【奴女】第28話 このページは不快です。 女性蔑史

 さて、スパイとは情報をぬすむのも仕事の一つ。別にかくれもしない。堂々と鼻歌を歌っている。経歴など、でっち上げ。すぐ、となりに笑顔あり。

 今回は特別に2人の顔出し出演である。


李香蘭りこうらん:元日本人。第二次世界大戦終了間際、青酸カリ自殺。)

川島芳子かわしまよしこ:元中国人。第二次世界大戦後、日本のスパイとして処刑。)


 事務室へ戻った李香蘭。

 そこではありえない光景に絶句する。カミソリで自分の髪をそっている川島を目撃してしまったのだ。

「私はこのとき、この場所で、女性をやめる!」

 血でにじむ頭皮。

 女性の命といえる伸びやかな髪を切断。自らを丸坊主にしていたのだ。彼女は17歳で女性をやめた。

 なぜならこの国の女性のあつかいは鼻紙以下。その地位はゴミ箱へ捨てられるテッシュと同じで、子孫を残すためだけの出産マシーンであった。


 自由な恋愛? 何よ、それ?

 家が第一という考えは深く根づいたまま。生まれる前から女性のあるべき姿は決まっていた。

 まずは結婚についてだ。その意味とは親同士が取り決めた相手に首をることなく、そいとげること。まるでどこかの宗教のように、初めて見た男性と結婚することも多々あった。

 もちろん、好き嫌いを選ぶ権利はない。目の前の男性がどんなに高齢でも、どんなにみにくくても、婚礼こんれい排便はいべんれ流すような相手でも、おかまいなしだ。

 川島はそんな絶望をそり落とした。


「バカみたい。あの人がいい。この人がいい。王子様にあこがれるって、どこの国?

 しかも相手が暴力的で飲んだくれ。遊びぐせもあって借金の山。

 それでも家と家との婚約だからガマンしなさい! ガマン!ガマン! ガマン!

 

 そんな生活が死ぬまで続くのよ。子供ができなければ、とつぎ先から憎まれたたかれられて、しまいには追い出され。逆に、精力抜群であれば毎日求められ、吐き気や頭痛、生理であってもおかまいなしって。

 それが一生の大半である結婚なんてありえるの!」


 当然、家事は女性に丸投げだ。

 洗濯機はない。洗濯板で力のいる手洗いだ。

 掃除機もない。腰を曲げながら、ぞうきんがけだ。

 炊飯すいはん器もない。目を痛めながら、ふかしがま

 毎日は重労働の家事に追われる。その上、夫の仕事の手伝いも当然か。病気もケガもおかまいなし。体調が悪いとこぼしても、わざとだろの非難ひなんの暴力。

 やれよ。やれよ。早くやれ!


「いつもまずしかった。新しい服なんて買えるわけもない。

 だから寒さの厳しい冬になれば、着物を二枚に重ね合わせてい上げるの。そこに綿わたをつめていく。春になればそれをほどくんだけど、糸一本、針一本。ムダにできないほど貧しかった」

 新品なんて見たことがない。生地きぢから縫い上げ、小裂こぎれで結ぶ。

 それが、日本の代名詞。モッタイナイ。手先が器用。

 そういう文化? なめんじゃねぇよ。


 名もない女性たちが怒鳴どなられしかられ涙をたらし、努力を重ね、手や体を粉にしながら血でつないでいった結果だ。

 裁縫ほうさいができれば、いいよめだと? ミシンが嫁いできたんじゃねえよ!

 世界に誇る、オ・モ・テ・ナ・シ?

 はずかしすぎるわ! 毎日、毎日、夫の帰りを玄関前で三つ指ついて頭を下げる。他の女性と会ってきた後でも、だ。

 そして、今でも専業せんぎょうと見られがちな子育てと親の介護かいごも過重労働の一つだろう。

 当然、ベビーカーもない。車いすもない。

 そのすべてが、重く重く小さな背中にのしかかる。こしは悲鳴を上げ、石のように固まったかたで息つくヒマもない。

 礼儀れいぎの正しい日本人だと?

 くつでもなめてろ!

 それでもじっと弱音をかない、いや吐けないのが絶対服従がおもてなし。その、地獄の日々で奥ゆかしい日本女性に調教される。それでも月日は体力の減退以上に、恐怖の通告をつきつけてくるのだ。


「歳をとるとね。

 これだけ家にくしてきたのに、ポイッと捨てられるのよ。なぜかってわかる? 姥捨おばすて山はあっても爺捨おじすて山はない。鬼ババアはあっても鬼ジジイはない。でも、好々爺こうこうやはあっても好々婆こうこうばあはない。

 昔話って、正直よね。捨てられて化けて出るのは猫と女性の決まりごと」

 そう、それを認める圧倒的な男系社会。何のためにつくしてきたのか?



