【宗】第21話 酒池肉林の後始末
正義感の強かったおでん。あれから早くも1年経った……。
この、血なまぐさい部屋。鬼の形相で息絶えていた楠本に、その彼女を犯し続けていた石井の死体が折り重なる。
おでんはといえば、ブツブツとつぶやくように放心状態。ひざまずいて頭を下げている。馬場は全身、力がぬけたように立ち尽くしていた。
未だ硝煙が鼻につく。2人の後ろでは狂気の笑みを浮かべている宮武がいた。
大人が子どもたちを喜々として撃ち抜いた惨劇の目撃者。もともとこの部屋には撃ち抜かれた石井を含め高校生の3人がいた。そのうちの1人、
彼らは何をしているのだろう。大量の血が飛ぶ。
ようやく静かになったかと思うと、なにやら念仏が聞こえるぞ。
何か、ありし日の過去を思い出せる気がしていた。
1796回、目覚まし時計が鳴り響く。
その警鐘に記憶も、心身も、一気に時代は江戸中期にまでさかのぼっていた。
(江戸時代の延命院事件。お寺の境内で住職主催の悪魔的乱交パーティーへの招待状をお届けいたしましょう!)
新しい生活だ。そのとき日潤は友人の
もう、朝。柳全が彼の
「今日から住職だろ! 早く起きろよ!」
ムニャムニャと目をこする。才能あふれる日潤は若くして住職に
「ああ、すまない。っんん?」
ポツンッ! 天井から雨つぶだ。
「もしかして、雨もりか? すぐに大工を呼んでくれ!」
「あのなぁ。そんな金、この延命院にはないって。むしろ借金まみれだぞ」
「バカな! それなら
この強気。当時、お寺は住民台帳を持っていた。
仏教第一。一にも二にも、キリスト教は許さない。だから国民全員、仏教徒。そのため出生、死亡記録にともなう身分証明書もにぎっている。
当然だが、運転免許証や健康保険証もない時代。つまりは市役所のような役割をお寺がになっていたのだ。
いつになく弱気な柳全だ。
「あのなぁ、今は超不景気なんだ。お金もない、仕事もない、身分も捨てて夜逃げなんてザラなんだ。おかげで寄付金が集まらず、廃寺なんてよく聞く話だ」
なるほど、そういうことか。先代がホイホイと代をゆずった理由がわかったよ。
初日から頭が痛い。
「じゃあ、手っとり早くギャンブルの
お寺の収入は寄付と寄進。寺子屋といった子どもたちを人質にとって強制徴収も可能であるが、まだるっこしい。
そのため、人別帳以外にも特権が与えられていた。
それは税金面の優遇と土地の補償だよ。
よく、地名で『寺町』『門前町』などあるがお寺の独立した土地の名残である。そして、そこでの相撲試合など境内でギャンブルを公的に許した。富くじといった、宝くじも販売することもできたのだ。
その変わりに、『政府の犬になれ』と。
宗教とは強大で危険な力である。政府は仏教をうまく飼い慣らし、300年もの栄華を可能にしたのであった。
柳全はなげく。
「おそらく無理だな。新規に立ち上げるなんて、時間と根回しがかかりすぎる。むしろ、
そうそう、日潤は歌舞伎役者からの転身者。今で言う若手有名男優だろう。
ただ、歌舞伎とは
「このお寺もヤバいのか?」
柳全も頭をかく。
「ああ、地道に稼ぐしかない」
ため息まじりの日潤だ。
「坊主が借金地獄なんてシャレにならんよ。お金持ち相手にどうにかならないか?」
「無理無理! 今の世の中、右も左もスッカラカンだ。そもそもお金持ち自体、希少種だよ。あるとしても、セレブの女性ぐらいか」
さて、セレブの女性と言えば大奥だ。それは将軍様の夫人候補が集められた秘密の花園。お金はくさるほどあるらしい。
しかし、外の血は混ざってはいけないと江戸城で監禁状態。だからこそ彼女たちが豪遊、散財することが難しかった。
それでも確認する日潤だ。
「大奥か。彼女たちが外出OKなのは親が死んだときと、先祖に
柳全もひらめく。
「なるほどな。ここはお寺だ。お祈りもできて、
日潤はニヤリと笑う。
「いいや、物品だとアシがつきやすい。そこでだ。マクラ営業だよ。
俺のサオで
悪くない。確かに、それなら初期投資も少なくてすむ。
柳全は大工に連絡した。
「そうだな。そうと決まれば、本尊の裏を改造だ。そこの屋根の裏に穴を開ける」
ハアッ? 驚くのは日潤である。柳全も悪い顔でニヤついた。
「わかってないな~~~。仏像の裏をプレイルームに変えるんだよ。むしろ背徳感があって、その方が萌えるだろ?
