【呪】第14話 目玉をえぐった金魚たち 

 高校生の中村忠一はただ1人、ワゴン車で宮武たちの帰りを待っていた。

 どういうわけかエアコンの調子が悪い。じっとりと汗がにじむ。そもそも時間つぶしのためにここまで来たわけではない。中村は車を置いて、けもの道を目指した。


 夏の日差しを浴びる落ち葉のじゅうたん。その中央では不自然な電話ボックス。内側にしきつめられた手形のあと。わざと目をそむけ、突き進む。

 踏むたびに落ち葉がバリバリと割れる。その先にはわら人形が突き刺さる大木。自然と手を合わす。これを横切ると、その裏にはヘビのような細い道が上へと続いていた。そして、赤い矢印のついた木々も上まで続いていた。


 立ち上る茂みの臭い。小動物の騒がしさの中に人面のような木のコブから視線を感じる。それでも中村は急ぐこと30分。先行しているはずの4人を追った。

「……もしかして、この道じゃないのか?」

 ふと、天をあおいだ。

 何だ、めまいか? 足もとがふらつく。天が北極星を中心に逆回転。千夜一夜。昔の思い出がよみがえってきた。



 小さいころ、俺は2匹の金魚を飼っていた。

 目はクリッとして愛らしく、それでいて品があってずっと眺めていたよ。2匹はせまい金魚ばちで、いつもグルグルと回ってた。

 あれは家族で旅行に出かけることになった前日だ。しばらく家を空けるからと、こっそりと金魚へエサをあげたんだ。

 なんでかな。パンの耳を多めにさ。

 翌朝、2匹は白目をむいて浮いていた。

 なに、今、考えればわかること。パンが水面でふくらみ、酸欠になってたんだ。

 何気ないエサやりのつもりだった。でも、死んだ。俺は怖くなって、どうしたらいいかわからず助けを呼ぶしかなかったんだよ。

 すると、両親がかけつける。なるほど、金魚ばちを見て苦い顔。それでも、そっと俺の頭をなでながら、

「悪いことをしたわけじゃない」と。

 その一言で許された。そして、家族旅行から戻った後には新しい金魚へと代わっていた。それはもう、何ごともなく泳いでいたよ。


 ただ、呪いってあるのだろうか?

 しばらくして父親が倒れる。母親も後を追うように、ってしまった。俺は人目をはばからず大泣きしたよ。次は自分の番かってね。

 結局、しぶとく残った俺は姉と2人で叔父おじの面倒になる。まあ、仕方ないか。俺が11歳で、姉が17歳のときだったから。

 

 叔父は面倒見が良かったよ。

「ちゃんと学校へ行っているか?」

「お姉ちゃんに任せっきりにするんじゃないぞ!」

 マメな人だった。悲しいかな、俺はずっとそういう目で見ていたんだよ。

 それから3年。ただ、姉は大学を中退して結婚を選ぶ。それもデキ婚だ。さすがに俺も驚いたよ。突然の置いてけぼりにね。それでも結婚式の二次会までは祝福していたんだ。

 それが、………くそ情けない。


 盛り上がる二次会の席だった。和式というかたたみの席で、すでに数十本とビールびんが転がっている。もちろん、俺はジュースでお祝いだ。しかし、あれは起こった。わざわざ叔父は俺のとなりに来て、耳もとでしゃべったんだ。

「おまえの姉ちゃんはいつも気持ち良かったなぁ。

 名器ってやつか? あの腹の子、わしの子かもしれん。くふふふっ!

 まぁ、今度はおまえの彼女も紹介しろよぉぉぉ!」

 俺はジュースをこぼしていた。叔父はマメで親切な人。しかし、その実態は姉を陵辱していた悪魔だったんだ!


 同じ家の下。姉はきっと、声を殺して耐えていたんだろう。朝、俺と会うときには涙をふい、笑顔を作ったのだろう。こんな無知の俺のために!

 叔父の腕が俺の肩にかかる。

「聞いてんのか、僕ちゃん? オッ、震えてんの? もしかして、おまえも姉ちゃんと寝ていたのか?」

 俺の手には酔っ払いの、汚いつば。この世で一番、汚いつば!

 そして、凍りつく姉の顔を見てしまう。そこからブツンッ! 何かが切れる音がした。

 目の前にあったフォークを手。俺は思いきり叔父の目を突き刺したんだ。

「ぐぉあああああ! お、おめえ!!!」

 叔父の濁音が割れる。思った以上にグニュりとした感触。プリンのように眼球が飛び出した。そのあとをグジュグジュと固形物が噴き出る。でも、止まらない。さらには叔父の後頭部を押さえつけて、フォークをぐるりとねじ込んだんだ。


 アルコールが回っていたのか、いまだ意識のある叔父だ。強引に手をはらって立ち上がる。さらに、自力でフォークを引き抜くが、おかげで大量出血だ。

 一気に騒然となる酒の席。それでも、俺は追い打ちをかける。噴き出す傷口へ躊躇ちゅうちょなくビール瓶をたたき込んだんだ。


 バリンッ! もう、頭か、瓶か、どちらが割れたかわらない。はじかれた叔父。後ろの柱にぶつかり、あっという間に動かなくなった。

「おまえも姉ちゃんと寝てたのか?」

 まだ、俺の耳の奥で叔父の汚いツバがささやいている。このくされ外道が!

