【怪】第31話 人形供養 子どもの七つのお祝いに・・・

 大量の花粉とともに、馬場が事務所へ飛び込んできた。

「宮武さん! うちの販売部数が大幅に伸びたって本当ですか!」

 廃業寸前のローカル新聞社に思わぬ朗報! 編集長の宮武が自慢じまんげに鼻をのばす。

「おうよ。きっと、俺が天皇を骸骨がいこつにパロったのが効いたんだ」

 あの輝かしい先進国の仲間入り、大日本帝国憲法。

 その場面をこれ以上、センセーショナルに描いた日本人は後にも先にも彼一人。おかげで何度も刑務所にぶちこまれることになるのだが。


 経理及びリポーターもこなすおでんがにらんでくる。

「どうですかね。効いたのはこっちですよ。おかげでどれだけ罰金を払ったと思っているんですか!」

 あわてる宮武。請求額にゲロも出た。

「うるさいわ! 過激なことをしないと売れない時代になったんだよ!」

 ふぅ~~、情けない。ため息をつくおでんである。 

「そういう固定した考え。才能のない人の、ただの言い訳ですよ。そもそも4月は新聞の部数が自然と上がりますから」

 冷静な分析にぐうの音も出ない宮武だ。彼がやり込められているのを見て、逆にウキウキなのは馬場である。

「やはりですよね! 俺の『 春だ一番!G-スポット特集 』が効いたんですよ!」

 新聞にはエロ教材も大切だ。ただ、おでんは白けている。

「おそらくそれも違います。うちの新聞が売れているのは最近、この地元で行方不明者が続いているからでしょう。神隠しなんて言われてますよ。

 ………きっと、みんな、心配なんです」

 馬場は余計なほどに相づちする。

「神隠しねぇ~。その先には神か? 仏か? ホットケか?」

 聞こえるようにつぶやいた。だが、おでんも宮武も花粉症なのか、クシャミの真っ最中。それどころではなかった。

 


 その夜は事務所でプチ宴会が開かれた。多数のビールの空き缶が転がる。それでも明日が早いと馬場とおでんは先に帰っていた。

「付き合いの悪いやつらめ!」

 一人で悪態をつきながら酔っぱらう宮武。だが、無風。しかたなくハミガキをして帰ろうとした、そのときだった。

 ポタッ!? 上から何だろう?

 生温かい何かが落下。カガミを見ると仰天ぎょうてんだ!

 噴き出す宮武。なぜならそこには頭から血を流す自分がいたからだ。


 ただ、痛みはないぞ。見上げると、天井の通気口からポタポタと血がしたたっていた。

 どうやら原因は上の階。限りなく人の血のように見える。

 もしかして凶悪な事件かもしれない。ただ、そこはジャーナリスト。確認すべきと宮武は上の階へ向かった。



 ちょうど引っ越してきたばかりで新しい表札。

 そこには 『 1709号室 大奥 』


 宮武は酔いに任せて大声で呼んだ。

「すいません! 下の者だけどさ。なんか上かられてきたんだけれど」

 さらにドンドンとトビラをたたく。すると、中から品のいい老婆が顔を出してきた。

「………どちら様で?」

 彼女の異様な出で立ちに、宮武はギョッとする。真っ赤な和服に、三つ葉葵あおい黒紋付くろもんつき。背中を丸め、なぜか目を閉じていた。

「………ああ。俺は下の階の宮武ってものだけどさ。今、血が垂れてきてこのザマだ。なんかあったのかな~~~って、思ってね」

 とぼけた口調で聞いてみる。

 ギリギリギリギリ。老婆は歯ぎしりを重ねた後、おもむろに手を差し伸べた。

左様さようでしたか。特になんら怪しまれることはしておりませんが、なんでしたら確認されてゆかれますか?」

 そう言って、老婆は宮武をむかい入れるのであった。



 薄暗い玄関で、くつを脱ぐ宮武だ。それからは細長い板敷きの廊下。とても陰気しんき臭い。クモの巣でも張っているのか? お化け屋敷か?