そこでホントに水をさすんだよ。愛し合っているとき。建物がボロボロなんて、かわいそうな日潤様。修復費なんて、ホイホイ出すだろ」
「いいね。おまえも悪だねぇ」
借金返済の希望がわいてきた。2人は勢いよく手をたたいていた。
お寺が舞台の酒池肉林クラブ。
昼間は元アイドルの人気の説法。そして夜には
千両商売だ。あこがれの日潤様と一夜を共にし、お祈りと称してお金を巻き上げる。それも秘密性があり、何かと言い訳が立つお寺では何もかも都合が良かった。
まずは柳全が選別だ。カモはお金持ちか? 体にアザなど病気はないか?
そして特別祈祷と称し、本尊裏へ誘うのである。
良い声で説法。ただ、いつしか日潤は手をにぎっている。施術とだまし、体のほてりと汗の具合、目のとろけ方を探るのだ。
これにはたまらず彼女たちも告白するのだが、日潤は何も言わずじっと見つめてる。
お互いのくちびるがふれるか、、、近く、、、近づく、、 だが、
「今日はここまでにしましょう………」
そう、最後はつれないのだ。
はたして彼女たちはあきらめるだろうか?
生殺しのまま、初回と2回目は終了した。
そして、犯行の3回目。すでに日潤は白装束で、
ここで彼は『儀式』という言葉を使う。
「授かる子どもは神なのです。それならば、性交とは神をおろす
『儀式』とはすばらしい!
命知らずの逆バンジー、性器の一部を除く痛ましい行為。集団レイプや人肉食さえもこの言葉さえあれば、どんなハードルも越えられる。
『儀式』はおぞましさを超越する。あばらを切り、生きている者から心臓を取り出す。川の増水を止めようと、生きたまま土中へうめる。そのすべては『儀式』で片付けられる。
それが宗教のいう解放なのか? それとも
半年後。笑いの止まらないのは柳全だ。
「クククッ、まったくうまくいったな。彼女たちからの寄付のおかげで返済のメドもたったぜ」
ただ、
「いや、このままだと誰かに子どもが産まれてしまうかも」
『儀式』に
だだし、柳全はまったく動揺しなかった。
「大丈夫だろ。捨て子だって、お寺か町内で育てるのが一般的ルールだ。だからこの境内で1人増えようが気にもならんさ。
加えて子どもができれば、養育費とかで上乗せできる。悪い話でもないだろ?」
「まぁ、わかる。でも、なんだかんだで頭数が増えるんだ。当然、違和感があるだろ? 周囲から密告されるのが一番怖い」
もちろんバレれば、死罪確定。
柳全も難しい顔で腕を組む。
「そうか。それなら、心配のタネは早めにつもう。ククッ、こっそりと埋める穴ならいくらでもあるからな。
おっと、いけねぇ。おまえも言動には注意しろよな、クククッ」
だが、2年後。
どのように隠していても、怪しいウワサがたってきた。それは朝もやのかかる運命の朝だった。
力ない日潤。柳全はたまらず声をかける。
「どうした? ヤリ過ぎで体力不足か?」
首をふって否定する日潤だ。
「違う。御神木、あっただろ。枝に首を引っ掛けて、女性が息絶えてたよ」
「マジか! それでどこの女か?」
「おまえが、ずっと政府の犬じゃないかとにらんでいた彼女だ」
柳全は舌打ちする。
「チッ、そうか。だが、処理する側の気持ちにもなってほしいな」
「……大丈夫だ。もう、俺が降ろしてきた」
深いため息の日潤だ。そのとき、柳全はまだ彼の異変に気づかない。
