第45話 リンチなロッカー(全共闘)

「時間を無駄むだに使いましょう。 いやというほどに、つかれるほどに、きるまで。100%、無駄な時間にひたるのです」


 歴史ある私立高校での1コマ。

 このような松倉の奇妙な授業に、4月からと臨時職員へと降格していた。しかし、それは望むところでもあった。

 今は充実している。

 山を買い、そこで禁足地として人心をもてあそんでいる。


 共同社会。同じ人物になりきること。

 共有社会。同じ顔になりきること。

 すると、彼らはどうなるか? 強い連帯が生まれてくる。

 それならば、人の単位が増えるとどうなるか? その実現のため、埋蔵金があるなどとウワサも流し、人を集めてきた。

 

 すると、どうだ? そのうちに脱出者も増えてくる。大金というワードが連帯を変えたのだ。そんな彼らの観察も楽しかった。

 だが、この教育の場には何もなかった。学生には効率や有意義、未来が必要だと? 違う生物から見れば、すべて同じで無駄である。

 おのずと無断欠勤。顔も出さなくなっていた。そして、留守番電話にメッセージの山と呼び出し。さすがにけじめだけはつけようと、校長室のトビラをノックした。


「どうぞ、開いていますよ」

 おくには黒ぬりの椅子いすだった。そこへふんぞり返った鈴木教頭。松倉は表情も作らず、彼の前へ立つ。

「お呼びですか? 鈴木

 なめるように見上げる彼だ。

「嫌味ですかね? 私はまだ、教頭ですよ」

 しばらく見つめ合う2人。たが、先に松倉があやしく笑った。

「そうでしたか。フ、フフフッ! 申しわけございません。最近、こちらに顔を出さなかったもので間違えました」

「よく笑えたものですね」

 

 午後の授業は始まったばかり。校長室はカーテンも閉め切り、空気も重い。鈴木教頭はさらに気だるい顔で口を開く。

「そうそう。松倉先生、聞いてくれますかな。

 実は親御おやごさんからの意見書が連日、山のように届いておりまして。どうやら当校において、22億円の使途しと不明金があるのではないか?と。つまり裏金疑惑ですよ」


 よく見ると、彼のつくえの上には意見書という脅迫きょうはく状の数々がらかっていた。よほど、いらついていたのだろう。ほとんどがクシャクシャだ。


 松倉は内心、あきれる。その疑惑の身代わりになれとでも言うのか?

 それこそ勝手にして欲しい。しかし、あえて付き合う松倉だった。

「そうでしたか。それでは誰かが横領おうりょうしたことにしましょう。

 そうそう。私が今ほど廊下ろうかですれ違った方。彼なんてどうです?

 おとしをめされて、彼も臨時職員でしょうか? おそろしいほど青白い顔をしていましたよ」

 まずは先手を打ってみるか?

 松倉は入室前に亡霊ぼうれいのような職員とすれ違う。背中を丸めて、まぶたも動かず。まるで何かに取りかれたかのようにつぶやいていた。

 彼で十分、役割は果たせるだろう。

 それとも何か? 私をハメることがねらいなら、話が長くなりそうだが………。

 り子のついたけ時計がやけに長く時をきざんでいた。


 どうやら予感は的中。首をふる鈴木教頭であった。

「ああ、あのエビ原先生のことですか。残念ながら、無理でしょう。彼がここへ来た理由は退職届を出しにきたからですよ。

 なんでも校内でマスク姿にヘルメットを目にしたとか。彼がつぶやくのは先日、電気工事で呼ばれた業者とばったり出会ったと。おかげで何十年前のまわしい記憶を思い出してしまったとか。

