【姦】第40話 ええよ、ドロロな売春窟へ楽しんでくだしゃい

 多重人格とは、なりたい自分のゆめの果て。

 さびしい外灯。高橋おでんはアパートへ帰る。すり切れるほど読みこまれた少女コミック。妖精図柄のクッションと人形だ。

 理想の未来と偶然の出会い。とろけるような恋にはじらいのエッチ。マンガには無いものがすべてつまっているもの。

「………ただいま」

 習慣で、独りつぶやく。フローリングには食いかけのパン。服。コンビニ袋。伸びきったリップ。そして何件もの督促状。電気のメーターは止まっていた。


 時計は午後8時。

 おでんはカップラーメンの湯気で気合を入れ直す。

 「さぁ! 仕事、仕事!」

 彼女は昼、正義感をかざした新人アナウンサー。髪を後ろでたばねて、薄化粧。元気はつらつ、ストレッチパンツと動きやすい運動靴だ。それでも夜になると派手なピアスに厚化粧。髪をほどき、きわどいスリットの入ったスカートへはきかえる。 

 繰り返しの未来と予定された出会い。ふところを探る駆け引きの先に、作業のエッチ。最後にくどい香水をまいて変身だ。


 今日もまた、逃げた夫の借金を返すためにその身を売りに出るのが仕事。

 おでんは赤いヒールをはいて、暗い月の下を歩いていった。



 彼女の仕事場はよく言えば、江戸情緒あふれる歓楽街。悪く言えば、デープで救いようがない。朽ち果てたボロ屋ばかり。強烈な暴力とセックスの臭いがまとわりついた。

 ただ、今日は縁日だろうか?

 意外にも肩がぶつかりそうな人出である。それも鼻を伸ばした多数の男性客がキョロキョロと探索中だ。無許可の出店もずらりと並ぶ。


 おでんは出店の1つ、筆屋の売り子に話を聞いた。

「今日はどうした? 香ばしい男性どもがいっぱいるけど」

「ハンッ、知らないの? なんでもこの国が爆発しちゃってさ。な~~んも使えなくなっちゃったんだよ。だから、セックスしか楽しみないの」

 

 入り口としては。それはれっきとした文房具屋である。

 そうそう、筆おろしとはよく言ったもの。

 それを購入した際に、女性の売り子が新品の筆を丁寧に舐め上げてくれるのだ。


 その、インテリ顔で高嶺の花感。そこから、きれいなピンク色の舌である。美味しそうに上目づかい。そこからここだけのサービスだからねと、ねっとりとほぐしてくれる。

 すると、隆起した硬い筆先はだんだんと従順になり、ときにはツバをたらしてやわらかくするのだ。


 あの舌でイカされたい。大量の白い墨をぶっかけたい。男性客はもんもんと破壊的な想像をするのだ。それは識字率も上がるというもの。

 だが、おでんは首をふった。

「よく言うね。

 爆発? セックス? そんな小銭しか稼げない商売で何さ。もっと、まともなことを言ってよね」

 逆に売り子も首をふる。

「あっそ、でもババアにとやかく言われたくないけど。そのブヨブヨした体で稼いでから言えって~~~の」

 清楚がどこへいったのか? 

 そのとなりでも下駄屋の店員が口を出す。

「おでんさんさ、あんまりいじめないでよ。その子、新入りでさ。練習もかねてんだから」


 さて、初級のだ。もちろん、ただの靴直しである。

 想像通り、男性客は立ったままに対し、彼女は片ひざをついて対応する。ただし、女性の店員は下着をつけない。だから当然、谷間がよく見えるのだ。

 さらには見えかくれする張りのあるオッパイ。その角度を変えれば、ピンクの乳首も見えそうだ。

 はぁはぁ、はぁはぁ、

 女性の店員は甘い吐息をかけて丁寧な仕事。それをスケベ心満載で見下ろしている背徳感。いつ顔を上げられて軽蔑されるかもしれない性癖すらくすぐってくれる。


 足もとからキレイ好きは日本の美徳だろう。

 だが、おでんは鼻で笑った。

「じゃあさ、ちゃんとあんたの方から伝えないさいよ。テクニックって、本当は舌や手じゃなくて、目なんだってさ」

 いやいや、店員も鼻で笑う。

「そうなの? だったら、おでんさんは老眼だから無理だろうね」

 この致命的な皮肉。ただし、後ろの弓矢を撃つ音でかき消されていた。

 

