【欺】第20話 丸いスプーンでほど凶器になる
おでんは高校の校庭で立ちつくしていた。
ハトの糞にまみれたブロンズの二宮金次郎像。カラスの止まり木になっている巨大な老松。プールのような広大な池もある。
その深さは1921mもあった。
そこへ車いすを引き、カラ笑いしている老人が1人。彼は池に向かって100万円の札束を投げていた。
ドボンッ! ドボンッ!
少しも惜しむことなく、にこやかに放る。おでんはもったいないを通り越し、恐ろしさに声がつかえる。
「も、もし? あなたがここの校長先生です………か?」
ゆっくりと振り返る老人は金縁メガネに、純金の補聴器。絵に描いたような成金であった。
「いやいや。わしは校長ではなく、教頭の鈴木じゃ。それで、あなたはどなたかな?」
たるんだほほ。垂れきった耳たぶ。だが、鈴木は目線をそらさない。
嫌な圧だ。言いづらそうに答えるおでんであった。
「は、はい。私はあの、地元の新聞社の者です。
この秋、地元の山菜特集を考えておまして、山歩きのスペシャリストである松倉先生を2、3日お借りできればと思い、それでお願いに上がりました」
新人らしくあいさつの後に、名刺の後出し。
鈴木はそれを聞きながら警戒感を解き、考えあぐねていた。
「なるほどのう。来訪の予定は聞いておったが、あなたでしたか。
ただ、残念なことに昨日、校長が刺されたばかりでしての。私の判断では回答ができないのじゃ」
そんな! 固まるおでんであった。
もしかして、体のいいお断りなのだろうか?
そう、おでんがそのように勘ぐってもおかしくない。学校をひっくり返すような一大事の中。鈴木は常軌を逸したエサやりを楽しんでいたからである。
彼女の目の前では太陽に照れされた
はじける白いアワ。水ではなく、それは大量の上質なビールであった。
そして、20人ほどの美女たちが池の中ではしゃぐのであった。
学校とは道徳の
しかし、そんなことは知らない。
ちょうど今、合流した馬場が大興奮だ!
「うわ――――――、これがあこがれの酒池肉林! 俺も参加していいッスか?」
やんわりと断わる鈴木。
「おや、あなたも新聞の方か?
しかしのぅ、参加条件が金魚
つまりはこうだ。金魚鉢を池に見立てる。さらに鈴木が放る札束がエサで、美女たちが金魚という悪趣味であった。
そして今も彼女たちが狂乱中。水商売のオーナー、女優、秘書といった才色兼備の彼女たち。普段は
中にはグーパンチ。あるいは沈めようとしている。それどころか和服を脱ぎ捨て、素っ裸。
ただ、なんだ? 力なく浮いてる女性もいる。完全に白目をむいていた。
おそらく急性アルコール中毒だろう。すでに息をしているのか? その姿はあおむけで死んだ金魚そのもの。しかし、誰も助けない。唯一、注視するのは電光掲示板だけだった。
2億5000万円。今、池に放られた
おでんが不安そうにたずねる。
「あの人、大丈夫………でしょうか?」
「さて、わしはこの通り車イスじゃ。どうすることもできん。なんなら、おでんさんが助けてみてはいかがです?」
そこで、口をはさむ馬場だ。すでに目が¥マークになっていた。
「やったじゃん! おでん、行ってこいよ!」
ところどころで、浮いている紙幣もある。また、沈んでいるものもあるだろう。
「オイオイッ、何をじっとしてんだ! いいから拾ってこいって!」
浮き足立つ馬場。それをにらみつけるおでん。その間にも、鈴木は少し考えたフリで付け加える。
「アアッ、それなら良い案があるわ!