 最後はうわごとのようにしゃべっていましたよ。

『あれは、あれは赤い暴風。全共闘だ!』なんて」


「なるほど。うわごとにしても物騒ぶっそうですね」

 今の世の中、自分たちで本気で社会を変えようなんて実力行使する学生テロリストがいてたまるか。

 ところが鈴木教頭は急にさっぱりした顔でお願いに出た。

「そぉうですよねぇぇぇ、そこでですよ。松倉先生にご相談ですが、すべての罪を背負って死んでくれませんか?」

 結局、そんなことだったのか。ちょうど都合つごうがいい。松倉は即答そくとうする。

「ええ、いいですよ。しかし、鈴木教頭にも同じだけの罪を背負っていただくことになります」


*************************************


 さて学内ではパワハラ、セクハラ、盗撮盗聴、いじめやモンスターペアレントなど様々な問題が横たわる。

 ただ、全共闘時代とは違うのだ。警官への暴行、機動隊への投石、職員の拉致らち、学生同士のリンチ殺人。もう、組織的な犯罪であり頭のネジが外れた過激派であった。


 黒く《969》、時計969を戻そう 1969年。

 エビ原はあのときの体験をトラウマに持つ。そうだ、日本が活力にあふれた高度経済成長期まっただ中だった。


 彼は入学したにもかかわらず、大学へ通えずじまいであった。友人の三島とは近くの公園でブランコをこいでいた。

「今日も一部の学生のストライキだって? いいかげんにしてほしいよな」

 先の見えない休校状態が続く。三島も激しくこいでいた。

 朝鮮問題。沖縄米軍問題。核問題。日本は再炎上間近。それこそ、“有事”が目の前にいた。


「いいじゃないか。学校の経営を、もっと言えば社会の構造を変えるために彼らは立ち上がってんだから。応援してあげなよ」

 三島は丸りで生気に満ちあふれている。でも、エビ原はため息しか出なかった。

 だって、おかしいことだ。それは、

「僕は学校へ学びに来たんだよ? それをどっかの医学部のせいで講義こうぎもままならない。ホント、ありえないって。とんだ、とばっちりだよ」


 なんでもストライキをする彼らの主張はこうだ。医学部を卒業すると、研修生として病院への配属が決まっている。そこで待ち受けるのは生死レベルの長時間労働と安月給だった。

 しかし育ちによって状況が違うのはなぜだ? 病院と裏約束でもあるんじゃないのか? そんな状況下、使途不明金22億円。それはもう悪の根源、学校側を正せ!と激怒したのだ。


 だが、真実はさびたメスより痛々しい。エビ原はつい、口走っていた。

「あのバリケードを張っている奴らさ。あれ、ほとんどがここらへんの学生じゃないじゃんよ! それを『校長よ、出てこい!』って? 違和感しかないんだよ!」


 そうだ、未来を売られ牛豚のように出荷される医学部の奴らが怒るのはわかる。

 だが、ぜんぜん違う奴らがプラカードを持ってうったえているんだぞ。大学の私物でバリケード。手作りの火炎瓶かえんびんに日本刀。ただの暴力を楽しむためにやってきたとしか思えない!


 それでも三島は擁護ようごした。

「君さぁ~~~。中国で内紛ないふん、朝鮮戦争にベトナム戦争だぞ。火の手はすぐそこ。誰の顔、誰の口ではなく、もっと大局を見るべきではないのか?」

「ハイハイ、つまりは危機意識だろ? そんなもの、このブランコと一緒さ。地に足もつかないままブラブラだ。他国から見れば、小さい動物がほえてるだけじゃん」


 エビ原はあきらめていた。どうせ、なすがまま。

 この国を焼け野原にしたアメリカ。すべてを失った日本。そして、となりの相次ぐ戦争。おかげで驚異的に回復した日本。ついでに、アメリカとはすっかり同盟国だ。

 それでも、日本の敗残兵はどうだ? 彼らに戦後はなかった。ベトナム現地人へゲリラ戦を教えていたらしい。それもあって、ベトナム戦争ではあのアメリカに勝利したんだぞ。


 矛盾むじゅんだらけ。いったい正しいのは戦後か?戦争か? 誰でどっちだ? 

「その上、学生たち同士でさ。お互いにののしり合って、攻撃し合って、にくしみ合ってんだぞ。3万人以上の学生運動? 違うね。彼らは暴力で解決できると思っている優等生。もう、何もかも無駄なんだよ」

 

 だが、この三島はあきらめていなかった。彼は幸せだよ。日本にまだ、信念がある………、と思っているから。だから、強かったんだろう。

「やはり金持ちのおぼっちゃんには理解できないか………」

「ええ?」

 エビ原が聞き返した直後、背中を押されてブランコごとちゅうう。そのあと、ぷっつりと意識を失っていた。



「本当の教育とは、こうあるべきだな」

 どれくらいったか、エビ原はぼんやりとした会話で目を覚ます。

「イ、イテテッ」

 耳のあたりが燃えるように熱い。きっと、血が出ているのか?

 ブランコから落ちたとき、ケガでもしたのか? でも、さわることができない。それどころか手足がしばられているようだ。

 せまい。体も起こせない。屈伸くっしんもできない。箱? 長方形の箱に押し込められているのか?


