【災】第27話 あいつらは呪いだ‼ あいつらは誰を殺して生きている‼

 標高1923.9/1m。


 銀幕のため池。冬場のダムはさびしいかぎりだ。

 渡り鳥も休憩中。

 ダムの職員も休暇中。

 唯一、李香蘭りこうらんは残っていた女性スタッフである。ためらいながらも、館長室のトビラをたたく。


「失礼します、甘粕あまかす館長。お茶をお持ちしました」

 数秒後、館長室からのどかな声。

「オウッ、入りなさい! ちょうどいいところに来た。イモが焼けたぞ」

 カギはかかっておらず、ゆっくりと開ける。するとストーブを引っ張りだし、暖をとっていた甘粕だ。早くも室内は黒ずんでいた。

 

 起きたばかりか?

 甘粕はボサボサ頭に寝間着ままだ。しかし、李はおかまいなしに、お茶を置く。ただ、彼女の表情はさえなかった。

「さきほど山へ入った男性ですが、まだ戻っておりません。大丈夫でしょうか?」

 は~~~、そういうわけか。鼻をほじる甘粕だ。

「さあな。そもそもあの松倉ってやつはあの山の地主さんだ。子どもじゃあるまいし、そのうち戻ってくるだろ。それより、イモは食べるか?」

 彼女の心配事。それは李自身が松倉の入山を許可を出したことだ。


 彼女は不安げにたずねる。

「現在、山中はひどい悪天候だと思います。あの男性。連絡手段をお持ちでしょうか?」

「連絡手段ねぇ。あるんじゃないの」

 相変わらず、そっけない甘粕だ。

 ヒゲも伸びたまま。服も半年に一度しか着替えない。だが、ときおりよくわからない人物もたずねてくる。この前は宮武という地元のジャーナリストと何時間も話し込んでいたらしい。

 そして、今。この部屋にもヘビの呼吸。そう、李はある違和感を覚えていた。


「ちょっと、気がかりなことが………」

 思い切って、口に出す。

 そうだ。いる。私、館長。そして、おそらく三人目の体温が存在する!

 ただ、甘粕の顔が豹変ひょうへん。地の底、氷河のような冷たい目線を放っていた。

「もういい、戻りなさい。君にはこのイモを食べて窒息ちっそく死したことにしたくないんだよ」

 抑揚もなく、声のブレは感じられない、平気で人を殺してきた圧を感じる。

 ガタガタとストーブ。丸々と、赤紫に火照ほてった焼きイモ。今見ると、とても美味しそうに見えない。

 李はゴクリッと息を飲んだ後、失礼しましたと一言告げて、退室した。



ガタガタ………、ガタガタガタガタ………がッがガガッがががががガガガガ!!!


 M7.9( 阪神淡路大震災M7.3 東日本大震災M9.0 )

 終末的崩壊ほうかい、絶望とがれきの山。すさまじい地獄がはい出した。歴史ではそれを関東大震災という。 


 船のようなグワングワンとした横ゆれの後、固唾かたずを飲む関東平野。

 そして、くる、くる、くる! やはり、きた!!!

 隕石いんせき衝突しょうとつしたような、縦にズドンッと地面が爆発。すべて重力を反転させ、何もかもがちゅうに浮く激震だった。

 木造家屋はかわらに押しつぶされ、じゅうたんのようにぺしゃんこだ。死者・行方不明者を含めて10万人以上。

 さらに、台風の接近による強風で火災が発生。未曾有みぞうう炎海えんかい地獄が広がった。

 それは昼間の飲食店の火がきっかけ。炎は風で育つという。さらに大きくなった炎風は獰猛な火竜になるという。

 東京湾から吹きつける風も栄養だ。いくつもの発生した火竜は天まで届き、火災旋風として猛威もういをふるったのだ。


 のまれれば、全身が灰。

 暴れ回るその姿は立ち向かうすべもなく、四方八方に不協和音ふきょうわおん。バリバリと燃える音と吸い込む音。

 このときこそ初めて気づくのだ。自然の生み出す音の重さと大きさに。もう、夢中で逃げた。逃げ場のない道を必死で逃げた。


 逃げ遅れた老人も見放し、泣きさけぶ子供も見放しだ。様々な必死のさけびを振り切り、火の手をかいくぐった。

 振り返ると、黒煙と共に倒壊した家屋が一面に広がる。

 焼け野原とは生ぬるい。広大な焼却場。ただ、命あってのものだろう。どうにか避難先までたどりつく。しだいに安らいでいく心音だ。しかし、そこで待っていたのは次なる被害であった。


