第40話 Mr. ネズミバーガー(非常に危険な言い分です)

 馬場が不機嫌ふきげんに出て行った宮武を探しに出かける。彼は朝、事務所で宮武をからかいすぎたことを反省し、気になっていたのだ。

「ここが行くって言ってた、松本良順クリニックか」

 内科、歯科、整形外科となんでもござれの看板かんばんだ。

 ただ2、3歩歩けば忘れるもの。受付ではすっかり鼻を伸ばしていた。

「うちの上司が来てなかったかなぁ? 宮武って言うんだけど」

 受付の彼女はパソコンを打ちながら対応する。

「さあ、知らないですよ。人探しなら、警察へ行ってください」

「んもう~~~、素っそっけないじゃん! これでも俺、恋のやまいなんだよ。きちんとした患者かんじゃなんだよ」

 馬場の浮ついた目と甘ったれた口調くちょうに、草も生えないツンドラ対応が続く。

「そうですか。患者でしたか。それでは順番に呼びますから、そこでお待ちください」

 まったくの無視むし。それでも食い下がる馬場。

「いや、待て! いや、待てないって!

 たぶん君の口づけだけでなおると思うんだ。したで体温もはかってくれないか」

 下品な新聞記者がいたものだ。ただ、意外にも彼女は身を乗り出す。みずみずしいくちびるが耳元へ近寄ってきた。

 ここで彼女は豹変ひょうへん。キバをむく。

「こっちはね。そんな遊んでいる時間、1秒もないんです。

 口づけ? 医療いりょう現場はいつ、何がうつるかわからないんですよ」

 それはあまりにドスの利いた声だった。急に青ざめる馬場である。

「すまん、すまん! 冗談じょうだんだった!

 きっと、俺の上司は来てなかったんだな。うん、すれ違ったかも。マックでも買って帰るとするよ」

「アラッ、そうですか。それではもう、来ないでいいからです」

 すべてが終了。尻尾しっぽをまくる馬場であった。



 その帰り道だった。馬場は生活用の短い橋へ足を運ぶ。

 河川敷かせんじきには羽虫の大群。急に両目へ突っこんでくる。それをかき分け、草木がうっそうとそろう橋の真下まで降りていった。

 そこにはトタン板とあつい毛布でおおわれた小屋。かくれるように乞食こじき同然の情報屋のねぐらがあった。あるじをフジタという人物だった。


「生きているか~~~」

 馬場の呼びかけに返事はない。 

 彼とは古い付き合いだった。昔は羽振はぶりが良く、自伝書や講演こうえんも引っ切りなしだったという。人脈じんみゃくも相当にきずいていたが、今は見る影もない。落ちるところまで落ちたのだろう。

 

 勝手に小屋の入り口をめくり上げる。

 すると、目の前には足のみ場もないゴミの山。小バエが飛びい、ネズミが走る。大きなトラックが上を通れば、振動しんどうとほこりで目が開けられないほどであった。

 なぜか小屋の奥には古い自転車、アンテナの折れたラジオ、あやしい年代物の炊飯器すいはんき。問題が、ガラクタが、山積みだった。そんなゴミの中でくしゃくしゃのダンボールが動く。


 顔を出したのはぞうきんのような顔色のフジタ。

「やあやあ、スマイル0円や。よう来てくださった」

 そのわりには軽口だ。手に持っていたあかだらけのコップが生々しい。何か飲むかと言われたが、丁重ていちょうに断わった。

「……体は大丈夫か?」

「大丈夫やが、財布さいふがずっとカゼをひいてるわ」

 とてもウザい、頭も口も環境も!

 やはり、長居ながい禁物きんもつと馬場は冗談も聞かず、紙袋に入っていたハンバーガーを取り出した。

「じゃあ、少しでも良くなってくれ。とりあえずこれでも食いな」

 「悪いわな~~~。いつも差し入れ、ありがとさん。

 昔は本の印税いんぜい実入みいりもあったんやけど。最近は誰も俺のサクセスストーリーを見てくれなくなってしもうた。ホンマ、現金なもんやで。

 この100円バーガー、大事にいただかせてもらうさかい」

 

 それにしても鼻につく、うさん臭いなまりである。

 その上、ヒゲのようなむね。アブラゼミのような太っ腹。手もツメも、ハエのように汚れている。

 使い回しているばし。これでもかと茶黒に変色。そして、それ以上にフジタの食事に馬場は吐きそうになっていた。

 なぜなら、フジタはたたき殺したネズミを、何食わぬ顔でハンバーガーにはさんだからだ。

「これでダブルバーガーの完成や。一口、どうや?」

 さすがの馬場も首をふる。

「うぇ…、お気になさらず」

 それでもフジタは引っ込めない。

「そう言わずにや。動物性タンパク質は大切やで~~~。

 しかしなぁ、仏教ルールで四足の動物は昔っから禁止やったんや。んで、わいらの身長は止まった。そんでちっこい日本人は異人いじんさんたちに動物扱あつい。つまりは肉はたらふく食えってことや」



