【怪】第32話 人形供養  バイブメーカー

 夜更かしは四月の事務所。

 祝勝会も終わり深夜、残されたのは宮武だった。彼はふと帰り際に、上からしたたる血に気づく。すぐに確認しようと上階へ向かったが、派手な老婆に出迎えられるのであった。


 玄関を開けると、お化け屋敷のような薄暗い御鈴廊下が続く。そして次のふすまでは一変。大広間には、何百体もの人形たりが立ち尽くしていた。

 部屋の明かりはぼんやりとしている。

 まがまがしい雲をまとう天龍。刮目しキバをむく狛犬。ふすまや天井に描かれていた神獣しんじゅうたちが闇に照らされて、おどろおどろしい様であった。

 さらには鼻をしびれさす麝香じゃこうの匂い。大脳をとかす天女のような伽羅きゃらの匂いと。

 それらが代わる代わる宮武をまどわす中、人形の群れから絶世の美女が立ち上がるのであった。


 両手を広げて大きなあくび。まるで白雪姫だろう。見かねた老婆は彼女をいましめる。

「リンゴよ、お客人の前ですよ。すぐにおもてなしを」

「そう。今日はどんな殿方? とりあえず体力はありそうかしら?」

 八等身のリンゴは眠い目をこすりながら、一糸まとわずはだかの姿だ。長い黒髪をゆらしながら、きれいな乳もきれいな局部もあらわのままだ。酔ってなければ、こちらが目を背けているだろう。


 だが、宮武は酒の勢いそのままに見入ってしまった。歩く姿も美しく、手足は長く、切れ長の目とすらっと伸びた鼻。唯一、ぼたっとしたくちびるが性欲をかきたてた。

「た、確かさ。俺は客人でいいんだよな? 

 でもよぉ。まさか、べらぼうな金額を取るんじゃねぇだろうな?」

 ここで宮武の邪推じゃすいをする。

 おそらくここは高級売春館に違いない。行きがけの廊下もこの部屋の人形たちもすべてが演出なんだろう。恐怖と愛欲ってな、相乗効果があるからな。死の手前ってのは射精したくなるのも、SEXがフルマラソンほど体力使うのも、その精神状態は高揚しているほど快感だ。

