【死】第24話 快楽殺人の夜

 雪もちらつく聖なる夜。

 そろそろ日が変わろうとする時間帯。耳が千切れそうなほどの北風だ。指先は冷えて動かない。1人、公園へ向かう宮武がいた。

 確かこの辺りだったと思うんだが……。上から見たときは、ぼうっと明かりがともっていた場所。火の玉のようで、自然と導かれてしまった。

 ただ、好奇心とは誘惑の悪魔だろう。見なくていいものに引き寄せられ、聞かなくていいことに耳を立てる。結果、絶望の大惨事。全身、大やけどを負うことになろうとも。


 この公園はゆがんでいた。

 耳には過去の悲鳴。くすぶる地熱。雪のよける、鼻につく煙。しだいにただよってくる肉のげた臭いだ。暗闇の中、灰と燃えカスがうずくまる。そこには丸焦げの死体と、それを見下ろす松倉がいた。

「さ、殺人鬼……」

 あまりのことに、片言の宮武だ。

 松倉は白いスーツ姿。後ろで手を結び、直立不動。意外にも宮武の存在に気づくと、優しく声をかけてきたのだ。

「やあ、これはいつかの宮武さんですか? こちらに来て、暖をおとりになってはいかがです?」

 なぜか笑みを浮かべる松倉である。そこに宮武は底知れぬ悪を感じた。

「ま、松倉先生? 足もとって、人の焼死体ですよね?

 す、すぐに警察へ連絡しましょしょう!」

 う、うまく話せない。動揺をかくせない宮武だ。

 それにしてもひどい燃え方。もがき苦しんだ生命の気化。すでにミイラのように縮み上がり、白い歯だけがむきだしになっていた。


 松倉は少し顔をかたむける。そして、なまりのようににごった目で見つめてきた。

「人? まさか。これは犬の焼死体ですよ。謝肉祭。少女らしきホットドッグでも言いましょうか」

 ふてぶてしく笑う。だが、あきらかにそれは人のサイズであった。

 宮武は気圧けおされまいと問いつめる。

「………犬。その犬でもいいんですが、あなたが燃やしたんじゃないですか?」

 しかし、松倉はまゆ一つ動かさない。

「フフッ、まさか。もともと、この犬は罪を犯していたんだと思いますよ。

 なぜかみのを背負っていました。そこに火もついてね。それを振り払おうと、必死に走り回っていたようです。それはもう、ギャンギャン鳴いていましたよ」

 白々しい。いぶかしむ宮武だ。

「じゃあ、………簔ですか。その簔は犬が勝手に背負っていたとでも?」

 確かに簑は防水、つまり雨ガッパとして昔はよく使っていた。ただ、焼死体の手は松倉を指差す。

「ええ、そうだと思いますよ。みの虫の簔。簔はイネのわらだったり、火を起こす際に使われたりするものです。ですから、非常に燃えやすい。

 私が気づいたときには、炎上しておりました。あわてて火を消そうとしたんですが、逆に逃げられてしまっては丸焦げですよ」

 たんたんと答える。その手にはライターと歓喜がにぎられていた。


 松倉の甘美な光悦エクスタシー

 ああ、火が人体へと燃え移る瞬間。普段、無口な私の心臓がもっとも高鳴るときなのです! 