「オオッ、手際がいいな。実は俺、体力不足でな。
クククッ、昨日の乱交パーティーは大変だったからよ。あのキツネ顔のすました彼女が、ヨガリ狂ってな。跳ね馬みたいに腰をふるもんだから、俺も下からバインバインって突き上げてたんだ」
このころ、すでに延命院は大盛況。
複数人を同時に相手するようになり、日潤1人では対応できなくなっていた。そこで柳全も参加するようになっていたのである。
ただ、この冗談めいた話にも日潤は暗い顔のままだった。それでも柳全は続ける。
「今度はさ、おまえが本尊で読経してろよ。その裏で俺や弟子たちで、輪姦するから。どっちの声が勝つか勝負しようぜ」
あさましい。日潤が深い声で柳全を問い質す。
「あの女性、………おまえが殺したんじゃないのか? 口封じのために」
一瞬、柳全の顔がくもる。
「そんなわけあるか!
日潤の
「つまりだ。私たちは
「どうした? 今日はやけに突っかかってくるな」
わざとらしく、のぞき込む柳全。その
「当たり前だ! 俺たちは仏門の徒だろ! おまえの縄目のついたその手! なぜ、そこまでしなければならなかった!」
柳全は開き直る。
「しょうがないだろ。あいつは政府の犬だったんだ。このことがバレたら、俺もおまえも死刑だよ。
他にももぐりこんでいる犬がいるらしい。見せしめのためにも殺すより仕方なかったのさ」
「仕方ない? 仕方ないで命を奪うか!」
「ああ、そうさ!
境内の外は地獄の荒野だぞ。食料もない、救いもない。いつ、このお寺だってそうなるかわからないんだ。
何かを犠牲にして生きていく。それが目の前で起こっただけだ。仏も目をつぶってくれるだろうさ」
日潤は首つり遺体を降ろすとき、初めて本気で念仏を
そして何万回も考え直す。この姿。念仏もろくにできないクソ坊主だったのかと!
しばらく聞いていた柳全だが白けた顔で開き直る。
「ああ、わかったよ。次はおまえの知らないところで対処すっから」
やはり日潤の耳には届かない。意外な話を切り出した。
「誰でもな。九死のときにおがむものだ。両手でにぎる。両手を合わす。目を閉じる。頭を下げる」
柳全は少し肩をなで下ろす。
「な~んだ、お悩み相談か。そうだよな、聞いているこっちも人なんだ。気晴らしに今度は寺子屋の男子でも食べてみるか?」
あわれみの目で見つめている日潤だ。
「柳全、おまえは気づいていないのか?
欲望は満たされないよ。だからいつもかわいているんだ。
不満だった。不安だった。それをお金でふさごうとする。ただ、せまりくる九死にははそんなもの何の役にも立たなかった。
立ち返ろう。救う旅は自らの救いの旅だよ」
「クソッ、きれいごとで生けていけねぇよ! 死んだら終わりだ!」
「俺は死に方の話をしている!」
日潤の目は白さを取り戻す。
柳全は昨日まで自分の姿だ。欲望のままに暮らし、明日も尽きない欲望に心を奪われる。
「俺たちは政府の犬だ! 犬が犬を吊して何が悪い!!!」
日潤の落ち着いた声。
「ああ、悪いよ。仏は不
今はただ、やすらかに ・・・与えたもう・・・
(この事件の顛末は奉行所の部下の娘が潜入調査。ついには証拠をつきとめ、逮捕にいたる。だが、生娘だった彼女はこの事件が片づくと自殺をとげたのであった。)
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