【宗】第21話 酒池肉林の後始末

 正義感の強かったおでん。

 それがこの、血なまぐさい部屋。自分をうらみながら、消える命を見て放心。今ではブツブツとうなだれている。その先には恨み言と鬼の形相で死体をさらす楠本だ。さらに、楠本を犯し続けていた石井の死体。頭も半分、爆ぜている。

 馬場の後ろでは狂気のツバを吐く宮武だ。

 

 もう、何を言っているのかもどうでもいいだろう。部屋のすみに逃げ込んていた学生のうちの1人。日潤にちじゅんは力のない体育座りで一連の惨劇を眺めていた。

 ただ、よく聞くと念仏が聞こえる。となえるのはおでんだろうか?

 何か、ありし日の過去を思い出せる気がしていた。


 1796年の目覚まし時計が鳴り響く。


 新しい生活だ。そのとき日潤は友人の柳全りゅうぜんとお寺で共に住んでいた。

 もう、朝。柳全が彼の布団ふとんを激しくゆする。

「今日から住職だろ! 早く起きろよ!」

 ムニャムニャと、目をこする。才能あふれる日潤は若くして住職に抜擢ばってきされた。そのため、いまだ高校へ登校するのヒマもない。


「ああ、すまない。っんん?」

 ポツンッ! 天井から雨つぶだ。

「もしかして、雨もりか。すぐに大工を呼んでくれ」

「あのなぁ。そんな金、この延命院にはないって。むしろ借金まみれだぞ」

「バカな! それなら寄付きふで集めろよ!」

 この強気。お寺は住民台帳を持っていた。

 当時は一にも二にも、キリスト教は許さない。だから国民全員、仏教徒。ついでに、生死の報告も受けているから人別帳も持っている。ちょうど市役所のような役割もあったのだ。

「お願いなんて、とっくにしてるよ。でもな………」

 いつになく弱気な柳全だ。日潤は納得ならない。

「なぜだ! 俺たちが乞食こじきどもの身分を保障しなければ、仕事も旅もできないんだぞ! うまくおどせば、ホイホイお金を出すはずだ!」

 ちなみに出生記録だけでなく、それにともなう身分証明書もにぎっている。運転免許証や健康保険証もない時代なら、誰がその人だと公的に証明する?

 つまりお寺。

 それをたてにお寺はお金をせびることもできるのだ。


 ただ、柳全は頭をふる。

「あのなぁ、今は超不景気なんだよ。お金もない、仕事もないと、夜逃げも多くてな。寄付が集まらなくて、廃寺なんてよく聞くぜ」

 なるほど、そういうことか。先代が代をゆずった理由がわかったよ。

 初日から頭が痛い。

「じゃあ、手っとり早くギャンブルの元締もとじめだ。もしくは格闘技のプロモーターとして、お金をかせごう」

 ただし、お寺の収入は寄付や寄進。逃げられては追っていくこともできない。寺子屋など子どもを人質にとって、強制徴収も可能であるが、まだるっこしい。

 そのため、人別帳以外にも特権が与えられていた。


 それは税金面の優遇と土地の補償だ。よく、地名で『寺町』『門前町』などあるがお寺の独立した土地の名残である。そして、そこでの相撲試合など敷地内でギャンブルを公的に許した。富くじといった、宝くじも販売することもできたのだ。