 それは裸足はだしの傷からバイキンが入る。つまり破傷風はしょうふうによる被害。まさに誰もが身一つで逃げ回って、たどり着く。

 もちろんくつをはくひまもなく、体にもすり傷だらけ。頭には火の粉。痛みを忘れて、走り回ったわけである。

 避難先では肩を寄せ合い、余震の恐怖に悲鳴は絶えず。そんな中、食料もない、薬もない、情報もない極限状態で、わかもわからずバタバタと倒れていくナゾ。


 なぜ? なぜ? なぜなんだ?

 それでものどの激しいかわきが先だった。

 ふらつきながら、近くの井戸に顔を突っ込む。しかし、激しい揺れで井戸は崩壊。もしくは東京が埋め立て地であったため、どろが混ざっていた。

 この、絶望的なさびた色。

 これでは飲めない! 泥は飲めない!

 ここに、怒りと恐怖の炎が第二の旋風となって巻き上がってしまった。

 


 これは呪いだろ‼ 誰かが呪ってる‼

 そうでなければ、バタバタと死なない。井戸だってきっと何か入れられたんだ!

 ………ああ、思い当たるフシがあるぞ。

 ………ああ、そうだ! あいつらだ!

 薄汚いあいつら。町の路地裏に住みつき、俺たちの職をうばっていった朝鮮人や中国人。それもゴチャゴチャとよくわからない言葉を話し、集団行動。そもそもあいつらが麻薬を持ち込み、この国はおかしくなったんだ。

 そして、今回もあいつらの仕業! 見てみろ、この井戸を! きっと、毒を混ぜたに違いない!


 それは一人や二人の感情論ではなかった。当時、彼らを安い賃金で奴隷どれいのようにこき使っていた当時の日本人。彼らからこの天災を機に、仕返しをされると妄想もうそうする。

 そう、勝手な恐怖。その、恐怖のはけ口にした。


 さあああ、人災のはじまりだよ!

 朝鮮人たちが井戸に毒を投げ込み家々にも放火していると、またたく間にデマが広がった。

 親族・友人を失った悲しみ。

 家や財産を一瞬で失った憎しみ。

 明日への絶望。知らない病で倒れていくあせり。

 誰のせいだ? 誰の呪いだ? 殺せ殺せ殺せと狂信曲が降り注ぐ。

 そして治安維持のため組織された各自治体、自警団が町内を通過する人々を検問けんもん。朝鮮人だとわかると無差別に斬殺した。

 名前だけで人を殺す。顔の色だけで人を殺す。言葉だけで人を殺す。それも害虫駆除やゴミ処理のようにだ。本当の地獄とは災害ではない、震災後の人のやみだった。   


 井戸はすぐに生臭くなった。血だらけに虐殺ぎゃくさつされた在日アジア人の生首の山で埋もれていた。


 その不条理ふじょうり

 最大で約6000人朝鮮人+約2000人中国人が犠牲ぎせいなったと言われている。

 ただし、そんな証拠は残っていない。残すわけもない。その後に起こる華々しい東京・都市改造計画に不必要だったから。



 甘粕はストーブの揺れを素手でおさえた。

「日本人に対する外国人の評価。

 それは日本人とはとても親切で礼儀正しく、時間に厳守であること。または人の側に立って物事を見られる優しい心の持ち主であること。

 しかし彼らは先頭に立ち責任を負ってしまうと、圧倒的に残酷な、そこまでできるかという限度の知らない専制君主的な心がやどる」

 クククッ、そのデマの元凶が政府だったとは当時の民衆も知らなかっただろうな。

 どさくさにまぎれて、当時東京麹町こうじまち分隊長であった甘粕は反政府の人間を妻子含めて複数人殺すことに成功。今では死刑に相当するが、それでも実質、三年という超短い刑期で釈放しゃくほうされる。

 その後中国へ渡り、映画会社の理事長として軍部のプロパガンダとして活躍した。


 さて、そろそろ百年だぞ。また、恐怖の井戸をのぞかせてくれ。

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