 人がノミのように飛び上がり、コマのように転げ回る。最後の輝き、死の断末魔。その死のダンスに神が宿る。

 古代より神は儀式に、生けにえを用いました。私も実はキリスト教が大好きでした。

 特に今日は十字架がよく映える。


 生け贄にはわざと生皮をはぎ、おかの上ではりつけにしましょう。身動きのとれない状態で太陽をあおぐこと数日間。

 するとカラスは始めは遠巻きに、しだいに肩までまってくるのです。そしてじっと目を合わせて、こう話すのでした。

「傷口にバイキンが入ってはいけません。私がとって差し上げましょう」

 そう、格別の慈愛。

 傷口はじゅくじゅくと化膿かのうし、青紫にウジがわくころ。常に痛い、かゆいの繰り返しで眠れもせず。涙もぬぐえず。鼻もふけず。くちびるは裂く。

 だから、こうべを垂れて許すのでした。

「お願いします」と。

 そこから始まる鳥葬タイム。血と肉を求めて群がってくる有様。ああ、これこそが私の求める究極の芸術作品でございます。

 神には儀式が必要なのです。


 簔を背に、死のダンスを。十字を背に、カラスの慈愛を。どちらも漆黒しっこくがよく映える。私は正義の白を身につけましょう。それと調和するのですから。

 松倉はくすぶっている焼死体をなでていた。


「……暖は結構。どのみち火元は消えているのですから」

 そう言って、宮武は逃げるようにその場から立ち去った。まったく気が触れた先生もいたもんだぜ。これ以上、関わることすら危険だろう。

「俺だったら、そう俺だったら、そんな悪趣味しゅみは持ち合わせてねぇ」

 そんな悪趣味。どんな?

 そうだな。風船のようにパンッって頭を吹っ飛ばすのが爽快じゃないか?

 1人、帰り道でニヤけていた。


 そう言えば、最後に妙なことを聞き覚えている。なんでも神の儀式にも維持費がかかるとか。何が儀式だ! ただの殺人狂のくせに早く捕まってしまえ!

 だが、金脈を見つけたとか口走っていたな。

 俺にとっては簔も焼死体も知ったことではないが、お金の話は気にかかる。地獄の沙汰も金次第って言うからな。

 ニヤけながらツバを吐く宮武だった。



《 江戸時代編:暴君ベスト Ⅰ Ⅱ Ⅲ 》


Ⅰ わずかな失敗で女・子ども許さず、刀で串刺し。遊びで殺す殿様、徳川重倫。

Ⅱ 婚儀でお世話になった家臣を斬殺。狂宴の米子騒動、中村忠一。

Ⅲ 島原の乱の原因となった希代のサディスト、松倉勝家。

 

 その松倉だがキリスト教徒の大虐殺から始まり、9公1民(税率90%)の鬼畜収奪。

 また、死んでも産まれてもあらゆるところに税をかけた。おかげで大内乱。切腹という武士の誇りを許さない、斬首の刑。その不名誉は今の歴史まで残る。 


 さて、この武士の儀礼、切腹である。通常は一文字腹だ。要は自分でやいばの切っ先を左脇腹わきばらに突き、そのまま右へ引き回す。しかし、ほとんどが腹の一枚ぐらいの数㎜突いたところで、首がはねられるのだった。

 いわゆる痛みが走る前の、一撃で首をはねる高等技術のなせる技。そのため、死の直前には介錯かいしゃく人へ付け届けを送るのである。

「どうぞ、痛みを感じない間にお願いします」と。


 コレが本当の『地獄の沙汰も金次第』。

 その有り無しでよじれるほどの苦しみを味わうことになるという。武士のいさぎよさはお金の光具合によるものだ。

 また、西洋ではその技術がないためギロチン台を使用している。非常に凄惨せいさんと思われるが、実は安楽死に近い。(戦国時代ではちゃんと自分で引き裂いてから首を落としている。)

 

 ただし、介錯人をこばむ武士も中にはいた。

 自分は正しいと最後の主張、無念腹である。腹に刃を刺すだけでも想像を絶する苦しみだ。ただし、無念腹は腹へ三の字を引き回す。要は三回、切る。

 それは目をくり抜かれ、舌を切られるレベルではない。痙攣けいれんと激痛の中でも意識をたもち、自らの手で噴き出した内臓をたぐり寄せるのだ。

 さらにははらわたをつかみ、投げつけるという無念の主張であった。


 どうやら、武士はカッコイイと思えてきたぞ。

 最近では、武士サムライとはスポーツ選手を差すらしい。野蛮。未開人。今までずうっと馬鹿にされてきたが、なぜか胸を張っているジャパンがある。まったく地獄の沙汰も金次第だろう。

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