 その変わりに、『政府の犬になれ』。

 宗教は強大な力。密告もそうだが、逆らうなと首に鈴をつけるのであった。


 柳全はなげく。

「おそらく無理だな。新規に立ち上げるなんて、時間と根回しがかかる。むしろ、歌舞伎かぶき出身だったおまえの方がよく知っているだろう?」

 そうそう、日潤は歌舞伎役者からの転身者。

 歌舞伎は世襲せしゅうとガチガチの年功序列の世界。絶望した彼は、坊主に転身したのだが………。

「このお寺もヤバいのか?」

 柳全も頭をかく。

「ああ、地道に稼ぐしかない。だが、おまえには歌舞伎出身で知名度がある。それだけでも賽銭さいせんが入るだろう」

 だったら、役者のままでよかったぜ。ため息まじりの日潤である。

「そんな日銭。まとまった金になるまでいつになる? そうだ! お金持ち相手ならどうだろう?」

「無理無理! 今の世の中、右も左もスッカラカンだぜ。お金持ち自体、希少種だ。あるとしても、セレブの女性ぐらいだろうよ」

 さて、セレブと言えば大奥だ。それは将軍様の夫人候補が集められた秘密の花園。お金はくさるほどあるらしい。

 しかし、外の血は混ざってはいけないと江戸城で監禁状態。だからこそ彼女たちが豪遊、散財することが難しかった。


 だから、お金が回らない。経済も回らない。

 それでも確認する日潤だ。

「大奥か。彼女たちが外出OKなのは親が死んだときと、先祖にいのりをささげるときだろ? だったら、ここはお寺だ。結構、いけるんじゃないのか?」

 柳全もひらめく。

「なるほどな。ここはお寺だ。お祈りもできて、供養くようもできる。そんなとき、つぼやら護符ごふやら高額で売りさばけばいいと」

 そこでニヤリと笑う日潤だ。

「いいや、物品だとアシがつきやすい。そこでだ。マクラ営業。

 俺のさおでり上げるってのはどうだ? 俺はまだ、イケメンで有名なんだろ?」

 悪くない。確かに、それなら初期投資も少なくてすむ。


 柳全は大工に連絡した。

「そうだな。そうと決まれば、本尊の裏を改造だ。そこの屋根の裏に穴を開ける」

 ハアッ? 驚くのは日潤である。柳全も悪い顔でニヤついた。

「わかってないな~~~。仏像の裏をプレイルームに変えるんだよ。むしろ背徳感があって、その方が燃え上がるだろ?

 そこでホントに水をさすんだ。愛し合っているとき。建物がボロボロなんて、かわいそうな日潤様。修復費なんて、ホイホイ出すだろ」

「いいね。おまえも悪だねぇ」

 借金返済の希望がわいてきた。二人は勢いよく手をたたいていた。



 お寺が舞台の酒池肉林クラブ。昼間は元アイドルの人気の説法。そして夜にはひそかに女性の出入りが増えていく。

 千両商売だ。あこがれの日潤と一夜を共にし、お祈りと称してお金を巻き上げる。それも秘密性があり、何かと言い訳が立つお寺では何もかも都合が良かった。


 いつしか日潤は手をにぎっている。施術とだまし、体のほてりと汗の具合、目のとろけ方を探るのだ。

 これにはたまらず彼女たちも告白するのだが、日潤は何も言わずじっと見つめてるだけだった。

 お互いのくちびるがふれそうまで近づく。だが、

「今日はここまでにしましょう………」

 そう、最後はつれないのだ。

 はたして彼女たちはあきらめるだろうか? 

 いな! 本尊ではお香をたき、お弟子さんたちが経典を音読している。そんな夢ごこちな心境。なんだかストレスも抜けたみたい。あと、にわかに下半身もムズムズするの。

 生殺しのまま、初回と二回目は終了した。


 そして、犯行の三回目。すでに日潤は白装束で、蚊帳かやと布団も用意されている。そのわきで、甘い香木をたいていた。

 ここで彼は『儀式』という言葉を使う。

「授かる子どもは神なのです。それならば、性交とは神をおろす厳粛げんしゅくな儀式。むしろ、あなたこそ神に選ばれた聖人なのです」


 儀式とはすばらしい!