 そろそろ中級の場だ。つまり射的ゲーム。

 男性客は小さなオモチャの弓で離れた的を射るだけだ。ただし、それが本題ではない。何だったら、わざと外す。

 落ちた弓を拾い上げるのは若い女性の店員である。彼女たちはさりげなくまたを開いて回収する。そのすき間から、美足と太ももを堪能できるのだ。

 

 この上ないスポーツ&チラリズム。また、店員よりレッスンサービスも追加だ。

「ダメねーーー、教えてあげるから」

 後ろに回り込んで無防備なオッパイを背中につける。密着しながら耳もとでささやくものだから体が火照ってたまらない。

 手と手が触れ合い、背中でセックス。レッスン×スキンシップの醍醐味は成功体験もついてくる。人気になるのもうなずけるものであった。

 

 武士道とはサヤの固さに秘密アリ。これらの出店の裏にはわかりやすい小屋も立っている。

 そうだ、交渉次第で本番OK!

 お金なんて湯水のように消えていく。特に上京し立ての男性客は格好の餌食だ。しかし、彼女たちは言うのだ。

「汗臭いから、体を洗ってまた来てね♥」


 おでんは第2の仕事場、2階建ての建物の前で立ち止まる。それは上級のだ。

 湯沸かし、アカスリ、洗髪などのお手伝い。男性ならそれを三助、女性なら湯女ゆめと言った。

 裸と裸のお付き合い、それはまさにソープである。

 なお、彼女たちは店主から雇われていない。むしろ場代を取られることもある。だからこそ、競争意識がありどんどん過激になっていったという。

 さらには風俗店でない気軽さ。裸を見せての安全性。マッチングアプリの進化系とも呼べるこのシステムは大人気。だが、本業の吉原遊郭からブーイングを受け、廃滅されていったという。

 それはそうとして、夢の国。1日3度も銭湯へ通った意味がわかるもの。湯女の廃滅後はもれなく吉原遊郭にスタッフが流れたのは本職か。

 まるで地下アイドルの風俗嬢行き。楊枝屋、耳かき屋もソフトSM。いつの時代も変わらない。


 ふと、おでんはため息をもらす。

「………体力ってホント、歳をわからせてくれるよね」

 全身プレイもしんどくなってきた。一晩のセックスはフルマラソンに相当すると誰かが言っていたっけ?

 キスはダメ。穴だけ貸すから、短めにお願いシマスは若い女性が言えること。30歳過ぎれば、さすがに王子様はいないと気づく。そして、川面の音に恐れるのだ。


 この先にある三途の川の渡し船。人生の敗北の泥をすすり続ける。そこに乗るのは夢の果ての船まんじゅう、漆黒の番外編だ。

 セックスをするとうつる性病、梅毒。

 潜伏期間も長く、初めはうつされた部分のしこりから全身に発疹ができるまで、消えてはブツブツの繰り返しで体と脳を蝕んでいく。最終的には鼻が落ちるというが、足腰は立たなくなっていく。

 だから、舟に乗るのだ。

 白い手ぬぐいで顔を隠し、いざ陸を離れると化け物のようにおびただしい発疹の顔。料金もまんじゅうほどに安さだが、舟がゆれてくれる。すべてが詐欺だと言っていい。

 それでも当時は元気で体力のある女性が婚約相手に選ばれた。理由は元気な子を産んで、家を守ってもらう、その一点だ。

 だが、梅毒患者はやせ細り、青白い顔。死にかけの元気のなさが、逆に妖艶に見えてしまう。

 最期までやりきるとしよう。男性客は陸へ戻り、振り返ると疲れ切った彼女は川面にその身を投げていた。残されたのは性病だけだと笑い飛ばしたという。


 死をも恐れないセックス。

 人の寿命は長くない。先進医療のおかげでイカされた未来。快楽のために、明日さえ顧みない自暴の人生。

 どちらを選ぶか人格による。本当は快楽という危険な仕事。それでも、どちらがいいのか迷ってしまうこともあるだろう。



 



 

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