【欺】第19話 口数の多い拷問官

 新聞社と同じ地区内にあった陸軍士官学校跡地の私立高校。

 なぜか、そこで宮武は松倉の授業を聞いている。それは保護者参観のように教室の後ろで立っていた。


 教壇に立つ松倉は白のスーツに黒のネクタイ。真っ白な顔に真っ青なくちびる。切れ長の目にオールバックの金髪であった。

 彼は生徒に質問する。

「一番、有効な拷問ごうもんは何かね?」

 生徒の1人、平賀が手を挙げる。

「それはやはり電流だと思いますよ。一瞬で、簡単に飛び上がるほどの激痛です。労力もかかりませんからね。

 さらに、筋繊維きんせんいの破壊。これが本当に苛烈。でっかいハサミでチョキチョキと体をきざまれると思ってみてください。まず筋肉が使えない。逃げ出すことができなくなりますよ。

 よく映画やドラマで、拷問をくわえた後でも囚人しゅうじんが動けているシーンがありますが、あれはきっと微弱なんでしょう。

 本来なら体を跳ね上げるほどの振動で骨が外れる。もしくはズレる。流した後も痛みが消えず、スイッチに手をかけただけで泣きさけぶようになりますよ。

 また流すときにははだかにして、水をかけると効率がいいでしょう。しかし、血管から血が噴き出すほどではやりすぎです。そのうち、心臓が止まりますから。

 その他、間違って舌をかみ切ってしまうおそれがあるので、そこは注意しましょう」

 感心する松倉だ。メモまでしていた。

 


 次に、松倉は『日本の伝統的な拷問は何か?』と質問を直す。すると生徒の1人、江藤が手を挙げた。

「おそらくはりつけ獄門ごくもんですかね。

 まずは犯罪者を大きな十字の角材にしばりつけて、手足の自由を奪います。その後、脇腹から対角線上にやりを突き、肩に向けてゆっくりとつらぬいていきます。

 だからこそ、一瞬で死ねません。

 見えてるんですよ。見せるんです。自分の腹をとがった先端がぶち抜いていく様をね。

 当然、悲鳴であごが外れる。ズブズブと肋骨ろっこつをさけながら肩へ向かい、槍の先が30センチぐらいまで外へ出すのが基本でした。

 この両方からの突きを2、30回繰り返します。人の心臓が中心にないので、一突きで終われないのが難点でしょう。失血死が先か、ショック死が先か? 最後にのどを突いて仕留めます」

 その後、江藤は教壇きょうだんへ立つ。

 無言で手際よく、ねんどで盛り土。その中心に大きな逆さ針を固定した。そこで自分の首をくし刺すと、

「さて、これが獄門です。首を斬った後、さらに公衆の面前へさらす。そうすることによって、今後のいましめと仲間のあぶり出しに使いました」

 いつの世も怖いもの見たさに大勢が群がるもの。

 それは残忍であればあるほど、抑止よくし力につながるわけだ。また、仲間の顔をもしくは身代わりになった顔を最後に見ようと集まる不審特定にもつながる一石二鳥だ。


 しかし、松倉はその生首を無造作にゴミ箱へ捨てる。

「いやいや、わたしが質問したのは拷問の話ですよ。

 ちなみにあなたはそのみじめな生首をあろうことか写真にとられて、各県庁にまかれたそうですね」

 ゴミ箱で、激怒する江藤である。

「そうだったんですか! 自分が死んだ後、そんなひどい扱いに!

 でも、県庁ですよ、県庁。それはチョンマゲや江戸時代の話ではないんです」

 

 生首さらしの全国版だ。

 彼は明治政府の最上級の功労者。

 近代的な裁判の確立に力を注いだという。しかし、政治家もお金持ちも平等に裁いたため、うらみを買い、このような屈辱くつじょく的な結果になってしまった。

 つまりは上司にさからったら、首ちょんぱ。全国にその姿を写真つきで流すというおどしであった。

 


 次に生徒の1人、小林が手を挙げる。

「伝統的と言えば、やっぱり石抱きでしょう。

 まず、三角木材を角を上にしてきます。その上に正座をさせるんですが、それだと足場が不安定でセットにも時間がかかるんです。とりあえず、普通の石畳いしだたみでも有効でしょう。

