【宗】第41話 よい子は早く寝るんだよ( 命の保証は致しません。激鬱作品です。 )

 遊郭の料金制度。

 それは窓の格子からの見えやすさにあると言われています。

 現代のショーウィンドウはご存知ですか? 

 ディスプレイされた商品は派手に着飾りライトアップされていますが、謎めいたところはありません。ですから、足を止めるのも1分と持たないでしょう。


 ただし、そのとなり。一兆円の値札がついた。ライトもひかえめ。何も置いていなかったとしたら、誰もが真剣に見入ってしまうものです。


 その上、鼻の下をのばした客ならそそるものはないでしょう。そうです。一番高い遊女はできるだけ奥に、暗がりに。

 逆に、手前から並べられた遊女はそれなりの値段、器量も容姿も順々だそうです。そしてガッツキ方も、与えられたスペースも同様になっています。


 そんな値段がわかる中、一番奥が一兆円。

 わざと格子の面積を小さくし細かくし見えづらい細工をほどこせば、のぞきたくなるのが人のこころです。

 ついには財布を取り出します。神と人、その違い。

 不思議なことに お客は その価値を 疑わなくなるのです。



 おでんは今日も一番見えやすい手前でした。

 ぎゅうぎゅうで強烈な香水の臭い。今日も客は取れませんでした。

 おでんは肩を落とします。自問自答はまぶたにブツブツがでいたようで、深く重くつらいものでした。きっと、希望や夢、生の対義語は絶望や失望、死ではないでしょう。

 それは    無    。

 今日も指名されなかった………。昨日も一昨日も選ばれなかった……。自分の存在が無視される。自分にほこりがかぶっていく。

 かつては甘い声をかけたり、怒鳴ってみたり、意識してみました。それでも、だんだん相手にされなくなり、今では見てはいけない部類。かわいそうがついて回ります。そんな気がしてなりません。


 お化粧を変えてみました。髪型を変えてみました。言葉づかいや性格も変えてみました。  

 ですが    無   。

 誰もいじらない孤独の中にいます。


 かつてはピロートークに自分をせめる客は大嫌いでした。

 ああしなければよかった………。あんなことを言わなければよかった………。だから、なぐさめてほしいといったところでしょうか?


 雑魚が! そのため息で窒息していろ! 


 それは私にとって、聞きたくなかった後悔を思い出させました。だから、ウソでもいい。詐欺でもいい。何も無い、私を満たしてくれる夢物語が欲しいのです。できるだけ身もフタもない現実離れした1兆円の夢物語が欲しいのです。

 そんな会話すらなつかしい。いつからか私はまともな会話もできず、私の方こそ窒息したまま、ほこりまみれ。

 

 ふぅ ふぅ ふぅ

 声も出さなくなったから、あえぎ方も忘れてしまった。今日も最低な日が昇ります。しわがどんどん増えてきました。白髪もどんどん増えてきました。耳もあごもたるんでしまい、シミだらけ。

