第49話 3億円は死んでいる

 カビ臭い、エアコンのいた校長室。

 唐草模様からくさもよう壁紙かべがみ。インテリアの蓄音機ちくおんき。並らんだ油絵の肖像画しょうぞうが

 その、すべてがウソくさい。


 ふぞろいのヒゲで、スーツをだらしなく着る馬場。鈴木教頭の前に現れた。

「おでんの代わりに来たんだよ。なんでも人探しだって?

 こっちはあんたの裏金疑惑の取材で来る予定だったのによ。とんだお子ちゃまの使いだぜ」

 窓の手前にゆっくりと立ち、鈴木教頭はぼんやりと外をながめ始めた。

「裏金? たいそうなことは言わないでほしいですね」

「じゃあ、言わなくてもいい。で、今回の件でいくら出す? 警察にも裏金の件でしっぽは捕まえられてないんだろ? まだ、自由なお金もあるんだろ?」

 

 いつにも増して、率直そっちょくな馬場だった。

 それは仕方ない。最近、ついてねぇからな。財布はられるし、盗った相手はくなるし。虫のいどころも悪いんだよ。

 それを差し引いてまあ、この教頭も同じくらいふびんだな。校長がされて、すぐに裏金疑惑ときたもんだ。その上、生徒の失踪しっそうなら、学校をクビどころではすまないだろう。

 聞くところによると前に一度、山菜特集で依頼した先生の行方も不明だとか。だったら、ちゃんとすずでもつけておけばいいものを。

 

 あ~~~、そうだそうだ。思い出してきた。

 馬場は内心、怒りをおぼえる。

 あのとき、こちらの依頼を断わっておいて今度は自分がお願いだぁ? 虫が良すぎるぜ。まあ、ギャラしだいだろうな。

 目の前のつくえへ、ドカッと足をのせる馬場だった。


「このおよんで、出ししみするわけねぇよな?」

 すでにヤクザのおどしだ。

 それでも鈴木教頭はあえて表情をつくらない。機械的にジュラルミン製トランクを彼の前へ落としてみせた。

「そうですか。それではこれで期待にこたえられますかな?」

 ゴトリッ!

 うわぁ、べらぼうなお金の重力だった。一瞬、息を飲むのを忘れる馬場である。思わず、乗り出していた。

「………いくら用意したんだよ?」

「はい、手付金で1000万円。お好きにどうぞ」

 姿勢がピンと伸びていた。

「まさか、ニセ金じゃねぇよな? 調べさせてもらうぜ」

 ぎっしりとつまった札束さつたば。1枚1枚、めくり始める馬場だった。


 1968枚 12/10 


 お金は魔物か? むしろ神か?

 戦後最大級の未解決事件といえばお決まりだろう。国民総生産が世界第2位になり、いざなぎ景気でわいていたころ。それは東京、府中ふちゅう市の刑務所沿いで起こったという。

 東芝とうしば従業員4500人分、3億円のボーナスをつんだ現金輸送車が白昼堂々おそわれる。当時はもちろん現ナマ支給。それは振込よりよほど働く。その価値、現在で20億円強だったという。

「止まりなさい! 車に爆弾が仕掛しかけられたので点検する!」

 そう、呼び止めたのは白いヘルメットをかぶった白バイ隊員だった。

 黒かわのジャンパーに黒手袋てぶくろ、黒ズボンに顔はかくしていなかったそうだ。


 ただ、その見た目やたたずまい。およそ強盗とはほど遠い印象を受けた。

 あまりに色白でひ弱な感じ。そして、歌舞伎かぶき女形おんながたのように鼻筋はなすじが通ったおぼっちゃんに見えた。

 そこでドライバーは信じるに足る。それにこちらはドライバーも含め合計4人の銀行員だ。対する相手は1人だけ。言われるままに停止した。


 すると、なにやら車の下からけむりが上がるではないか。

「危険だ! すぐに避難ひなんしろ!」

 あわてる銀行員たちだった。犯人が事前に用意した発煙筒はつえんとうとは知らず、車のキーをつけたままその場をダッシュ。気づいたときには、乗っ取られてしまったそうな。


 そのときの彼らの後悔こうかい、想像を絶するだろう。自分が全財産を奪われたならいい。会社からあずかった何世代が働いても返せない大金。そして汚名。不信。そのミスが全国で大々的に報道されてしまった。


 とても死んでも死にきれない。正常では生きていけない。

 それでも、乗ってきた白バイなど多くの証拠しょうこ品が残されていたらしい。事件はすぐに解決か? しかし17万人以上の捜査員そうさいんをつぎこんでも時効をむかえてしまった。


 

 ここにひそかな桜タブー。

 実は犯人が警察官僚かんりょうの息子で、彼は事件発生5日後に自殺をしたんだという。

 それが真相しんそうのため、警察の名誉めいよが完全に裏返る。それために、犯人がずっとがらないままらしいんだと。

 

 ただ、この説のもっとも恐ろしいところは警察がそのウワサを流していたとしたら?

 事件より11日後にあの有名なモンタージュ画像ができた。ようやくカラーテレビが出るようになった時代で捜査にも影響力がすさまじかった。

 ただ、もしあれが別人だったら。

 それもそのはず。警察ははじめ、自殺した息子があやしいとにらんでいた。そこで1年前、こちらも死んだいた息子と似た写真を犯人として合成。てっとりばやくヘルメットをかぶせた。


 いたしかたない。世間はスポーツ選手、芸能人を抜きその年、一番カッコイイランキング1位になるほどの大騒おおさわぎ。

 『昭和のねずみ小僧こぞう』と、それは人気沸騰ふっとう

 だが、犯人が名声とは逆につかまえる側にとって許されざること。

 0.1秒でも早く捕まえるんだ! そのためにはのんびりしていられない。銀行員4人を集めて、モンタージュを誘導。


 例え間違ったとしても身内だし。

 さらには死人に口なしだし。それに写真は合成だから問題ないでしょ?

 その上で当然、やってしまった日本信託しんたく銀行。こちらへは最悪な幸福が降りかかりる。

 結局、保険に入っておりボーナスが全額支払われたことだ。これには自作自演じゃないか?と、疑われても仕方がない。あざやかすぎる犯行もすべてが

 そんな4人の彼らが協力したモンタージュ。そもそも、パニックと後悔でどれほど犯人の顔を覚えているかわかったものじゃないが、

「こんな感じだろ?」

 と、警察から問われればうなずくしかなかった。


 とはいえ撤回てっかいするかと言えば、まだつかまっていないのだからまったく違うとは言い切れない。モンタージュだって作り直せば、相当なお金と時間がかかってしまう。だからこそ普通に検索けんさくすれば、このモンタージュが上がってくる。ときどきメディアでも取り上げられて、そのたびに目撃証言が届きいてしまう。その顔はすでに亡くなっているとも知らずに。



 どちらにしても銀行振込になってしまった。富本銭ふほんせん和同開珎わどうかいちんもゲルマン紙幣しへいもギザ10も見なくなった。

 そうさ、今の3億円もこれからの3億円ももっともっと安くなる。そうなれば、この事件もたいしたことないってさと行き着くよなぁ。しめしめだ。

 鼻紙にされて捨てられる日も近いかもしれない。





 

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