【呪】第16話 舌切りスズメからの手紙 

 おでんの腕の中で絶命した楠本。

 最後に「おまえを許さない!」と、言い残してこの世を去った。

 放心するおでん。馬場はなぐさめの言葉も見つからない。楠本の死に顔は白目をむきながら、舌が気持ち悪いほど垂れ下がっていた。ふと、あのころを連想してしまうのであった。



 あれは1年前の秋までさかのぼる。夕日が差し込む新聞社。馬場はくたびれた体で事務所へ戻る。

「あ~~~、ただいまです」

「ヨッ、おつかれさん! それでスクープは見つけてきた?」

 ねぎらう宮武。このときはまだ、2人きりの不死新聞。ゆったりとしたソファーでのんきにツメを切る。


 事務所は雪の降り積もる1868階。


 エレベーターもなく、手すりもない階段。不便な建物だが、それでも1階には会津直伝の喜多方ラーメン。なかなか評判のお店だ。

 馬場はネクタイをゆるませる。

「どこも空振りばかりですよ。まあ、それどころか下の店主からこんなものを預かって」

 そう言って差し出したのは、丸められた和紙であった。

 馬場の手のひら。和紙が花びらのようにほどけていく。すると、そこにはピンク色のイモ虫だろうか? いや、人間の舌であった。


 飛び上がる宮武。

「オイッ! おまえがやったのか? だったら、すぐに出頭しろ!」

 どう見ても本物。み千切った断面から、じゅくじゅくと細いすじが伸びている。さらにまだ弾力もあり、やけにみずみずしい。下地の和紙まで真っ赤に染めあげていた。

 はいはい。馬場は宮武の悲鳴を受け流す。

「いや、だから言ったでしょ。預かっただけですって」

「知るか! それは絶対、事件性のあるやつだ! すぐに返してこい!」

 包んでいた和紙にはなにやら達筆な文字。

「事件性? ないと思いますよ。

 だって、この舌の持ち主はとっくに自殺していますから。遺言もなく、あるとしたら、この舌が勝手にしゃべったことだ、、、と」

 宮武は再び腰をおろして、一息。

「な~んだ。じゃあ、明日の生ゴミと一緒に捨ててこいよ。それで、いったい誰の?」

 素っ気ない馬場。自分で肩をもんでいる。

「ああ、これですか? なんでも会津藩(福島県)の武家の奥方さんのですって」

 宮武はあきれる。150年前ぐらいか? また、会津だとか奥方だとか古めかしい言葉を。カビの生えた時代ばかりで、誰も覚えているはずもないだろうし。

「ふ~~~ん。でも舌がなければ、ラーメンもすすれないな」

「ハハハッ! 本当に、そうですね」

 二人は舌を出して笑っていた。



《親愛なる日本の皆様へ》

 小さいころより会津に生まれし武士の子は毎日、切腹の練習をいたします。それはあらゆる責任において、武士として生きる覚悟と誇りを身につけさせるためでございます。

 私たち家族もまた、例にもれることはございませんでした。

 先日、兄は御台場の砲台警護の任をさずかりました。なんでも夷狄いてき(外国を差す蔑称)が大きな黒船で攻めてきたそうです。

 そこで、ペルリ(ペリー)と名乗る大男が再襲来を明言。ほどなくして砲台建設がすすみ、会津藩はその警護を勤めている最中さなかでございました。


 突如、襲った安政の大地震。

 地をひっくり返す激しい揺れに襲われます。

 低い不気味なぅううううううっと、終曲の地響きと同時に、見渡す限りの建物が倒れていく。みるみるうちに火の手も上がったそうです。

 それから間もなく終曲のラッパ、火災旋風にみまわれました。


 かわらで押しつぶされた町並み。そこへ天にも届く獰猛な火竜が縦横無尽に襲ってくる。当然、砲台も瓦礫がれきの山です。それでも救助の者が必死にかき分け確認すると、閉じ込められた兄を発見したそうです。

 奥にはわずかにできた空間があり、なんとか助かったのでしょう。まだまだ、多くの者が取り残されている様子でした。


 だからこそ、兄は助けを断わります。

「ここは危険だ。次の余震で完全につぶれる。だからもう、かまうことはない。

 中の会津武士たちも全員、腹を切った。どうか逃げてくれ!」

 兄はわざわざこの言葉だけを伝えるためにい上がっては顔を出し、絶命したとのことでした。


 また、弟も京への警護の任をさずかりました。なんでも暴徒化した京の治安を守るためだとかです。

 しかし、数百人からなる会津武士団の滞在たいざい費は莫大ばくだい。あっという間に、藩の財政は火の車。残された私たちは一日一食もありつけるかどうかの苦しい生活を覚えております。

 ただ、上から下まで誰一人、不満をもらす者はございませんでした。それはみかど(天皇)より我がお殿様へ『京の守衛、誠に感謝致す』の感謝状だけが誇りでございましたから。

 弟も、その身で会津へ帰ることは適いませんでしたが。


 それが1年後。お国のためにつくした、そんな私たちに対し何と呼ばれたか知っていますか? それはぞく軍でした。

 

 この国のため、命を燃やした。

 その代償が毒物・害虫・諸悪の根源として、ののしられる。あの感謝をうたった天皇のお舌はいったいどこへ言ったのでしょう?