 肌はカサカサ、目も唇も膣もカサカサ、足の裏が臭いだけ。そんな内側の声だけが一方的に話しかけてくるのです。

 終わっている………、と。


 しまいにはリストカット。弱々しい手首からドクドクと血が垂れてきました。

 別に、喜びとか驚きとかではありません。生きるとか死ぬとかではありません。切り傷が好きなだけ。そのときだけ、孤独を忘れることができました。


 小さいころ、猛勉強していい学校を目指しました。でも、結局は親ガチャ。貴族や財閥の子だけが進学していきました。

 次の目標は玉の輿でしょうか? 私もひそかに思いました。

 でも、現実は違いました。いつの間にか工場勤務。変な性病ももらい、知らない間に怪しいカフェの店員へ。華やかな未来を想像していたのに、今は安いエプロンです。


 蝶々結びで『 夜の蝶 』。エプロンの結び目から、そう呼ばれるようになったそうで。ですが、私はほこりまみれのだと、言われました。

 わざと下着をはかずに『 地下鉄 』とか言って、客に膣を触らせる。

 しかしさっきまでのニヤけ顔が一転、干ばつした性器に引かれます。そうまでして、チップもない。ヤッている最中でも、目をつぶられる。

 さらには遊郭まで流れ着いていました。当初は競争、競争、競争。どこでも競争はあると気張っていたのですが、見てくださいよ。

 今では    虚無  。

 水平線のすべてまで黒い太陽で満たされる。つまり、後悔のしどころが生まれる前まで戻ってしまうのでした。


 フゥ フゥ フゥ

 ごめんなさい。のどがふさがっているのか、膣がふさがっているのか、苦しさに顔をゆがませて。そんな私ですが、最近ある宗教にはまってしまいました。

 それは『 芥川宗 』です。


 この教祖様は小説を通して生きる前後と、死ぬ前後。私にこころおどる夢物語を見せてくれました。おそらく生と死は対義語ではないと教えてくれた。

 なんてことでしょう! 同義語だと教えてくれたのです!

 乾ききった体液が洪水のように流れ出す思い。正義や悪、道徳や不徳さえも同義であって、とことん愛せばいいと教えてくれたのでした。

 

 欠けてゆく月を愛せばいい、と。

 なるほど、教祖様の「何か僕の将来に対する唯ぼんやりとした不安である」も共感できました。

 だって、捨て子だった過去。愛人が子どもつくり、多額の借金。さらには兄弟の鉄道自殺。濃密に、生と死を同義している。

 ついにはドッペルゲンガー………。私も早く体験してみたい。


(自己幻視=大きなストレスを抱え、精神的に不安定であり鬱状態において現れやすいと言われています。

 偏頭痛・てんかん症状のきざしと言われ、非常に危険な状態です。

 このドッペルゲンガーはこの世に他の自分が実在する、ただし出会ってはいけない、その通りです。

 なぜなら、鏡に写った自分の姿を記憶している脳が、怪しげな幻を見せているに過ぎない。だから、左右逆になっていることもしばしばでしょう。)


 私は激しい興奮を覚えます。

 それは無を解放する聖水でした。

 私は教祖様と同じくあろうと恋がれます。カルモチンやアダリン錠などの睡眠薬や精神安定剤で睡眠を取るようになりました。

 確かに初めは戸惑いましたが、相談にのるとか、誰かのためにとか、そんな表面だけの言葉より私の内側の言葉を溶かしてくれるこの魔法の薬の方がどれだけ助けてくれたことか。


 目が覚めると時計がぐにゃりとまがっていました。

 まぶたにたくさんのハエがたかっているようでしきりにかきむしります。でも、それが快感でした。

 だって、小難しい勉強は何も救ってくれなかった。正しい道も、助け合い道も、私に無しか与えてくれなかった。


 でも、教祖様は違う!

 つきることのない鬱の道をまっとうした。周りからも、あなた死ぬんじゃないとつぶやかれるほど、に。


 私も追体験したいと考えるようになりました。

 聖書を買いました。

 確か教祖様も最期の自殺で持ち込んだそうです。私も睡眠剤を多量に服用。きっと、このまま死と愛し合うことができたら、あのショーウィンドウに1蝶円の値札がつくかもしれません。


 フフうふふヴウフヴヴウヴァ~~~~~~!!!


 ああ、私は久しぶりに笑っていますよ。

 私は蛾だ。 空気でもいい! 無でもいい!

 魅入られるのであれば、しわは消える。たるみも消える。永遠に歳はとらなくなるって!


 傷だらけのまぶたと手首が走馬灯を見せてくる。それはしわだらけの死体。ずっと、放置されていた。

 ぐぇっ、ぐぇ、胃がひるがえる。夜の蝶、死にたくない。


(芥川龍之介の服毒自殺が公表された後、多くの若者が後追い自殺をしました。それを狂信的な『 芥川宗 』として一瞥されましたが、ヒタヒタとせまる昭和恐慌の暗い影。

 ぼんやりとした不安は国民全体への予言だったのです。

 

 1927.芥川龍之介 死去

 1930.昭和恐慌 

 

 そこに現れたのがまばゆい限りの救世主。風になびく、白い旗に赤い丸。私たちは勇ましい軍部を愛していました。)







 

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黒いバター R シバゼミ @shibazemi

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