【怪】第33話 人形供養 ひどいこと

 しびれたままの宮武に、処刑を告げる老婆だ。

「さて、睾丸こうがんを切除させていただきまする」

 老婆のその手にはかま型の刀。まるでカマキリのようにそれはギザギザで、まがまがしく光る。

 まずは抵抗する宮武の下腹部をしっかりとひもでめ上げる。そして用意したものは水、コショウであった。


 宮武の動揺は最高潮にうろたえる。

 待て待て待て待て待て! 正気かよ! どんな権利があって傷つける? 意味がわからない。先ほどまで甘えていたリンゴも豹変ひょうへん。いつの間にか、犬歯をむいていたのだ。

「ねぇ、宮武様。お体を同時に傷つければ、痛覚が混乱するってね。だから、ご協力してあげます」

 ハアッ? 理解できない宮武をよそに、彼女は馬乗り。そのままひざで宮武の右手を固定。太いかんざしを振り上げた。

 そして、躊躇ちゅうちょなく突き落とす。宮武の腕にグサリと刺さった。


 ギャガアアアアア!!! 

 悲鳴とともに激痛が伝導。ズブズブと内側へのめり込んでいく音も伝わる。さらにはぐりぐりとそれを回して楽しんだ。

 その間にも老婆は宮武の陰毛いんもうをむしるが、淡々と仕事のように作業していた。

「西洋では去勢少年歌手(カストラート)がとても流行ったそうでございます。それは奇跡の高音ボイスと、貴婦人たちの夜のおとものためだとか。

 私たちもちょうどそんなおもちゃがほしいところでした。さあ、宮武様も良い声で泣いてくださいまし」

 洋の東西で重宝されたコショウの秘密。それはもちろん、食材保存の有効性もあるが消毒の有効性もあった。

 東洋では王妃たちにお世話係として、男性器を切除した宦官かんがん。西洋では男性器を切除した声変わり前の少年歌手。彼らは成り上がるため、人生と命をかけた。今とは違う乱暴な手術だ。死と隣り合わせの決断になる。

 それをディナーのようにコショウをかけられ、お皿に盛りつけられていくのだ。まったくこのような残酷な文化が伝わらなくてよかったものだ。

 ところで、そのコショウだが消毒用に熱湯と混ぜ男性器へ三回かける。そうそう、全部取るわけじゃない、子種が育つ睾丸だけだ。手際よく、老婆は宮武のそれをひもで巻いていくのであった。


 

 睾丸はみるみるうちに黒紫へと変化。パンパンにふくれ上がっていく。痛みも秒を置いてじっくりと脳内をかけめぐり、脳髄を焼いて痙攣がはてしない。その様子に、その体の悲鳴に、宮武は初めて腹の底から恐怖した。

 俺は、俺という性はどうなるか?

 トイレは? 下着は? 性別は? それどころか舌も嗜好しこうも変化する。美味しくない、気持ち悪い、すべてがザラザラする。そして、気持ちはいつも不安定。いつも視線を感じ、いつもぐっすり眠れない。なぜなら、眠ったら起きれない気がしたからだ。これが一生、つきまとう。冷たいシップのようにぴったりと。

 それは寝ても覚めても苦しめる。生きる意味を、生きる罪を。

 しかし、答えは出ないのだ。そのうちにホルモンのバランスがおかしくなるので、常に薬を多用する。

 その副作用だろうか? 肌のたるみ、ちょっとしたしわまで異常なほどに気にかかり、ツメを立ててはかきむしる。ついには過食、拒食、内臓病から意味不明な出血もあり、髪の毛は抜け、けだるさが全身を呪っていくのだ。


 だが、分類できない性は害悪なのか?

 知るか! そもそも上辺だけの同情すらいらない。決断したときに、すでに割り切った。ただ、ただ、過去の自分から同情されるのが一番、つらい……。そう、鏡の後ろで語りかける。

 ランドセルを背負った、元気なあのとき。恋心を抱いた、無邪気なあのとき。必要以上に思い出補正がなめてくる!

