニークが出るんだよ」


「俺が……俺が引く筈だったのにぃ」


「畜生……! 羨ましい、欲しい……!」


 それも、大量に。

 恐る恐る後ろを振り返ると、ガチャの列に並ぶ冒険者の皆様方が、物凄い形相で高橋とアザナエルの二人を凝視していて。

 なんか、ヤバそうな雰囲気がする。


「頼む! 金ならいくらでも払うから、そのカードを俺にくれ!」


「いや、私に頂戴! 1億は出せるわ!」


「バカ女が! 1億じゃ足りねぇよ! なぁ、嬢ちゃん。俺は50億出せるぜ! 今ならSSRのキャラカードが3枚もついてきて、とってもお買い得! 是非、この機会にどうぞ!」


「皆さん、落ち着いてください! 押さないで! 列を乱さないでください! この場での紛いの交渉も控えてください! 俺も元冒険者だから、気持ちはわかるけれど!」


 高橋と交渉しようとするプレイヤーが波のように押し寄せてくる。

 複数人の警備員が抑えようとしているものの、彼らの勢いは止まらない。


 ああ、もうめちゃくちゃだよ。

 かなりヒートアップしつつあるこの騒動、どうやって収集付けるのだろうか。

 俺にはさっぱり、分からない。

 ……だが、まぁ。

 取り敢えず、ガチャマシンの前にいる高橋を回収してトンズラするか。

 折角、レアカードを引いたのに悪い思い出になっちまったら、可哀想だからな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る