第46話 日本版、ちびくろさんぼ

 校長室の窓辺まどべには立派な船の模型もけいがあった。

 それは両手ほどのサイズで、たくさんのを張った大船である。ただ、毎月1パーツごと送られてくるので、今のところ未完成のままだった。

 

 今回で1637個目。 


 大海には夢や冒険ぼうけんがあふれているという。ただし、実際は客船や商船より海賊かいぞく船や奴隷どれい船の方が多い。そんなあやしい船舶せんぱくはさながら死出の棺桶かんおけだろう。海上ではつかまれば逃げ場がないのだから。

 まだ、刑務所けいむしょの方がマシ。待っているのは半地下以下の劣悪れつあくな環境だ。

 そこはぎゅうぎゅうに押し込められた船底。プライベートは皆無かいむ。スペースも皆無。下痢げり靴底くつぞこの臭いしかない。絶え間ないゆれといたんだ食料。よどむ空気。病魔がおそおうが、換気かんきもない。


 何十日と続く航海に、外をながめる窓もない。手足にくさり。同じ下着に同じ服。風呂もシャワーもない。かゆみと疲労ひろうで寝不足状態が続き、慢性的まんせいてきな頭痛と激しい胃酸いさんの逆流が続く。いわゆる、ビタミン不足だ。人相さえも変わってしまう。

 それでいて、言葉も文化もない。虫ケラのようにたたかれ、けられ、暴力で充満していた。

 

 でも、おそろしいことに人は環境にれていく生き物。となりで石のようにかたくなった子供を見ても、なんとも思わなくなる。どうせ、次は自分なんだから。

 そうだ、石になる。船のバランスをとるための重りなだけ。

(江戸時代ではヨーロッパ行きの船の重りに商売も含め中国のお皿などなどんだ。それをつつむむため、浮世絵うきよえが使われることもあったそうな。しかし、アメリカ行きの船では奴隷をしきつめ、帰りはメキシコの銀に変わった。)

 そして、痛みにも慣れていく。なかなか死ねない中、やっと陸が見えたときには牛豚なみの商品になっていた。


 しかし、人身売買はお金の歴史よりも古いだろう。そこに批判ひはんはない。残念ながら日本こそが昔から専売特許せんばいとっきょでもあった。

 倭寇わこうとは漢字の書き取りだけじゃない。どうやらアイヌ民族・大和民族・琉球りゅうきゅう民族のいたるまで、上品な歴史よりも海賊行為の方が有名といえる。

 テリトリーは日本海から東シナ海、さらに南シナ海までも出っ張る。何百年と大陸沿岸部をらし回った。あの広い国土を持った中国王朝も、歴史ある朝鮮王朝も、ずっと手に負えない。放火、略奪りゃくだつ、人さらいと非道をつくしていった。


 野蛮やばん凶暴きょうぼう。だから、昔から日本のイメージは隣国りんこくによろしくない。しかし、ここで海賊国家の汚名を返上する偉人がいた。

 彼こそは奴隷解放の父といわれた豊臣秀吉である。

 これにて、あやしい美談のはじまりといこう。

 


 あれは日本で最大といわれる農民反乱があった。

 3方を海と断崖だんがいで囲まれた無敵の原城、島原の乱でのこと。ただし、禁教となったキリスト教徒の反発も加わり、ますます手に負えず。遠く外洋では彼らを救おうとポルトガル船まで向かっていた。

 彼らは声を受け取っていた。神のもとに平等。中にいる信者たちがすしめ状態のまま3ヶ月以上。今もひどいえと病魔で苦しんでいる。助け出すのはもはや使命だと。

 

 そこへ、この海を包囲ほういしていた指揮官Mが船をよせてきた。

「いやいや、ご無沙汰ぶさたですね」

 宣教師Kがなぜだかうやうやしく出むかえる。

「これはこれはお久しぶりです。なかなか手こずっているようですね」

 指揮官Mは細い目でため息をついた。

「はい、そのようですね。できれば、一緒にあの原城へ大砲をちこんでほしいものですが」

 さすがにこまった宣教師Kである。 

「いやはや、それは無理でしょう。そもそも戦闘行為は本国からの許可がいります。むしろ和解でしたら、お力ぞえができますよ」


 神の使いが偽善ぎぜんをかかげるとは笑わせる。指揮官Mの目がすわった。

「そうですか。しかし、和解はありませんよ。殲滅せんめつ一択いったくです。それどころか草木の一本、残しません。

 さらには実のところ、めあぐねているわけではありません。死病(伝染病)であふれるのを待っているだけです」


 今度はすがるような青い目だ。 

「そんなおそろしいことを。あのとりでにはカトリック教徒も多いと聞きますよ。是非ぜひ、ご慈悲じひをお願いします」

「ご慈悲?_____ 」

 よくもつらつらと! 指揮官Mは知っていた。

 なぜ、戦場に宣教師がいるのか? まず、新天地へ派遣はけんされるのか?