 もともとは仏教の教えにならった食生活。日本人の良い意味でヘルシー志向しこう。ただし、不殺生ふせっしょうゆえの動物性タンパク質はNGであった。

 おかげで米・味噌みそ・たくわんといった質素しっそなもの。それを1日5回など量によって、おぎなっていた。


 だが、馬肉・牛肉・豚肉などが解禁。

 残念ながら、仏教の世界がダーウィンの進化論や科学によって先進国から否定されたからだ。(廃仏毀釈はいぶつきしゃく

 そして肉の販売はNGではなく、うかるビジネスへと変わる。誰もが口にするものになっていく。


 ただし、暗雲。第2次世界大戦だ。

 1940年の日本では7.7禁令により不要不急のぜいたく品の製造や販売が禁止された。このことにより、取り扱う業者が激減。食料にいたっては切符きっぷ制や配給はいきゅう制へとかわり、産業自体が壊滅かいめつした。



 ここでハンバーガーを食い散らかすフジタだ。

「そうは言うてもな、一度口にした味は忘れられんよ。それも貧しいとより一層、あんときの味を美化するんよ。ただ、だ~~~れも売る奴がおらんかった。

 そうや。だから、戦後にこれらのマーケットを支配したんは日本で暮らしとった第三國人(中国人・朝鮮人)やったんや。

 なぜなら、すぐに中国や朝鮮で内戦がおっぱじまったからな。

 武器が動けば人も動く。人も動けば物も動く。物が動けば金も動く。そして金が動けば麻薬まやくも動く。

 もともとシンジケートをきづいていたあいつらは肉やらぜいたく品やら動かした。そんで日本の闇市やみいちで大もうけする。そこにはクスリもセットや。まずしいは麻薬を合法にする。


 んで次に、あいつらはもうけた金で娯楽ごらく場を開く。キャバレーやマージャン店、パチンコ店もそうやろ。日本名で改名し、経営するんや。そのたまった資金をぶっとい流通ルートで大陸へ送り続けたわけよ。


 奇跡きせきの高度経済成長? 片腹痛いわ!

 実際はホンマ、わいらはみすぼらしい犬やった。あいつらは何かあれば戦争犯罪を持ち出してきよる。加えて武器もドンパチ、ぎょうさん持ってる。ドスがなんの役に立つ? たてついても割に合わんからな」


 回想に熱がこもってしまったのだろう。顔を赤らめるフジタであった。

「ついには気張って、警察にうったえてみるんよ。

 ところが、ウザい顔で取り込み中だと!

 信じられんわ! あいつらからもらったタバコでかけマージャンやっとるんやから。

 そこで、ようやく気づいた。そもそもや。そのタバコもアメリカ産。第三國人の後ろにも、アメリカがちらついとる。

 よく見ると、あいつらも首輪がついとった。要は、アメリカに従うことが花やとな。

 

 もう、気にもせんやろうな。アメリカは長らくコレラっちゅう最強病とか作物の害虫とかで目のかたきにされていたネズミを一等にした超大国。ネズミ―ランド、言うたかな?

 あれは世界に対する挑戦やった。害虫を人気者へひっくり返す力を手に入れたってことなんや。


 もう、アメリカはしずまん。それができる国があられたときはゴキブリが人気者になっとるはずや。

 だから、このハンバーガーも日本人に1000年食わせとき!

 ついにはアメリカ人になるわ。ネズミをはさんだところで、アメリカ産って言っておけば、喜々として口に入れるほどにや。

 そうすれば、アメリカ人以外にへつらうこともなくなる」

 食いかけのハンバーガーからは、だらんとネズミのしっぽがれていた。


 あのときかららされている。

 フジタのようにアメリカ人へ頭を下げまくり、手もみ足もみ太鼓たいこ持ち。そして日本を戦争犯罪とののしり続け、裏ではクスリけにしてきた中国人や朝鮮人。すべて割り切って、成長にまい進した。

 そうか。日本人は昔、『犬も歩けば、ぼうにあたる』と言われるほどに犬をつかまえては食べていた。同類は食べてはいけないと気づいたからか?


 ネズミは干支えとで一番だからしょうがない。犬はまだ、人気者だろうか? さて、何番目? 

 美味しいハンバーガー、この味はやみつきで最悪だった。

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