 宮武はあまりの激痛と思い入れに白目をむき、意識を失っていた。


 ほほには涙のあと。

 宮武が目覚めると、すでにリンゴが騎乗位で腰をふっていた。

「アラッ、お目覚めね。宮武様の肉棒はとても良好よ」

 彼女の激しい腰使い。上下に動くと、内臓が飛び出すほどの激痛が走った。

「やめろ!!! 痛い!!! 痛いから!!!」

「アラッ、一晩中犯すんじゃなくって? 体力ないわね。

 でもいいわぁ、その苦痛の顔。もっとわめいてちょうだい。もっとさけんでちょうだい。ゾクゾクする!」

 リンゴは髪をふりみだし、宮武の肉棒を犯し続ける。快楽は快楽をよび、苦痛は苦痛をよび、まったく二人は正反対の顔をしていた。結合部は宮武の失った睾丸のあとでびちゃびちゃになっていた。


 老婆は告げる。それは高らかな声だった。

「お楽しみ中、誠に申しわけございません。

 お邪魔になるかと思い、宮武様の睾丸は御鈴廊下へ捨てておきました。ええ、そのうちのえさになるかと」

「………なんで。………なんで、そんなひどいことをする! 俺が何か悪いことをしたのか?」

 首をかしげる老婆だ。

「残念でございますが、ひどいこととはいつも突然に、突発的に、降りかかることでございます」

 江戸城ではお世話係や案内係として、平和の象徴もあり坊主が勤める。ただし、皮肉にも明治維新後には幕府側として廃仏毀釈の目の敵。まさに仏の字が消えるほどのすさまじい嫌悪が降りかかったのは過去の話かもしれないと。


 

 絶望に暮れる宮武だ。

 今、気づいた。睾丸をとる。

 これだけは言えること。五体満足とは実は一瞬なのだ。もっと大切にしておくべきだった。 だから、どうか、やめてくれ。たのむよ。

 どんな後悔かわからない。俺が俺でなくなる日がくるなんて。こんな最低な悪夢、悪夢、悪夢!



 宮武のもがく姿を見て、老婆がつぶやく。

「大奥とは決してきらびやかな世界ではございませんでした。品種の良いニワトリ小屋でございます。ええ、最低な悪夢しかない。ここは宇治の間、開かずの間」

 いつの時代か、生きとし生けるものは大事せよと治世をうたった犬将軍がいた。平等で平和を愛する。ただし、彼の性生活はあれていた。

 権力にものをいわせて、人妻に手を出す。手をつけられた夫は腹を切って抗議するもお構いなしだ。平気で部下の娘にも手を出し、そこには一切のあわれみもなかったのである。

 しかし、それを逆手に取った者がいた。自分の子をはらんだ愛人を将軍に紹介し、まんまと愛し始めたのである。

 そして、無事出産。その子を将軍に、なるはずだった。


 信子(老婆)は思いふける。

「将軍の奥様はお子を産めませんでした。そして、自分を責めるのでした。

 そう、私は古くからの付き人。常に瀕死の感情をいたわりながら苦渋するのでした。

 女としての幸せは、はたして出産なのでしょうか?

 男としてのサガは、はたして子だねなのでしょうか?

 その答えを探し求めた先は大概、ひどいことになるのです。この部屋こそ、奥様が五代徳川綱吉将軍と無理心中した呪いの部屋」

 

 ただし、虫の息の宮武には聞こえない。最後にさけぶのがやっとであった。

「なんでもする! なんでもするから、助けてくれ!!!」

 一時の静寂。

 すでに老婆か、リンゴか、人形かもわからない。耳もとでしっとりとささやく。

「そうね。特別に助けて上げてもいいけど、代わりの命が必要よ。もっと若い命が必要。時間は半年。でないと、あなた。私たちと同じ、永遠の人形になってもらうから」

 重いまぶたが閉じる中、耳の奥で記憶する。

 宮武は深い眠りについていた。

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