 そろそろわかってくるはずだ。それは『助け出す』意味。実際、信者の数ではない。熱心な信者をつくること。それを救い出すための聖戦をおっぱじめる。戦争は『助け出す』というワードが一番、美しいのだから。


 そして、 戦争はおいしい。だが、直接してはいけない。もうかりづらいからだ。  熱心な信者がその国の中で内乱してくれればベスト。

 もっとも本当のねらいは反乱後に用がある。これだけの大きな農民反乱だ。しずまれば、必ずいちがたつだろう。

 したでなめたくなる。そう、奴隷市さ。


 表向きだろうが、やみだろうが、今も昔も変わらない。攻め入った土地で勝利したら、『乱取らんどり』が開始される。要は人や物の戦利品の売買市だ。

 農作物のできない時期。生死をかけて戦いを起こし、逆に人手や農作物を奪いにいく。そんなことは大陸の東西で文化は違っても、それほど不思議なことではない。


 それは東の国の指揮官(武将)側も同じであった。

 大小の戦いや小競こぜり合い。それはだいたいその農閑期のうかんきにやってくる。ただ、これが生死をけたギャンブルで、通常は食糧や武具は自腹で用意する。

 1回に現在で1000万円もかかるとしたら、かなりきびしい。それが毎年なら勝ってもかなり厳しい。敵方の首級くびでもあげない限り、確実に破産する。だから、人情も同情もない。この『乱取り』はごく当たり前の光景だった。


 しかし、宣教師は新しい武器も持ち込んだ。与えること、与えられることだと。

 そして、争いが起きる。争いが起きれば、奴隷市がたつ。

 その争いが広がれば、奴隷の値くずれが起きる。一人あたり現在で1000万円の値が10万円まで暴落するのだ。

 もう、これでわかるころだろう。輸送中に10人中、9人死んでも元が取れる。死体になっても魚のエサでりでもできればちょうどいい。


 いつしか銀貨が世界共通の価値となった。それでは誰がそれをる? 買ってきた奴隷だ。人さらいした異国人だ。はたして大海は武器と奴隷が行き交う新時代へと突入した。



 指揮官Mはき捨てる。

「前の太閤殿下たいこうでんか(豊臣秀吉)は低い身分から頂点に立ちました。そんなとき、異国人のあなたがたが多くの日本人を奴隷船へ押し込んでいく光景。そこにひどく心を痛めたそうです。

 それからですよ。私どもはあなたがたへ人を売らないことを決めました。あの城が病魔に飲まれるのを見届けるのがいいでしょう。貿易もお断りです」

 開き直る宣教師Kである。

「ああ、あの太閤様ですか! あなたが今、聖人とうたう彼ですが、朝鮮へ攻め入り首級のかわりと大量の耳鼻を持って帰ったという。さぞ、そのときの船底は安定したでしょうね」

 指揮官Mは表情一つ変えなかった。

「はい。そして今回の島原の乱ではそれ以上のことを行います。

 なぜなら、全員の頭蓋骨すらたたって、粉々にする予定です。今回、奴隷市はたちませんよ。早々に帰った方が良いでしょう」

 


 宣教師Kは知っている。

 この王国はいかれていることを。つい先日、潜伏せんぷくしていた宣教師とその仲間をとらえて、一番の主要道路(東海道)ではりつけ。およそ50名がさらされた。

 この異常性。この嫌悪の意味は東洋だとわかりづらい。なぜなら、キリスト教でははりつけはタブー。死者の復活を信じて、死体の火葬や野ざらしは禁止されているからだ。それをよりによって、体を火あぶり。そして、さらすことで完全に否定してみせる。


 だが、もっともはみ絵だろう。

 例えば、仏像や神棚かみだな、天皇をかたどったり物などを踏みつけることはできるか? 

 激しい冒涜ぼうとく以上に、そんな思考回路は本当の悪魔だ。


 そもそもこの王国はじゅうの保有数世界2位までなった。いくら黄金の国ともちきりのジパングだろうが、いかれた頭にこの粗暴そぼうさ。

 今では海を超えて侵略、傭兵ようへいまで輸出している。もう、商売相手として成立しない。



 宣教師Kは消化不良の顔を浮かべた。

「先ほどの太閤殿下の話。前政権の話ではありませんか?

 今回に限り、どうでしょう? 私たちはあくまで信者だけでも救済したいのです」

 あざ笑う指揮官Mだ。

「それでは耳と鼻ぐらいは持たせましょうか?」

 最後にうらみごと。

「フ~~~、わかりました。引き上げるといたしましょう。これからは立ち寄ることもございません。この国はバカげている。そんをしたことに気づいても遅いですからね」

 指揮官Mは去りゆく彼の背中に伝えた。

「はい、かまいませんよ。今後、宣教師の上陸はできません。布教も不可能です」

 すっかりと晴れた顔で振り返る宣教師だ。

「そうですか。実を言うと清々していますよ。

 男同士の情愛ですと? わがキリスト教は同性愛を許しません!

 ビジネスとわりきるオランダ。理解をしめす中国。ですが、われらにとっては身の毛もよだつ不貞ふていです!」


 伝染病や未知の病。

 これは動物から同性同士の異種族同士でも発生する。さらに貿易によって爆発(パンデミック)する。あのアメリカ大陸ではヨローーパ産の天然痘てんねんとうが大流行し一夜で王朝がほろんだ。そして、ヨーロッパ諸国では新大陸産の梅毒ばいどくが流行し、海を渡り中国を経て日本で感染爆発を起こしている。


 もし、もしもだ。もっと強力な病原菌が持ち込まれたら、この海に囲まれた国はひとたまりもない! 外国へ行った者も必ず帰すな! 梅毒だけで十分だ。早急に国をとざす必要がある。

 だから、見せしめに島原は全員、犠牲ぎせいになってくれ!


 それからすぐのち。寒く低い空の下。灰色の海。大海には何万もの頭蓋骨ずがいこつたたれる擬音ぎおんひびき渡っていた。

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