 命知らずの逆バンジー、性器の一部を除く痛ましい行為。集団レイプや人肉食さえもこの言葉さえあれば、どんなハードルも越えられる。

 儀式はおぞましさを超越する。あばらを切り、生きている者から心臓を取り出す。川の増水を止めようと、生きたまま土中へうめる。そのすべては神聖で片付けられる。

 それが宗教のいう解放なのか? それとも贖罪しょくざいなのか? ろうそくの炎が燃え上がった。その影は仏像の背を照らし、けもののように交わる二人を映していた。



 半年後。笑いの止まらないのは柳全だ。

「クククッ、うまくいったな。彼女たちからの寄付のおかげで借金のメドもつきそうだ」

 ただ、けわしい顔の日潤だ。

「いや、このままだと誰かに子どもが産まれてしまうかも」

 儀式に避妊ひにんなどしない。たっぷりと中出しだ。

 だだし、柳全はまったく動揺しなかった。

「大丈夫だろ。捨て子だって、お寺か町内で育てるのが一般的ルールだ。だからこの敷地で1人、増えようが気にもならんさ。

 加えて子どもができれば、養育費とかで上乗せできる。悪い話でもないだろ?」

「まぁ、分かる。でも、なんだかんだと頭数が増えるんだ。当然、違和感があるだろ? 周囲から密告されるのが一番怖い」 

 もちろんバレれば、死罪確定。

 柳全も難しい顔で腕を組む。

「そうか。それなら、心配のタネは早めにつもう。門前のヤクザを使って探りを入れてみようか」

 そう、この『門前町』。境界線がそのままお寺のもんである。

 もし犯罪者がお寺の敷地内へ逃げ込めば、簡単に捕まえることができない。だからこそ、その境界線では違法な露店や大道芸、客を呼んでは商売が成り立っていく。そこへ乞食も集まり始める。次第ににぎわいをみせると、それらを支配するヤクザのシマの出来上がりというわけだ。

 しかし、境界の外では底知れぬ飢餓きがが広がっていた。



 さらに2年後。どのように隠していても、怪しい延命院とウワサがたってくる。朝もやのかかる、それは運命の朝だった。

 力ない日潤。柳全はたまらず声をかける。

「どうした? ヤリ過ぎで体力不足か?」

 首をふる日潤だ。

「違う。本尊の鈴、あっただろ。あの縄に首を引っ掛けて、女性が息絶えてたよ」

「マジか! それでどこの女か?」

「おまえが、ずっと政府の犬じゃないかとにらんでいた彼女だ」

 柳全は舌打ちする。

「チッ、よかったよ! だが、処理する側の気持ちにもなってほしいな」

「……大丈夫だ。もう、俺が降ろしてきた」

 深いため息の日潤だ。そのとき、柳全はまだ彼の異変に気づかない。

「オオッ、手際がいいな。実は俺、体力不足でな。

 昨日の乱交パーティーは大変だったからよ。あのキツネ顔のすました彼女が、ヨガリ狂ってな。跳ね馬みたいに腰をふるもんだから、俺も下からバインバインって突き上げてたんだ」

 このころには大盛況。

 複数人を同時に相手するようになり、日潤1人では対応できなくなっていた。そこで柳全も参加するようになっていたのである。

 ただ、この冗談めいた話にも日潤は暗い顔のままだった。それでも柳全は続ける。

「今度はさ、おまえが本尊で読経してろよ。その裏で俺や弟子たちで、輪姦するから。どっちの声が勝つか勝負しようぜ」

 あさましい。日潤が深い声で問うた。

「あの彼女、………おまえが殺したんじゃないのか? 口封じのために」

 一瞬、柳全の顔がくもる。

「そんなわけあるか。嫉妬しっととか、子どもができたとかじゃないのか? 適当に埋めてやろうぜ」

 日潤の眉間みけんにしわがよっている。

「つまりだ。私たちはうらまれるようなことをしているわけだ」

「どうした? 今日はやけに突っかかってくるな」

 わざとらしく、のぞき込む柳全。その芝居しばいじみた態度に、日潤は声を上げずにいられなかった。

「当たり前だ! 俺たちは仏門の徒だろ! おまえの縄目のついたその手! なぜ、そこまでしなければならなかった!」

 日潤の遺体を降ろす作業は重労働であった。

 力ない遺体はズシリと重く、穴という穴から生臭い体液。伸びきった彼女の首はろくろ首だ。目も半分飛びだし、青紫色に変色。口の中には附子ぶす(トリカブトの新根)が引っかかっていた。