 それでも万一、酒の席の冗談ということもある。ただ、姉の引きつった唇。伏し目がちな顔。にわかに震えていた指。真実はどちらが正しいか理解はできた。


 騒然から一転。周囲のときは止まった。ただ、姉だけが俺によりそい、

「あなたが悪いんじゃない………」と。

 そう言って、割れた瓶で自分ののどを突き刺した。同時に首から飛び散る血のシャワー。

 俺は願ったよ。ああ、これは夢なんだ。まるで出来の悪い夢なんだ。

 そして警察のサイレンがせまる中、花婿はなむこは落ちていた凶器のフォークをひろって言った。

 「君が悪いんじゃないだ………」と。

 今でも鮮明に覚えてる。あまりに、せつない顔だった。

 花婿は叔父のもう一つの目玉をえぐる。そして、二つ目の転がり落ちる目玉。

 ああ、金魚のときと同じ色をしていた。



 その後、俺に前科がつくこともなかったよ。無罪判決。

 それでも無知とはくそ以下だって、つくづく痛感した。結果はいつも最後の日にやってくる。

 あれは俺が心をよせていた楠本イネからの衝撃の告白だった。

「気持ちはありがたいけど、ゴメンなさい。ホントのことを言うと、実は石井先輩に乱暴され、子ができてしまったの。でも、誰にも言わないでね」

 俺からはもう、涙は流れなかったよ。

 なんというか愛情じゃない。冷静に対処する俺がいた。

 とりあえず合法的に堕胎だたいの方法をさぐる。急な坂の上り下り。激しいものだと竹刀しないで腹をたたくとかな。


 なかでも水銀を飲むとか、かぎづめで○○から赤子を引き出すといった乱暴なやり方もあるようだった。

 まあ、最階層の売春婦のやることらしいが、さすがにそれはナシだと思った。


 そして、合法的な殺人も考える。

 まずはサークル顧問の松倉先生に相談したよ。そこにはおどしも含まれていたと思う。顧問のくせに、サークル内でのレイプを見過ごしていたわけだからな。

 それが今回のきっかけだ。

 先生はあっさりと結論を出す。実は自分の所有する山でいつからか不法占拠され、禁足地になってしまった。どうにも困っていたが、行政も動かない。そこで死体の一つでも見つかれば、さすがに黙っていないだろうと。


 うまくその石井を誘って、険しい山の中で殺せばいい。

 ただし、決行は夏休みに入ってからだな。できれば、自分が知らないところで進めてくれないか?

 大丈夫。後日、加害者はそこの占拠者になすりつけよう。カメラつきで確認できれば、なおいいだろう。そのときは自分も同行しようじゃないか、と。



 中村は今、その山の中。半分、迷子状態でもある。

 さらには、目の前に大きな蜘蛛。ありえないほどの大きさであった。

「なるほど、ここは見過ごす場面か? でも、蜘蛛ってどんな血が流れているんだろうな?」

 命はそまつにするものじゃない? どの口で言うのだろうか。

 いつも牛や豚は食べて、虫は殺さずなんて馬鹿馬鹿しい。そして、俺は無罪の男だ。わざと靴底くつぞこで踏みつける。すると先が下り坂になっていたのか、足をすべらせてしまった。


 イテテテッ! 激しく腰を打ってしまったか。見ると、手も服も土だらけ。

 がぜん、脳裏をよぎる因果応報いんがおうほう。ただし、それにはムチャクチャ腹が立った。 

 止めろよ、善人なんて。

 あのとき蜘蛛を殺さなければ、よかったと? 違うだろ、もともと死ってのはよぉ、興味であり学習なんだ。

 確かに生き方なんてあふれている。学校でも社会でも教える。ただし、死に方は軍隊か宗教でしか教わらない。

 そう、教えられないから恐怖するんだ。おまけに勇気や愛情でぼかしてくれる。

 金魚もきれいだったよ。姉もきれいだったよ。そして、多くの死は俺を無敵に、そして無罪にした!


 土をはらいながら起き上がる。

 うわっ! いけねぇ、いけねぇ。上着から拳銃がこぼれ落ちてしまった。これは宮武から無線機と偽って、こっそりと護身用だと預かっていたもの。

「初めから、気づいていたよ。おまえは打てる人間だ」なんてな。なんていかがわしい大人だよ。

 まじまじと眺めた後、また正面を見直す。

 すると、………洞窟どうくつ

 そこにはパックリと開いたガマ(沖縄の自然洞穴)の入り口。奥から子供の泣き声も聞こえてきた。


「なるほど、ここは禁足地だったな」

 俺は拳銃をなめる。いいだろう。子供を泣かすやつはきっと、悪いやつに違いない!

 さて、学習の時間だな。犯罪者は犯罪者の心理を、殺人者は殺人者の心理を、世界は心理ごとに多次元的に存在するものだぜ。

 底知れぬ穴の先へ、俺はもぐっていった。


( この胸糞物語の原型は1603年 江戸ワースト城主の米子騒動より )

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