見習い魔術師 ユグノア
「次の方、どうぞ」
「じゃあ行って来るわ!」
「頑張って下さいね、トオル先輩。ガチャ引くのに頑張るも何もないですけど〜」
フリフリと右手の袖を振って、俺を見送る後輩の声援を背にガチャマシンと対面する。
ガチャマシンの色は緑色で、サイズ自体はそこまで大きくない。
外見は、ゲーセンやカードショップなどで良く置いてあるカードダスマシンのような感じ、と言えば分かりやすいだろうか。
チケットを挿入し、レバーを回せば、カードが排出されるシステムになっていて。
「……大丈夫かい?」
「は、はい。平気っす」
……ダメだ。
正直、俺は今、緊張している。
爆死したオッサンの仇を取ってやると、ついさっきまで意気込んでいたにも関わらず。
背中は冷や汗でびっちょりで、手足は小鹿のように震えていて。
不正を監視する係員の人が思わず声をかけるくらいには様子がおかしいみたいだ。
このガチャの金額は150万円。
150万円は1年と半年かけて貯めた金額。
高校生活の楽しみ、一般的な青春を投げ捨てて貯めたお金が一瞬で消える。
下手したら、あのオッサンのように見るに耐えない結果で終わるかもしれない。
たった一回きりのガチャで、当たりのカードなんて引けるわけがない。
一度、そう考えてしまうと、思考は悪い方へと転がっていき。
漠然とした不安がみるみると大きくなる。
怖い。逃げたい。
何故、こんな事をしたのだろうか。
普通に高校生活を送って、大学に行って、社会人になった方が幸せだったんじゃないか。
といった、後ろ向きな思考ばかりが脳裏をよぎる。
……けれど、だからこそ面白いのだ。
ガチャというモノは。
確かに怖くて、逃げたい。
今まで費やしてきた時間や月日が無駄になるのは、本当に嫌だけれど。
それ以上に楽しみで仕方がない。
これから、俺はどんなカードに出会えるのだろうか。
もしかしたら、URやSSR、SRのカードが引けるかもしれない。
そうでなくても、RやNにだって良いカードは一杯ある。
寧ろ、高レアリティのカードよりも、低レアリティのカードの方が扱いやすいとされているため、冒険者になりたての俺にとってはそちらの方がいいかもしれない。
どうせなら、モンスターカードよりも、ヒューマンカードの方がいいな。
もっと言うと、男よりも美少女が良い!
可愛い女の子カードと共に、ダンジョンに潜るのは最高だ。
なんて考え始めると、ドキドキやワクワクが止まらなくなって。
何よりも、今までの努力が全て無駄になるか、報われるのか。
それが全く分からない事。
要するに、ヒリつくようなスリルが……俺の心を堪らなくゾクゾクさせる。
……そうだ。
これが、ガチャの醍醐味。
とにかく、運否天賦で。
自分は祈ることしかできない緊迫感こそが、ガチャという存在の最たる魅力なのだ。
多分、狂ったようにガチャポンを回していた頃から、俺は精神的に成長していなくて。
「やはり、俺はガチャ中毒者なんだな」
意を決した俺はレバーに手をかける。
もう迷ったり、弱音は吐かない。
まぁ、後悔はするかもしれないけど。
それでも、今この瞬間は。
純粋な気持ちでガチャを楽しむのだ。
「うおっ、眩しっ!」
ガチャのレバーを回した瞬間に、ガチャマシンがキラリと輝く。
俺の記憶が正しければ、これは。
……ユニークカード確定の演出。
一般的なキャラカードとは異なり、人間のような自我を有するカード。
世界に一枚ずつしか存在しない特別なカードが絶対に当たる演出だ。
「……こんにちは。マスター」
ゆっくりと瞼を開ける。
すると、目の前にいたのは、如何にも魔法使いらしい装いをしている美少女。
とんがり帽子にぶかぶかのローブ。
一際長いロングの金髪に、小さい背丈。
ぱっちりとした碧眼に、整った目鼻立ちを有する彼女はにこにこと笑っており。
その姿は、まさに天使のようで。
「私の名前はユグノア。見習い魔術師のユグノアだよっ。これから宜しくね!」
「……ああ」
ユグノアと名乗った少女が差し出してきたカードを受け取る。
⭐︎
見習い魔術師 ユグノア
ATK 700
DEF 300
ユニークスキル
未完の大器
このカードはありとあらゆる魔術系統のスキルを習得する事ができる。
しかし、習得できるスキルの最大数はパッシブスキルやバトルスキル問わず、5つまで。
パッシブスキル
未成熟の魔術
常時、魔術系統のバトルスキルのMP消費量が1.5倍になる。
このスキルは如何なる手段を用いても、消去する事が出来ない。
バトルスキル
ファイアボール
火球を出現させる、火属性の初等魔術
⭐︎
「何だよ。ユニークはユニークでも、レアリティはノーマルかよ」
「運がいいのか、悪いのかって感じだな」
「そうか? ユニークは普通にアタリだろ」
「見てる側からすると、期待外れだわ」
「美少女カードってだけで普通に羨ましい。俺なんてアンデッドしか出ないのに!」
ガチャマシン上部のモニターに映し出された結果を閲覧した冒険者が、ぐちぐちとしょうもない発言をする。
しかし、それらの言葉は耳に入らない。
俺は、今この瞬間。
ユグノアに見惚れてしまっていたから。
「どうしたの、マスター?」
カードを手にしたまま動かない俺をじっと見つめるユグノア。
こてんと首を傾げている姿も可愛すぎる。
控えめに言って、結婚したいけれども。
天使に見違える程の愛らしさを有する彼女を俺が独占するのは世界の損失だ。
あまりにも、勿体なさすぎる。
……それならば。
ユグノアの魅力を全人類に伝えたい。
俺のカード……俺の推しのビジュアルの良さもさることながら、一つのカードとしての性能の高さも、世界に発信して。
この世界に存在するカードの頂点に立たせてあげたい。
否、絶対に立たせてみせると心に誓う。
「ユグノア」
「なぁに、マスター?」
「俺の名前は佐原トオル。これから……末長く、宜しくな!」
「うん! 私、マスターの役に立てるように、精一杯頑張るね!」
とてとてと駆け寄ってきたユグノアは両手で俺の右手を握り、にこりと笑う。
そんな事をされた俺の心臓はどくどくと早鐘を打ち始めて。
あっという間に心奪われてしまった。
ユグノアの事を考えるだけで、胸が温かくなり、幸せな気持ちになれる。
この気持ちは……まさしく愛なのだろう。
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