 もしや誰かの毒殺か? いや、考えたくない! その手に疑惑が離れなかった。

 

 柳全は開き直る。

「しょうがないだろ。あいつは密偵だったんだ。このことがバレたら、俺もおまえも死刑。殺すより仕方なかった」

「仕方ない? 仕方ないで命を奪うか!」

「ああ、そうさ! 境界の外は地獄の荒野だぞ。食料もない、お金もない、救いもない。いつ、このお寺だってそうなるかわからないんだ。

 何かを犠牲にして生きていく。それが目の前で起こっただけだ。仏も目をつぶってくれるさ」

 日潤は初めて本気で念仏をとなえた。俺も同罪。その恐ろしさのあまり、たどたどしくかみながら。

 そして何万回も考え直す。この姿。念仏もろくにできないクソ坊主が!


 しばらく聞いていた柳全が白けた顔で割り込む。

「ああ、ああ、わかったよ。今回は見せしめのつもりだったんだ。次はおまえの知らないところで対処すっから」

 やはり日潤の耳には届かない。逆に念仏を止め、意外な話を切り出した。

「俺の同級生から久しぶりに連絡があったんだよ。山で輪姦するから参加しないかと」

 柳全は少し肩をなで下ろす。

「な~んだ。気晴らしにいいじゃないか。遊んでこいよ」

 柳全の肩に手を置く日潤だ。

「すなまい。俺はその同級生たちを救ってくる。もちろん、救えたら全員救いたい」

 救いだと? 柳全は豹変ひょうへんする。

「ハアッ? 寝ぼけてんのか! 坊主みたいなこと言うなよ。このお寺はどうする?」

「もう、閉じよう。すべて、俺の犯行でかまわない」

 全身がかゆくなる。怒号の柳全だ。

「そう言って、おまえだけ逃げる気だろ! 卑怯ひきょうなことは許さねぇぞ!」

「柳全、おまえも気づいていないのか? 

 欲望の皿は穴ばかりだ。だから、満たされない。いつも不満なんだよ。

 不満だった。不安だった。それをお金でふさごうとする。確かにこぼれる量は減っていったよ。ただ、穴はお金で汚れていった。

 立ち返ろう。救う旅は自らの救いの旅だ」

「クソッ、きれいごとで生けていけねぇ! 死んだら終わりだ!」

「俺は死に方の話をしている!」 

 日潤は彼の肩から手を外す。

 柳全は昨日まで自分の姿だ。欲望のままその日を暮らし、明日も尽きない欲望に心を奪われる。

 そう言って日潤は自分の性器の根元をきつく縛った。思いがけず、激しく勃起ぼっき。太い、直立の肉棒が充血する。

 その刹那せつな! 歯をくしばり、閻魔えんまの表情。縄を切ったそのナタで、日潤は自分の性器を断ち切ったのだ。

 床には一面の大出血。腰をぬかす柳全だが、全身をふるわせる日潤だった。


 激しい呼吸の中、

「行ってくる。彼女の成仏も頼んだぞ!」

 日潤は子鹿こじかのような足取りで、延命院をあとにした。

 そして今、宮武たちの狂乱に思い知る。結局、誰も救えなかった無残。明かな力不足だ。それは自分が慈愛につくした時間だろう。

 今はただ、やすらかに    ・・・与えたもう・・・

                南無阿弥陀仏


              (延命院酒池肉林事件)

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