今、浮いているあの子の和服じゃ。あれを脱がせば、途中参加でも許すとしよう」
馬場は手を
「ヘヘッ! 聞いたかよ、おでん! あの子を引き上げたら、かまうことはない! 服を奪って拾ってこいって! 俺は人工呼吸だ。
おでんはもう、激怒せずにいられなかった。
「あなたたち何、考えてんの! 今、人1人死のうかというときにお金のことばかり考えて!」
馬場にきつめのビンタをお見舞いだ。そして、池へ飛び込むおでんであった。
バシャッ! ごうかいに白いアワがはじける。
「あの子はいい新聞記者になるじゃろ。ただ、感情のコントロールが未熟のようじゃな。今後、それがアダにならないよう気をつけるべきかの」
馬場は立ち上がり、
「ヘイヘイ。ご忠告、ありがとうございますね。
それにしてもホント、金持ちっていいですよね。誰からも怒られず、そのくせ
あらん限りの皮肉であった。さすがの鈴木も受けて立つ。
「なるほどの。あなたにはそのように映ったか?
それでは質問しようか。お金持ちと貧者の共通点は何だと思う?」
馬場の冷めた笑いだ。
「それは簡単だよ。どちらも好きな時間に寝れて起きれることだろ。俺は毎日、昼夜問わず走り回っているのによぉ」
鈴木の能面がくずれる。一気にしわが増えていた。
「フフフッ、残念ながら間違いじゃ。それは『殺される』心配じゃよ。
わしらは常に世間からかげ口や非難、殺害予告まで悪意を受ける。おかげで満足に眠ることができん。
逆に貧者もまた、病魔や借金取りから命をねらわれとる。寒さにたえ、熟睡することもできん」
馬場は下らないと、バッサリだ。
「それはどっちも
「なるほどの。すべてが自分の過去の結果だと? 親や友人の借金だろうと、誰もがそれを受け入れて満足していると?」
ぐうの音も出ない馬場である。鈴木はさらにたたみかけた。
「おぬしらは正しいことを御大層に言うのぅ。ただ、実践はほとんどしない。
それに比べ、わしらには底知れぬ重い義務がある。
それは『ノブレス・オブリージュ』。
(高い地位にある者は、それに見合う徳を備え、寄付や寄贈・ボランティアや社会貢献といった重い義務を果たす必要があること。)
要は
日夜、二宮金次郎のように努力を積み重ねて、成功。
そのあかつきに社会貢献も充分、関わってきた極悪人の話。
ある日、
それに目をつけたメディアがバッシング。
『あの会社は私腹を肥やし、吸い上げている』と。だからしぶしぶ話を聞くと、じれる詐欺師に刺殺されてしまった。
(※ 安田財閥の初代、安田善治郎暗殺事件)
この結末にメディアが賞賛。
『お金持ちへの
ゴシップ記事は売れに売れた。
財閥、有名人や芸能人は悪であれ。だが、その記事はいずれ来る空襲とともに焼け野原となる。
「わかるか?
お金持ちや権力者は腹黒いものだと、決めつけている。
逆にわしらから見れば、ジャーナリストは何を言っても許される、何をやっても許される、暴力の王様に違いない」
鈴木が車いすのボタンを押す。すると、美女たちはいっせいに取り合いを止めてしまった。
おでんが助け出した女性も気を戻す。白目から黒目へと戻した。
池の馬鹿騒ぎも劇場。社会も劇場。人生も劇場。だったら、必ず悪役が必要である。そう、無数の見物人が言った。静まりかえる水面だった。
「だましてごめんなさい。大丈夫だから」
今度はおでんが目を丸くする。
「本当に、大丈夫なんですか?」
「ええ、全部演技よ。そこにいるみんなもね。
私たちはお金に目がくらんだ軽い女じゃない。知的で、スタイルもよくて、しゃべりもうまくて尻も軽い? 冗談じゃない!
新聞記者さんには真実を書いてほしいの。ちなみに私たちを
お金持ちも貧者も、死ととなり合わせだ。それを面白おかしく、つなぎ合わせで暴露するやり方と、それを良しとする社会に
ただ、ドン引きするおでん。
「それ言うために、これだけのことを仕込んだんですか? まったく怒りも覚めましたよ」
辺りは笑いに包まれた。
後日、馬場はその場面を切り取り『瀕死の女性を囲んで、大笑い!』と特集した。
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