 大義名分。

 官軍としょうする軍隊がこの会津へなだれこみ、正義の名の下に強姦ごうかん略奪りゃくだつ殺戮さつりくのかぎりを尽くしていきました。

 あるご老人は爆風で左半身が吹き飛ばされて。

 あるご婦人も一晩中犯され、朝起きたときには首と胴体が別れておりました。

 

 会津はすでにお金が底をついていた状態。まっとうに戦えるわけもなく、年端としはもいかない多く若い者が刀とやりで、銃の前に散っていきました。


 そして、運良く生き残った者たちへも残酷な仕打ち。

 わざわざ、草木も育たない最北の地へ強制移住を命じたのです。半分以上がえて骨ごと風化。その間に、廃藩。


 きわめつけは彼らが記した後日談でございました。

「この戦争では、農民たちは山に登って、弁当を食いながらのほほんと武士同士の争いを眺めていたんですよ。実は内戦と言うけれど、ただの特権階級の権力争いだったのです。

 自由民権運動、板垣退助より」


 ええ、聞きましたか?

 これが『 自由 』のうたい文句でございました。しかし、この会津にとって無実の大罪を着せられた汚辱の戦争。それをこともあろうことか、チャンバラとののしったのです!


 故郷が砲撃にさらされる。先祖からの田畑も踏みにじられる。家屋は壊され、奪われ、おどされ、命からがら逃げ落ちる。そんな中、のん気に眺めている下郎がいるか! 詭弁きべんもはなはだしいわ!

 

 朝霧あさぎりの中、神社仏閣ぶっかくでは女性のすすり泣く声。それは官軍たちに犯されて、はらまされた子を埋める母親。最愛の夫は殺され、家族と引き離され、母親はただ冷たい土をかぶせた。どんな想いだったのでしょう。

 戦争とは犯罪者ほど英雄にします。

 逆に、負けた側が罪状を背負うことになります。戦争に散った会津人たち。しばらく死体のままで放置されました。ウジがわき、人知れずカラスに突かれ、見せしめとされました。

 彼らは亡霊になって毎晩毎夜、会津の歌をうたってくれます。


 この国のいしずえになるように………と。


 死して尚、この国を愛していました。それはうらみでも、にくしみでもなく、ただただ美しい。

 そんな私たちがどうして逆賊になったかはわかりません。せめて、夫が戦死した磐梯山ばんだいさんを向いて旅立ちましょう。


 婦女子が切腹なんておこがましいことでございます。それでも模擬もぎですから、お許してくださいませ。

 娘を座らせ、後ろから彼女の腹を思い切り突きます。でも、あまりにやわらかい感触で、涙が止まりません。そのまま横へき切りました。

 ちょうど頭を下げるように、うなだれる。無音と永遠の時間が水のように流れる。


 お互い、歯をくいしばり悲鳴を押し殺しておりました。

 しばらくして力が抜ける。よくできましたね。私もすぐに後を追いますから。

 ただ、このふしだらな舌は天へ持っていけない。だって、会津の誰もがくやしくて悔しくてもかなかった言葉ですもの。

 この不平を、逆賊呼ばわりされた怒りを、馬鹿にされた誇りを、あの世へ持っていくわけには 断じて ございません!

 私も正座。少し口を開ける。まだ、腕の中で息絶えた娘を一目。また涙。そして、一気に自分の腹へ突き立てます。その瞬間、頭が下がり反動で舌をみ み み。ぎ。。



 あわてて、和紙を閉じる馬場だった。

「なんか、処分できなくなりましたね。俺も受け取りを断わればよかったな」

 宮武もボリボリと頭をかく。

「だから言ったろ? 今からでも返しに行けばいいさ。確か下のラーメン屋の店主は山川浩君だったか?」

「まあ、そうですけど。でも、彼。これを渡して、しばらく休業すると言っていましたね。

 なんでも今度、あの会津をめちゃくちゃにした官軍をてるって。いさんで、九州へ行っちゃいましたよ(西南戦争)。それはもう、メラメラ燃えてて」

 宮武は後悔する。

「マジか! 最後にあそこのラーメン、食べときゃよかったよ。

 ただ、そうだな。旅行の季節かぁ。食欲の秋。キノコ狩りとかもいいかもな」

 よく舌切りの話をして、食い物が連想できるものだ。

 微妙な顔の馬場だった。

「ん~~~、新聞ネタに山菜ですか。地味ですが需要はあるかも………」

 手をたたく宮武だ。

「ヨシッ! それじゃあ、次の特集にでもするか!」


 明日には彼女の舌も捨てられるだろう。ただ、それだけの物語。会津はいまだ、

『 自由 』の代弁者を許してはいない。

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