【災】第42話 シ ニ ン 推 シ
いつか渡ったこともある。これから渡ることもある。なぜか、見知らぬ人でぎゅうぎゅうだ。こんなはずではなかった。一方通行で戻れない。ついには看板を目撃する。
『この先は人柱』
たくさんの死に方があるが、群集圧死ほど避けたいものはない。なぜなら逃げ場のない絶望感。そして、自分が周りを圧殺しているという最低な可能性だ。
もとより祭り会場。手をつないでいる幸せなときから一転。突然の死をむかえることになるのだ。
それも想像を絶する痛み。鼻を折られる、石で指を
永代橋崩落事故。
もともと、首都に進軍させないためにも大きな河川に橋をかけさせない命令があった。しかしながら、すでに生活の一助として利用が続いたこの橋は公費がもらえず、ガタガタに。
しかたなく、木造のこの橋は通行料を払ってメンテナンスにあてていたが、もちろん通行制限・重量制限もない。晴れた日には富士山まで見えることができから、祝日には観光客でもごった返すほど。
祝賀ムードが表としたら、その裏には事件・事故が何倍もの危険性がつきまとう。群集圧死の日本人被害としては梨泰院、次に明石市歩道橋、そしてこの永代橋が最大だ。
すべては人災。むくわれない。
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木造の橋の下だった。
馬場はホームレスになったフジタより、とっておきの情報を聞いていた。
「なにぃ! あの禁足地にべらぼうな埋蔵金があるだと!」
すき間だらけのあばら小屋。フジタは馬場の大声にあわてる。
「しぃぃぃー、声がでかいぞ。だが、確度も高い。偶然、逃げてきた仲間から聞いたんだ」
「じゃあ、まずはそいつから紹介してくれよ!」
馬場は声のトーン、そのままに。なぜなら、今日はウキウキワクワクの花火大会。そのため、多少の大声でもお構いなしだ。人出もかなりあるようで、橋もミシミシと鳴りっぱなしであった。
フジタは気まずい顔で首をふる。
「………悪いが、そいつは死んだよ。……水死体だった。上がったときには顔はグチャグチャ。手足は折れ曲がり、指紋までなかったよ」
急にしりつぼみの馬場である。
「つまり殺されたってか? よくあるデマカセかもな」
一転、ニンマリ顔のフジタであった。
「だが、ここにお宝の地図があるとしたら話は別だろ? そいつから預かっていたんだよ」
フジタのあぐらの下。下敷きにしたクシャクシャの大きな紙を指差した。
「なんでもお宝まで続く木々にも目印を付けてきたらしい。だから、わかりやすいとも言っていたな~~~」
「くっ、俺にも見せてみろよ!」
「いいぜ。いつも世話になっているからな。だが、明日だ。そいつの死から49日が明ける。今日と同じ時間に来ればいい」
内心、白ける馬場だった。
そんなシロモノ、自身で探しに行けばいい。しかし、フジタは呪いだなんだと怖がるばかりで動けなかった。
まったく、わからないね。
そんなもの、さっさと調べればいい。出たら出たで地権者、国や自治体をどう
そうだ、明日はネズミバーガーを買ってきてやろう。なあ、フジタ田よ。
手始めにその呪いとやらの犠牲者にでもなってみるか? もし明日もじらすようなら、その口にたっぷりと押し込んでやる!
馬場は
「
フジタは自分の小屋を抜け出し、上機嫌で歌う。
よしよし。もう少し馬場をじらせば、まとまったお金がもらえるかもしれない。そうしたら、こんな生活ともおさらばだ。
もれ出す笑い。そんなとき突然、後ろから肩を
「去りゆくあなたへ贈る言葉、かと。
私のテンメイ地区から脱走して、こんなところにいましたか。見つけましたよ♥」
なんとも不気味に笑う松倉であった。
フジタは驚き、振り返る。
「誰だ、あんたは! 勝手にさわってくんじゃねぇよ!」
松倉もまた、驚いた様子だった。
「アラッ、私の顔をお忘れのようで。それでも、あなたは明日までの命。いろいろ忘れることも必要でしょうからね」
フジタは混乱する。
「頭、おかしーのかよ! 警察を呼ぶぞ!」
「どうぞ、おかまいなく。もっともこの人出ですから。誰が橋の下に耳を傾けましょうか?
それより頭はあなたの方ですよ。ホラッ、眼球の上をさわってみてください。穴があるはずです。それアイスピックで刺し、脳をグリグリとほじった
小刻みな呼吸。言われるままにフジタはなぞると、背筋が凍った。
ある! あるけど!
不自然な穴。まさか、言っていることは本当なのか?