 そこから約45キロの平たい石をももの上にズドンッ! 落とした石と上半身はなわでくくりつけているので、落ちないようにするのがポイントです。

 だいたい女性一人分がももに乗っているという感じでしょうね。

 もちろん、すねも死ぬほど痛い。自白しないとらします。最高、四人分まで乗せることができますが(45キロ×4個=180キロ!・巨漢の力士分)、ももは普段の倍以上にふくれ上がり、ザクロのように内出血。すねは間違いなく粉砕するでしょう。


 ちなみにこれは疑っている段階です。

 万一、シロだったらどうすんでしょうかね?

 このように過酷かこくな拷問ですが、口だけはいつでもしゃべることができます。そのため口を割らせること、となりの部屋に仲間がいたら恐怖を与えることもでき、かなり有効ではあります」

 松倉のすねた笑いだ。

「ん~~~、やはり石抱きは伝統的ですね。しかし、江戸時代中ごろには禁止になっていませんでした? 今は取調室だってカメラがついていますから、暴力すらできませんよ」

 その小林多喜二の顔面はアザだらけ。車いすにも座っていた。両太ももは真っ黒く内出血。どれだけ石を積んだかわからない。

 彼はただ、少しでも労働環境をよくしようとうったえる昭和の、ごく最近の極悪人であった。



 最後に生徒の1人、西郷が手を挙げる。

「それなら島流しなんて、どうでしょう?

 昔は佐渡島といって、罪人を金銀山堀りの現場へ向かわせたんです。もちろん、現場では人ではなくモグラ扱い。環境も最階層のブラックでした。

 実態は食事をのぞいた、十時間以上の徹夜てつや作業が待っています。くさりにつながれたままで裸同然。とてもせまく、換気かんきのない暗い穴で長時間の重労働。

 さらには深い山を掘り進むと、上下左右から水が流れ込んできます。それは山の地表から吸って集まった水脈が、そこでぶち当たるとぜるんですよ。その勢いは水道管が破裂はれつしたときと同じくらいの量と勢いになるでしょうね。

 まず、逃げ場がないから大半が水死します。

 その後の排水作業も暗闇の中で、エンドレスのバケツリレー。

 しかも昔は手作業です。水を止めるだけでも十や二十の命じゃ足らない。島流しの金銀山堀りとは、『のぼるはしごは針の山』とうたわれるほどの無限地獄だったようです。

 その点、わたしは南の島での遠島だったので助かりましたよ。

 台風が来ても、外の牢屋ろうやなので逃げられない。何時間でも横風と暴風雨にさらされる。そして毎日、毎日、の大群におそわれた。

 想像できますか? 耳を狂わすブ~ンっという音に加えて、眠気と体中のかゆみが一日中、襲う。一晩でもまともに寝られる夜はありませんでした」

 西郷隆盛のイスから金玉袋が異様に垂れ下がっている。これは熱帯の蚊におそわれた象皮病のせいであった。

 馬にも乗れない武人。ただ、彼がいけないんだよ。こともあろうか上司に意見したふつつか者であったから。



 うんざりする松倉である。

「だから言いませんでした? それも極刑ですよ。

 でも、地獄というフレーズ。水というフレーズ。なかなかいいアイデアでした。採用しましょう」

 松倉のメモにペンが走る。こんな刑はどうだろう?


 ① 地獄責め(雲仙普賢岳うんぜんふげんだけの火口へ落とす。その前段階でも両手をしばり、素足のままで岩場の急斜面を何時間と登らせる。足の皮ははがれ、石が肉に刺さり、神経をぐちゃぐちゃになってもなお、登らされる。そのときの苦痛の表情、徐々に濃くなる硫黄いおう臭にもだえていく様が目に浮かぶ。)


 ② 水牢(腰まであるおけに水を入れる。自分の排便物を含む汚い水の中、体温も下がり寝ることもできず。鼻がやられ、脳がやられ、体中がかぶれる。)


 声を張り上げる松倉だ。

「君たちもよく覚えておくのです。

 偉くなるには正しく生きないこと。長いものには巻かれること。より大きな者に耳をかたむけ、それに従うことが重要なのです!

