【病】第22話 目に熱熱シチューを入れましょう

 正義感の強かったおでん。

 それがこの、血なまぐさい死神が行き交う部屋。自分をうらみながら、消える命を見て放心。今ではブツブツとうなだれている。その先には恨み言と鬼の形相で死体をさらす楠本だ。さらに、楠本を犯し続けていた石井の死体。頭も半分、爆ぜている。

 馬場の後ろでは狂気のツバを吐く宮武だ。

 

 もう、何を言っているのかもどうでもいいだろう。部屋のすみに逃げ込んていた学生のうちの1人。小泉は力のない体育座りで一連の惨劇を眺めていた。

 ただ、馬場が散々にさけぶ声がやけに耳についた。

『化け物!』『悪鬼!』

 何か、ありし日の過去を思い出せる気がしていた。



 もう、監禁されて数十日だろう?

 時計もなく、電気もなく、はいせつ物もそのままで悪臭極まる部屋だった。それでも、住めば都とよく言ったものだ。なじむ自分がいる。それも整形までしてくれた。ありがたい。鏡もないが、おそらく義眼をいれてくれたのだろう。 

 優しいことだ。ありがたい。

 

 僕は小さいころ、同級生と遊んでいるときに左目をケガしてしまったんだ。おかげで視力を失い、眼球が白くにごってしまってね。

 それからというもの。仲間からは気持ち悪いとささやかれ、大人からは化け物だとかげ口される。

 行き交う人には病気でもないのにうつると遠ざけられたんだ。


 もちろん、青春なんてなかったよ。寝てもさめてもうなされる。気味が悪い、気持ち悪い、のあの口のかたちに。そして、汚いようなものでも見る目。

 僕は心を閉ざしていった。

 ただし、人と接しなくても1日に100回はふきだんすんだよ。いっそ、この目をくり抜いてしまえ!ってね。

 そのたびに左目をおおう。こっそりと自殺用のピストルも持ち歩いていた。


 でもでも、そんな生活が苦しくて苦しくて。

 ついにはイギリスを飛び出し、裏側の日本までやってきた。もちろん、言葉も知らない。文化も知らない。

 だが、そのためだったんだ。どんなことを言われても理解できないし、何も聞こえないんだから。僕の心は平穏へいおんだった。

 

 ただし、それはほんのつかの間。どこでもそうだ。目は口よりも語るんだよ。

 わざわざ、振り返る。指を差して声を殺して笑う。そんな非道。僕はまた心を閉ざした。

 情けないというなかれ。やけくそなのか、へビースモーカーになって煙で顔を隠したんだよ。もし煙の出ないタバコだっったら、僕は発狂していただろう。

 

 その白い煙の中で、見つけたものが2つある。

 それは日本の妖怪ようかいやおとぎ話だ。面白いもので、よくよく探してみると興味深い。鬼は異形の姿だという。ただ、それは本当に人を喰らう鬼だったのか?

 泣き明かした顔は赤くはれあがり、目鼻立ちはやけにはっきりとしていた。どうやら流れ着いた外国人を思わせる。

 いやいや鬼神として、尊敬を。だがその後、神は生け贄になるのが相当だった。


 また、片足の妖怪。一つ目の妖怪。そして顔なし。なぜか彼らは夜に徘徊。危険な場所、よどんだ場所に現れる。決して日の目を浴びることなし。

 よくよく考えると、彼らは身体的な不具合ではないだろうか?ケガや ケガや病魔に苦しんでいた。

 僕のにごった目には差別され、しいたげられた人々のなれの果てに見えたよ。悲しいかな、彼らはみすぼらしい場所に隔離され、それでもまだ異形として退治たいじされるのが常だった。

 

 河原者。かわや者。

 怖がられ、指を差され、石をぶつけられ、追われて、行きつく先の正義の討伐とうばつが絵本になる。子どもがそれを見て、やんややんやと笑顔で喜ぶ。

 本当はいつ、退治されるかビクビクしているだけだった。そんな僕にも彼女ができた。それが2つ目だった。



 彼女は家が貧しくて小さいころから家業を手伝っていたという。だからやたら体も大きく筋肉もついてしまった。ちょうど僕にて一人ぼっち。だからつながりやすかった。


 でも でも でも でも  差別は貧しい心の信奉者

 他人の幸せを否定する。

 ねたみを正当化する。

 最低な言葉を生み出す。

 健常者けんじょうしゃの彼女でさえ、同類の日本人にも関わらずラシャメン(洋妾:外人のお金に目がくらんだ愛人)と極端に差別し、つまはじきにするのであった。

 

 この国は差別のない国ではない、差別に気づかない国。偏見へんけん侮辱ぶじょくの対象を好奇の目で探してくる。

 僕はいいが、親子や愛する人まで混ぜて攻撃対象、殺害予告。目をつついて、足にかみつき、仲間と組んで何が退治だ!