 そんなときほどだまされるもの。有り金、全部取られたらたまったもんじゃないからな。


 ただ、首をふる老婆であった。

「いえいえ、宮武様には大変なご迷惑をおかけいたしました。そのおわびにどうぞ、ご自由にお楽しみくださいな」

 もう、となりではリンゴが甘えてきている。まずは一杯。燃えるような酒がつがれる。すぐに宮武は飲み干すと大声をあげた。

「俺の体力はハンパねぇぞ! 最後まで付き合えってくれるか?」

 ええ、喜んでとうなずくリンゴだ。彼女も軽く飲み干した。

「ねぇ、宮武様。この部屋、少し暗くない? 私に白粉おしろい(ファンデーション)をぬってくれないかしら?」

 宮武は目を垂らしながらにんまりする。へえへえ、なんて妖艶ようえんな目つきをしてくるものだ。

「ん~~~、どこをぬるんだい?」

 明かり少なかった時代では白粉がよく映える。満月に百合。静夜に人魂。香り立つ死の世界だ。

「ん~~~、首筋からね♥」

 そう言って、ウグイスの細工の貝を渡された。

 意外と粉っぽいものなんだな。宮武はくずして座った彼女の真裏へ回り込む。上からのぞくと胸もとの谷間が見えた。


 彼女の首筋にもふれてみる。

 ああ、そのなめらかな肌。そして、肩の曲線。どれをとってもむしゃぶりつきたい。髪もふわりと匂い立ち、格別だった。

 リンゴも吐息で応えてくる。

「う、ううん……。とてもお上手ね。もっと下よ」

 ついに、宮武の触手は胸もとへ。そして探し当てる、ふくよかな乳を。

「どうだい? ほぐれてきたか?」

 人刺し指で乳首をまさぐる。リンゴがビクビクと伝わってきた。

「あっ、あ………、えっ、ええ……。おかげでアツくなってきたわ」

「そうだな。俺もアツくなってきたよ」

 もう、その手は愛でるようにおわん型の乳房をわしづかみ。馬場は自分の性器をリンゴの背中に押しつけながら強く、やさしく、乱暴に。脳が充血するほど、もみほぐしていた。



 宮武は急いで下着を脱いでいくが、ふと理性が回帰。

「なあ、……生でいいか?」

 リンゴは笑った。

「ここはね、おきさき候補が集まる大奥なの。だから、基本は処女であること。つまり生娘きむすめってことね。  

 でも、殿方を満足させられる性技がなくちゃならない。肉棒を幸せのうずに巻き込み、やみつきにする術も必要。

 それって、まったく矛盾することでしょ? でも、それがないと使い捨て。

 だから、この大奥ではビアンも多い。研究のためにバイブ(張形)も使うし、おかず(春画)も使う」

 なんでも屋の平賀源内が象牙のバイブを、世界的に有名な北斎なども類のない多色刷りの春画を。結局は愛欲こそが文化の基本だ。

 ただ、実践こそがやはり大事。宮武はすでに夢中である。体力だって? それなら一晩中、腰を跳ね上げてやろう。良い声で泣かせてやるさ。

 息を切らし、充血する目。それ以上に充血する股間。おかげでまったく疑問も抱かない。


『今日はどんな殿方?』

『生娘』

『生でもOK』


 彼女の連続した言葉。実は矛盾しなかった。



 多くの人形たちが見守る中。肌と肌がからみあう。

 ところがアレッ、どうした? なんだか調子がおかしいぞ?

 こんな大事な場面で、なぜかしびれる宮武だった。そこへ老婆がぬらりと顔を出す。

「宮武様、今ほど聞こえていませんでしたか? 生娘が条件と。

 お飲み物に長命丸を入れておきました」

「ちょ、長命丸?」

「ええ、それは滋養強壮じようきょうそうの薬でございます。もちろん効能はバツグンですが、本来は秘部へのぬり薬でございました。

 ただしトリカブトの成分があり、飲むのは厳禁。しばらく、しびれることでしょう」

「ふざけんな! 元に戻せ!」

 宮武は急いでこうとするが、一滴も出てこない。

 そんなあわてる状況に老婆は宮武の髪をつかみ上げ、そのまま押し倒すのであった。

「先ほどもお伝えしましたが、ここは究極の女のその・大奥でございます。私たちの周りにはライバルしかございません。ですから、こんなおもちゃでも役に立つのですよ。

 例えばこの薬を飲用と偽情報を流し、自死に見せかけることもできる」

 全国津々浦々。美女が集められる。それもツテや名門であろうが、なかなか入れない超難関だ。その何百人の選りすぐりから、お目通りできるのは30人ほど。そこからお子を産むとなれば、宝くじに2連続で当たるより難しい。

 だからこそ嫉妬や嫌がらせを超え、いかに相手をコロスかに行き着くのだ。


「そしてこのバイブもそうでございます。

 本来はひもがつき、それを足指に引っ掛けて、たしなむものでございました。

 しかしライバルにはあえてひもなしを送り、膣内ちつないが大事になるよう仕組むこともございました」

 老婆の開いた目に、ひとみがなかった。 

「もう、お分かりでしょう。私たちの生活の場、そのものが魑魅魍魎ちみもうりょうの住まう一大屋敷なのでございます。

 情におぼれ、欲に取り憑かれ、しかし本当に意味では誰からも愛されない。だからこそぜいをつくすのでございます。むしろ命を散らすがごとく、享楽きょうらく謀略ぼうりゃくにはげむしかないのです」

 

 殿方とのSEXの目的は子孫を残すことにある。

 つまり、国の存亡をかけた重大な仕事だ。絶頂中も、ピロートークでさえも、全部真横で聞かれるのだ。愛が育つことはむしろ危険だろう。

 だから国費の1/3を使うおうが、国家予算の10年分を使おうが、一日の食費に1000万円を使おうが関係ない。

 人形のように飾り立て、匂い立ち、香り立ち、化粧をほどこし、外見をご立派に。

 しかし、その内面は脅迫きょうはく中傷ちゅうしょうを通り越し、コロしを含めどのように蹴落とすかという魑魅魍魎の世界。


 いつしかはらわたはクソで埋め尽くされ、胃までドロドロになっている。そのため、お金をジャブジャブ洗うわけだった。

 行き着く先には贅が過ぎれば、ぜい肉がつく。顔や皮膚までドロドロになっていく。だから、ドレスやおびできつく締めた。すると顔が赤くなり、酸欠状態でニッコリしながら倒れてるの。苦行以外、何ものでもなかった。


 玉の輿こし? お姫様? 奥方様? ええ、うらやましいでしょ?

 私たちは真っ赤なリンゴ。悪臭はべる、もがれることなき毒リンゴ。足の裏から頭のてっぺんまでドス黒い血しか流れていない。


 さて、老婆の手には湾曲わんきょくした刀がギラリと光る。

「いくらでもお遊びいただいても結構でございますが、子を宿しては困りまする。

 おそれいりますが、宮武様の睾丸こうがんりと取らせていただきます」

 宮武のこきざみな呼吸。

 よみがえる記憶。まさか、事務所で滴っていた血。人形の涙した血ではなく、精子で爆発しそうな男性の睾丸。あれを、あれが、スッパリ切られた悲鳴であったのかと。

 歯が浮きそうなほどの戦慄。老婆はニヤリと笑っていた。

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