 また、多くの目線を感じる。ぞわぞわと背中をさすり、後ろ髪を引かれるような、非常な気味の悪いものだった。


 だんだん、目がなれてくる。

「う、うえっ!」

 思わず嗚咽おえつする宮武。そこには予想外の光景があった。

 右側には土でできた仏頭の山。白目をむき、口元もわずかに笑みを浮かべている。黒いカツラまでつけていた。

 左側には大きなたぬきの置物の山。首をかしげ、やや口は半開き。意識を失っているフリをしていた。

 足もとにはダンゴ虫やムカデがうごめく。アリがクワガタのはらわたを食べていた。

 天井には幾百と垂れ下がったすず。まるで何かの卵かと思った。思った通り、その鈴の間からはい出てきた腹のデカいがこちらを見ていた。

 

 老婆は忠告する。

「どうか息を止めてくださいまし。この御鈴廊下では男子禁制。気づかれると、物の怪よりきもを取られてしまいますので」

 早く言えよ、クソばばあ! 宮武は必死で息を止めた。

 いやいや、逃げ出せばいいか。だが、おでんや馬場が聞いたら、どうする? 必ず腰を抜かして、逃げ出したって笑い合うだろう。


 気づけば、目の前に現れるボロボロのふすまだ。老婆が手を引いて、うながす。

「ささ、どうぞ! お入りくださいまし」

 薄暗い廊下の先だった。どうせ、この先もガラクタだろう。宮武は嫌々ながら、ふすまに手をかける。

 すると開けた瞬間、目を疑った。


 そこは25畳のだだっ広い和室であった。

 その四隅に500体を超える人形たちが起立している。どこか、もの悲しさを浮かべる。血の涙を流す者もいた。

 宮武は理解する。もしや上から垂れてきたのはこの血の涙か? だとしたら、俺はたっぷりと浴びてしまったぞ!

 老婆は後ろで物語る。

「このお人形たちは役目を果たせずに生きながらえているのですよ」

「い、生きながらえるって?」

「はい。いつの世も子どもは病魔に犯されやすいものでございます。

 そのために大人は人形遊びと称し、身代わりの人形たちを自分の子どものそばに置くものです。

 だからこそ彼らはきれいな化粧に赤い服。赤べこや身代わり地蔵もしかりです。それはやくや悪霊が目につきやすいようにと着飾るため。

 取りついた災いを一身に背負い、子どものために喜んで死んでいく」


 そう、古くから人埋めや人柱の代わりに人形が使われていた。彼らの役目は死者への付き人。しだいにその人形たちは民間へも浸透していくのだが、役目はおよそ変わらなかった。

 子どもが七五三と成長していく過程。

 着飾るのはもう病魔から人形に身代わりになってもらわなくても大丈夫という儀式でもある。

 だからこそ身代わりになった彼らはその身に病魔。ときには焼かれ、ときには川に流され、子どもの代役。喜んで死んでいった。


 宮武は生つばを飲む。

「ゴクリッ。………じゃあ、生きているということは?」

 つまりはこの人形の群れ。どこか化粧もはげ、髪もはだけていた。

 悲しい目の老婆だろう。

「はい。この者たちは子どもに死なれております」

 宮武は察する。

 おそらく身代わりにもなれず、逆に主人が身代わりになってしまったと。

 憎しみを込めて親は言う。血走った目でにらみつけた。

『なぜ、おまえの方が残ったんだ! おまえが病魔だ!』と。


 それからというもの人形たちの服は汚れた。まばたきもするようになった。歩くようにもなった。髪も伸ばす。

 ああ、それは懺悔しているのだ。このように生きはじをさらす罪を背負っております。ずっと、ずっと、永遠に。

 だからこそ人形の貸し借りは禁忌である。


 ふと、血涙する人形の群れからはだかの女性が立ち上がる。

「だからね、苦楽を共にした人形は絶対に焼き殺してくださいな。さもないと、あなたより生きてしまうことになるでしょう」


 腰まで伸びた黒い髪。

 それは目をおおいたくなるほどの絶世の美女であった。

 

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