 


 そして今、この禁足地にいる。そこで初めて知った。日本の療養りょうようという隔離。

 そうだ、実際は悪臭極まる部屋である。

 原因は先に監禁されていた男の残骸。かべに残った引っかき傷。

 いわく悪魔を閉じ込めた。いわく鬼。いわく化け物。いわく呪いだ。

 その正体は病気に苦しむハンセン病患者の悲痛。それは人権とはほど遠い土のない墓場であった。


 そう、見た目が100%。

 外国人は生き血を飲む(ワイン)。生き血をとる(血税・納税)。工場の女性の生き血をしぼって飲む(富岡製糸場)。

 そして、ハンセン病患者は息をするだけで、その呪いがうつるとされていた。

 

 ただ、その病とは細菌が入り込んだ疾病しっぺいであり、今ではその耳で病名を聞かないほどに対応できる病気だ。もちろん、精神病とも違う。

 しかし、残念ながらその後遺症こういしょうに問題があったのだ。

 治っても変形が見られ、元どおりに治せない。手足がダンゴ虫のようにはれあがり、ぶどうのような顔もあり。目をそむけるような外見になってしまう。

 

 また、病名すら知らないときはキツネにとりつかれた、悪霊にとりつかれた、信仰をおろそかにしたばつだと言われた。 

 その意味するところは、

『とりつかれた、おまえの心にすきがあった。おまえが悪い、おまえのせいだ!』

 それこそがおとぎ話の正体である。

 そう、無知ムチと偏見が勝手に彼らを鬼にした。患者だとわかると、自宅に警察が乗り込んでくる。それも土足は当たり前。

 害虫の住みかだと言わんばかりに、家中を消毒。患者も着る物もままならず、くさりにつなぎ、鉄格子てつごうじしにぶちこんだ。

 その後はおよそ病院とはほど遠い、害虫扱いで監禁部屋へ。空気感染も疑われていたから、国や自治体はキャンペーンだと後を押す。

 もう、死しかない。

 

 鬼は一人ぼっちだよ。なぜなら、家族に迷惑をかけまいと、夜中に家から逃げるんだ。普通に生活ができるにも関わらずに、だ。その背中は明日の自分かもしれない。今でもそのいやしい目は続いている。



 軍服姿の牟田口という人物はこう言った。

「この禁足地の入り口にご神木がある。そこへ自分のわら人形を打ちつけてみてはいかがかな?

 そこで、あなたがたは生まれ変わる。過去の自分を捨て、新たな未来を手に入れるのだ」

 また、この男も軽口でだますやからだろう。

 しかし、それでも人の言葉で話しかけてくれるのだから!


 悲しいかな。患者は長い差別を受けると、言葉が理解できなくなる。なぜなら、すべてが命令へ変わる。口ではなく、ムチに変わる。

「もう、充分だろう。

 異形による客寄せ。かげ口。指差し。一切はあなたたちのせいではない。

 これからは同じ顔と同じ服、同じ言葉を使えばいい」

 この地には老若男女、貧しい人から病気に苦しむ人と多種多様が集められたようだ。

 僕はその一員になれたことで、ホッとしていたのかもしれない。今度こそ、退治されないじゃないかと思って。

 それが久しぶりにあの罵声を聞いた。全身に震えが走る。


 もう嫌なんだよ。おりにいれられた動物園のごとく『かわいそうな異形』で指を差されることも。手を差し伸べてくれた人までも見世物にさせられることも。

 悲しみの涙の川はもう、れていた。みんながみんな、つかれ果てていた。

 だから、許しの言葉は心に響く。この、山の中腹にある旧隔離施設の周辺。もともと自生していたケシを畑に改良したという。集まった患者たちはせっせと仕事にはげんだ。

 犯罪だろうが知ったことではない。そこには後ろめたい目や口はなかった。


 今、流行のハラスメントの類は100年たったら、おとぎ話。

 その目はにごっていないだろうか?

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