 この国の女性のリーダーといえば、卑弥呼ひみこ推古すいこ天皇が思い浮かぶだろう。それより新しくなると、だいたいが悪女か恐妻きょうさい家の二択にある。

 もっとも、悪夫と恐夫といった言葉さえもないのだが。驚くべきことに女性の地位は文化が進むにつれて、下振れしていった。

 日本を守った名もない女性(大田垣蓮月)のひとりがいる。

「彼女はね。早くに夫と死に別れ、未亡人になったけど、かなりの美人だったのよ。おかげでちょくちょく男性たちに言い寄られてね。ちなみに言い寄られるだけでも女性の方が非難される。浮気者だって。

 ふぉざけんなよ!

 この亡き夫にこたえるため、彼女のとった行動がヤバい。

 醜くなるため。それは『まゆ毛を抜いて、自分の前歯を全本抜く』ことだった」


 ああ、良妻賢母りょうさいけんぼ

 裏を返せば、日本の代名詞という奴隷制度だ。

「幽霊ってね。足がないの。なぜだか、わかる?

 それはある超有名な絵師(円山応挙)のせいかな。彼は史上初の幽霊の絵を描くことをお願いされたの。

 それは筆も進まない。だって彼のスタイルは息づかいが聞こえるほどの超リアルに絵を描くことだったから。幽霊とはその正反対にあるのだからね。

 そこで、なんと彼の妻は思い悩む夫のために自殺してしまうの。その日の晩に彼のまくらもとに立ったんだって。だから下から見上げるその姿。妻の足が見えなかったの」


 死んで尽くす。そこに恐れもなく、拍手喝采だ!

 ああ、良妻賢母。

「ある超有名な医師(華岡青洲)がいたってね。彼は世界初と言われる麻酔ますい治療(民間療法をのぞく)のため、妻が最初の実験台になったわけ。その上、彼の娘も実験台となり、副作用で目が見えなくなってしまったの」

 いずれも美談だなあ。

 うんうん、犠牲ぎせいはつきものだから仕方ない。でも、夫が妻のために実験台になったなんて逆の立場を聞いたことある?


 ああ、良妻賢母。

「世界でも通じる武士道ってね。その実、貧しい武士は自分の妻を売るんですって。

 そこで刀が役に立つの。つまり夫は売春の用心棒。刀が命なんて馬鹿じゃない?  

 でも、あまりにも情けないからとなり同士で妻を入れ替えて、用心棒をするんですって。

 それのどこがカッコイイの? 死ぬことと見つけたりって、冗談じょうだんじゃない!」


 夫のために妻が尽くす。その価値観は今でも家庭の底、法律の底でも続いている。

 旧民法。

 25歳以下の離婚はお互い家の両親の許可が必要である。つまり、勝手な離婚はできないの。こんな旧式の法律がつい最近まで使われていたなんて。

 さらに、昔は夫にしか財産権がなかった。

 だから、離婚したら0円生活。誰が路頭に迷うか知れたこと。


 じゃあ、嫌でも続けるって? でも、死ぬかもしれないんだよ!

 なぜなら、結婚したら5~6回の妊娠にんしんは当たり前。10回以上もめずしくない。そのたびに母体は何度も死のふちを経験するの。

 そんな命をもてあそぶ無計画な子作りもザラだった。じゃあ、避妊薬ひにんやくってあったのかしら?


 それは劇薬。避妊を考えたら、本当に危険なクエン酸、ホウ酸、サリチル酸など臓器がとろけるような、脳にマヒが残るような劇薬を飲むしかなかった。

 つまりは夫はヤリたいときにやり、妻はその犠牲を体に強いる。でもね。それすら手に入らないときもある。

 そこで、涙をのんで赤ちゃんを殺す『間引き』は は は。

 いったい誰がやるの? 産んだ私だ!



 この逃げ場のない生活環境。絶望と苦渋くじゅうに、まったく光のない生き方。だから、生まれるキーワード。

 それが心中しんじゅうだった。世界を見渡しても、これほど無理心中する国はなかったという。

 だって、遊女たちが声をからして約束するの。あの世で一緒になろうとね。そして好いた相手に渡すんだ、自分の小指を。はいだツメを。だから、だからこそ小指で赤い糸を結び、針千本だろうがこぶし万発だろうがちかい合えるの。

 その状況、悲劇としか言いようがない。


 李香蘭は胸をはった。

「私たち、中国で殺されてよかったね。こんな日本よりよほど男女平等の国ですもの」

 いまだこの国で聞こえてくる声。『やたら女性が主張するようになった』と。

 クズ。どこまでもボケてやがる。

 それは知りもしないからだ。世界ランキング100位を大きく上回る男女差別大国、日本の正体を。

 それでも、もしケチをつけたいなら女性を最高額の紙幣の顔にしてからだぞ!

 よほどモッタイナイやオモテナシより、有名だと知れ!


 ご拝読いただき、ありがとうございました。

 日本はすばらしい先進国です。しかし、外国から馬鹿にされているのも事実でしょう。それは化石レベル。女性がくらしやすい法律はクソほどに遅れている。

 2人は青酸カリで乾杯かんぱいした。

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