 誰もこんな拷問や極刑をしたくないのです。ただ、君たちが無私だとか大志だとか、暴走するのがいけない!

 お金をつんで、ゴマをすって、きれいごとを言った者だけが時代をつくります。

 それができないというのであれば、今度こそ骨ごと焼き殺しますよ」

 そこで、再び手を挙げる平賀源内だ。

「でも、僕は言われた通りに長いもの巻かれてましたよ。ちゃんと、時の権力者・田沼意次のスパイもしてました。

 ただ、長屋の安い事故物件を選んでしまい、怨霊にたぶらかされたのか、酔いにまかせて殺人。

 だから、みんなものろいやうらみにも気をつけましょう!」

 笑いに包まれる教室だ。誰一人、五体満足な者はいなかった。



 ええ、しかしながら拷問解説回としては物足りないでしょう。

 それは代表格である、ノコギリ引きです。この極刑は森鴎外の『山椒大夫さんしょうだゆう』であまりの残酷描写に書きかえられたほどでした。 

 土中で罪人は首だけ出し、となりには大きなノコギリが置かれます。そして、立て札を立てて完成です。『極悪人です! どうぞ、ご自由に!』

 もちろん、一般人は引かないでしょう。ただ、罪人は目で追います。一瞬一瞬、被害者の関係者が現れないかと。

 すると、遠くから血走った目です。いったん、目をそらしましょう。

 ザクッ   ザクッ  足音だけが近づいてくる。恐ろしく長い時間と恐怖だ。

 ああ、顔を上げると目の前です! 

「鼻からいく? 耳からいく? それとも真っ二つ? でも、目だけは最後まで残してやろう」



 また、極刑中の極刑といえばやはりヘビ責めでしょう。

 ここで使われるヘビは大きくなくていいのです。小さくて、口だけ達者。おびえている方がむしろいいのです。それを何百匹と集めて、大きなつぼへ投入します。

 さて、そこへ裸にした罪人をドボンッ!

 ヘビたちはすでに集団です。それだけで興奮状態。加えて、つぼの外側をたたくことによりヘビたちの興奮は最高潮に達します。


 この刑の恐ろしいところはヘビが驚いたときに、穴へもぐる習性の利用。

 ですから、ど真ん中の罪人です。口はもちろん肛門こうもん、耳、鼻、やわらかい目からも侵入を試みます。そして、侵入したら最後。体の内側からキバをむき、出口を探してさらに奥へ。

 想像はできるしょうか?

 ザラザラしたあのウロコがのどをえぐり、胃までい進む。ちょうどカニの足を何本も丸飲みしていくと思ってください。むしろ、それより痛いでしょう。

 また、それぞれの手指・足指をかん切りでもがれると思ってください。それどころか全身はかみつかれ、鼻はもげ、目玉はえぐれ、耳はそげるでしょう。

 最後、罪人は窒息ちっそくでもだえ苦しみ、その言葉さえも失って、光さえも一生失う。


 ただ、この刑罰ですが現代でもよみがえったというウワサでした。


 知ったような批判。聞こえるように陰口かげぐち。過去をむしかえし、パロディにして笑っている。娘をキャンプ場で見失った母親に『おまえが殺した』とでっちあげ。

 そうそう、エンターテイメントの世界に生きる女子プロレスラーへ『死ねよ。誰が応援すっか』と殺し文句。しまいには皇族と結婚するとかしないとか、すでに一般人の司法試験の合否について『ホントに、大丈夫?』なんて毒をく。

 まさに、言いたい放題です。彼らはヘビ責めを楽しんでいる最低な拷問官だ。

 この無実の苦しみを味わっている被害者には弁解すら許されない。それは命を落とす苦しみだ。

 拷問官はさかしいことだけ言って、舌だけ長い。ちなみにヘビへぼ同士でもかみ殺し合いますので。



 頭をかく宮武。

「こんなお金にもならないことを書くから売れないんだよ。これじゃあ、俺の不死新聞もつぶれるな」

 そのころ、おでんと馬場は校長室に向かっていた。

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