 暗い。ちょうど口のあたりだけ、横線に光がもれていた。これはロッカー?

 自分の息がね返る。1つ1つの呼吸がひびいている。鼻からはぞうきんの臭い。気持ち悪くて、しゃっくりが止まらない。

 今、何時だろう? 引っ切りなしにズキンズキンッと痛みを伝えてくるが、どこからどこまでケガしているのかわからない。痛みの信号も混乱している。


 手には大量の発汗。服は着ている。くつもはいたまま。

 頭を上げるとガツン。足を伸ばすとガツン。どうやら、ふたがゆがんでしまっている。さらには四面ともボコボコして寝返りもうてない。


 湿気・暗い・せまい・身動き不能。時間の感覚もわからない。ようやく監禁されていると気づいた。それからはパニックのレベルがまるで違う。

「出してくれぇぇぇええええええええええ‼」

「誰かいる?」

「金ならあるから!」

 エビ原はさけぶに叫んだ。だが、応答なし。そこからは急に嫌な予感がかけめぐる。

 もう、ここは日本じゃないかもしれない。それどころか忘れ去られているかも、 餓死がしなんて。

 まるで出荷しゅっかを待つ牛豚の心境しんきょうだ。死にたい、生きたい、そんな当たり前の意志すらすべてうばわれた。カレンダーも時計の秒針もわからない。

 汗がほほを伝う時間。長い、長い、長い、とにかく長い。心音が聞こえる。ツバがのどを通過する。目やにがついた。白髪になる。ツメが伸びた。時間の悪魔。 

 視覚しかくの消えた拘束こうそく発狂はっきょうした。代わりに、混乱と痛みだけが長い長い地獄をつきそう。それこそが真の恐怖だった。


 すでに2、3年ぐらいったのだろうか? それでも放置が続く。

 もう、どれぐらい声を上げたかわからない。のどがかわいたころだった。

「ゴホッ、ゲホッ!」

 なんだ、むせる? や、焼けた臭いがするぞ。集中して鼻で吸う。なんと、すき間からけむりが流れてくるではないか! 

 このままでは出棺しゅっかんだ! 生焼けにされる! エビ原はさわぎに騒いだ。


「なんでえもするうううぅ!!! いいいから出せえええぇ!!!」

 あせったあせったあせった。

 死ぬ。火事だ。熱い。出られない。いいや、体をぶつければ転がってこの場を移動できるかもしれない。残った体力を懸命けんめいに当たりらす。

 そこで運良く箱が半回転。うつせ状態に。

 だが、そこからまた動かず。逆に状況は悪化。にごった血が頭から流れる。目や鼻、口をふさいでしまう。

 それどころか、わずかなすき間もゆかでふさがれた。

 濃い煙。そして、電気系統けいとうもショートしたような音。まさに絶体絶命。

 エビ原は本能にさからえなかった。

 思わず、失禁しっきん脱糞だっぷん。かすれた声で泣いていた。


 こんなみじめな死に方。下半身は小便と汚物でパンパンだろう。せめて、せめて、ブランコで死んでいればよかったのに……。

 動かなければ、まだマシだった。抵抗ていこうなんて無駄だった。


 「?!?!?!」

 ゆっくりと正転される箱。煙もなんだか薄まっている。ガタンとあおむけに戻された。

「あ、ありがとうございます」

 エビ原の自然にもれた感謝の言葉だった。でも、違ったんだ。なぜならすき間から注がれたもの。それは他人の小便だった。アンモニア臭のふりかけだった。

 そうか。自分は人でも動物でもない。便器。顔便器。もう、自分か他人かわからない激臭の排水溝はいすいこうなんだ。エビ原はぬけがらになり、そこからは一切、声を出さなくなった。



 ようやく、ロッカーのふたが開く。

 最初に目に飛び込んだのはマスク姿にヘルメットの三島であった。

「ようこそ! 同士よ」

 時間にして、丸1日だったらしい。でも、その一言でエビ原は人生も人格も変わってしまった。彼がこの監禁を実行したと知っても、感情がわかなかった。むしろしたがった。淡々たんたんとお金を提供して、バリケードも築いてもいた。

 そして、あのときのせまさ。あのときの時間。あのときの臭い。自分の名前もしばらく忘れていた。


 あれからどれくらい経ったのだろう。たぶん、大金が怖かったんだと思う。だから、エビ原はあのとき口をすべらせた。自ら押して、自らロッカーに入ったんだから。

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