「何をした? ど、どうせ、埋蔵金のことか?」
おびえるフジタ。少しため息をつく松倉だった。
「いいえ、むしろそれはおとりですよ。大金におどる醜く愚かで独りよがりな、けれども夢にあふれた、そんな魂。そんなキラキラワクワクが絶望へと堕ちる、その様こそが至福だと思いませんか?
あなたの大切な地図も川へ堕としておきましたよ」
フジタは松倉につかみかかる。白いスーツがゴワゴワの手ですぐに汚れた。
「てめぇ! なんてことを!」
「いいんですか? その手はもっと有効的に使うべきですよ。ホラッ、早くしないと目の穴から魂が抜け出しますから」
どういうことだ? フジタは再びなぞると、トカゲの尻尾のような先にぶつかる。だが、シュルシュルと自分の脳内へ引っ込んでいった。
ひぃぃぃいいいいいいい!
「あなたは明日までの命。ですが、私は慈悲深い。ここに日本刀を用意いたしました。
自決か? もしくはこの橋の崩落を防ぐため、人払いのために使うのか選ばせてあげましょう」
松倉は刀を置いて、消えていった。
ところでフジタはそれどころではない。穴、穴、穴。かぶせるようにハチマキをした。すると、今度は耳の奥がムズムズしてきた。だから、耳栓をする。すると、鼻がムズムズしてきた。鼻栓をする。いやいや、口の奥が騒がしい。もう、どうしようもないだろ!
フジタは刀を握っていた。
表に出ると、想像を超える人出であった。それ以上に、異様な高揚感。
それは陽気な音色と歓声の連発。無数の会話が雑音となり、騒音となり、爆音へ。人ごみは人波になり、人波は津波へ。
その熱さ、摩擦力、点火を待つ爆弾のよう。途中で混ざったフジタには血の気が引くほどの恐怖しかない。その上で、誘導が雑だった。危機感がない。声も届かず、指示も不明確。第一、聞き取れるレベル、従うレベルをとっくの昔に超えている!
だが、あいかわらずのん気な歌だ。その理由は
『通行料を払っているから、大丈夫』
『みんなでいるから、大丈夫』
『この先、ちょっとでも抜ければ大丈夫』
大丈夫とは暗示にすぎない。そして、悪ふざけと大丈夫はもっとも相性がいい人災をよぶ。
服がすれ違う。髪がかかる。ツバが飛んだ。派手な香水。まとわりつくワキガ。胸が当たる。うほ~~~。
足を踏まれた? ひじが入る? 痛いって! どきなさいよ! 出して! 密集から密着へ。しだいに過激になっていく。
手が伸びる範囲。不意に犯されると緊張が走る。それも他人が、後ろで、暴力的に、犯してくるとそれだけで心臓が不協和音で耐えられない。
ゆるやかな上りで、先細りの地形は特に危険だ。密集による人災の予兆。フジタは刀を抜こうとしたが、すでにそのすき間すらなかった。その代わりに飛び交うすさまじい怒声であった。
それというのも、呼吸さえしづらくなっていたのだ。これは本当に気づかぬうちだ。上から見ていないと危険度を知りえない。
さらには方向感覚。常に揺らされているので、引き返す道すらわからなくなっていく。
気づいたときには、薄まる酸素。変わりに悪臭。悲鳴。嫌悪感。そして次に来るのは強烈な圧力だ。
さわっている、さわられているではない。押しつぶしてくる、押しつぶしていく!
体の内側から初めて聞いた。
ぼぎ、ぼぎ、ぼぎぼぎぼぎおぉぉおぎ!
それは自分のあばらにヒビが入る音だった。さらには容赦なく他人のひじがミゾオチにのめり込んでいく。だから、位置をずらそうと必死にもがくが、逆に集団としてしまっていくのだ。
今まさに、100人・200人単位の人間ミンチ。人肉ハンバーガーだ。さらには自分の真下から激しい泣き声。ひざだ。この感覚。下でうずくまった子どもの背中に自分のひざがのめりこんでいる音!
泣きさけぶ最低な罪悪感。子どもの背骨を折った音。そのにぶい音がひざから伝わりの脳を焼いた。でも、どうしようもない。どうしようもないじゃないか!
ついに橋は揺れと重さにたえきれず、崩壊する。すし詰め状態の人々は落下。今度は重力も加わり、一番硬い頭蓋骨まで押しつ押しつぶされていく。
呼吸に苦しみ、肉をはさみ、全身の骨を折り、殺し殺され、悲鳴と悲痛のかぎりを聞いた。そして、もう1つ。
「押せ! もっと押せ!!!」
そして、今日も面白半分、悪ふざけ。慰霊塔をよじ登る。
「大丈夫、呪いなんてねぇさ。もっと押せ!!!」
黒いバター R シバゼミ @shibazemi
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