【呪】第14話 目玉をえぐった金魚たち 

 高校生の中村忠一は1人、ワゴン車で宮武たちの帰りを待っていた。

 ただ、我慢がまん強さなど生来、持ち合わせていない。車を置いて、けもの道を目指した。

 目の前には複数体のわら人形がぶら下がる大木。自然に手を合わす。これを過ぎた後、赤い矢印のついた木々が上へ続いていた。


 中村はそれをたよりに30分。しかし、人影すら見えないのはなぜだろう? ふと、天をあおぐ。

 つかれてくると、やたら昔の思い出がよみがえるものだ。どうも眠くなってきた。



 小さいころ、中村は2匹の金魚を飼っていた。

 目はクリッとして愛らしく、それでいて品があってずっと眺めていたよ。2匹は狭い金魚ばちで、いつもグルグルと回ってた。

 あれは家族で旅行に出かけることになった前日だ。しばらく家を空けるからと、こっそりと金魚へエサをあげたんだ。

 なんでかな。パンの耳を多めにさ。

 翌朝、2匹は白目をむいて浮いていた。死んでいたんだ。

 なに、今、考えればわかること。パンが水面でふくらみ、酸欠になってたんだ。

 何気ないエサやりだった。でも、死んだ。俺は怖くなって、どうしたらいいかわからず助けを呼んだ。

 すると、両親は金魚ばちを見てすべてを理解。そっと俺の頭をなでながら、

「悪いことをしたわけじゃない」と。

 無罪判決。その一言で許された。でも、俺の記憶に殺したという罪悪は消えなかった。 

 だからこそ、その後もずっと気になったよ。だが、家族は楽しく旅行を過ごす。帰った後も新しい金魚に代わっていた。それはもう、何ごともなく泳いでいたよ。


 おそらくあのころ、他の家庭と比べて裕福だったと思う。ある時点までは。

 両親は懸命に働く典型的な企業戦士だった。しかし、そのためか父親は過労で倒れる。母親も後を追うように、あっけなくってしまった。俺は人目をはばからず大泣きしたよ。自分の将来のことを考えてね。

 結局、残された俺と姉は叔父おじの面倒になる。それは俺が11歳で、姉が17歳のときだった。もちろん、二人とも学生だったよ。

 でも度々、その叔父が家に来ては面倒を見てくれたんだ。


「ちゃんと学校へ行っているか?」

「お姉ちゃんに、家のことを任せっきりにするんじゃないぞ!」

 マメな人だった。悲しいかな、俺はずっとそういう目で見ていたんだよ。

 ただ、姉は進学せずに結婚を選ぶ。それもデキ婚だ。さすがに俺も驚いたよ。突然の置いてけぼりにね。それでも結婚式の二次会までは祝福していたんだ。

 それが、………くそ情けない。


 盛り上がる二次会の席だった。和式というかたたみの席で、すでに数十本とビールびんが転がる。もちろん、俺はジュースでお祝い。しかし、あれは起こった。わざわざ叔父は俺のとなりまで来て、耳もとでしゃべったんだ。

「おまえの姉ちゃんはいつも気持ちよかったなぁ。

 名器ってやつか? あの腹の子、わしの子かもしれん。くふふふっ!

 まぁ、今度はおまえの彼女も紹介しろよぉぉぉ!」

 俺はジュースをこぼしていた。叔父はマメで親切な人。しかし、その実態は姉を陵辱していたけだものだった。


 同じ家の下。きっと、声を殺して耐えていたんだろう。朝、俺と会うときには涙をふいて、笑顔を作ったのだろう。こんな無知の俺のために!

 叔父の腕が俺の肩にかかる。

「聞いてんのか、僕ちゃん? オッ、震えてんの? もしかして、おまえも姉ちゃんと寝てたのか?」

 俺の手には酔っ払いの、汚いつば。この世で一番、汚いつば!

 そして、凍りつく姉の顔を見てしまう。そこからブツンッ! 何かが切れる音がした。

 目の前にあったフォークを手。俺は思いきり叔父の目を突き刺す。すると、プリンのように眼球が飛び出した。でも、止まらない。さらには後頭部を押さえつけて、フォークをぐるりとねじ込む。


「ぐぉあああああ! お、おめえ!!!」

 アルコールが回っていたのか、意識のある叔父。強引に手をはらって立ち上がる。さらに、自力でフォークを引き抜くが、おかげで大量出血だ。

 一気に騒然となる酒の席。それでも、俺は追い打ちをかける。噴き出す傷口へ躊躇ちゅうちょなくビール瓶をたたき込んだ。


 バリンッ! もう、頭か、瓶か、どちらが割れたかわらない。はじかれた叔父。後ろの柱にぶつかり、あっという間に動かなくなった。

「おまえも姉ちゃんと寝ていたか?」

 まだ、俺の耳の奥で叔父の汚いツバがささやいている。このくされ外道が!

 それでも万一、酒の席の冗談ということもある。ただ、姉の引きつった唇。伏し目がちな顔。にわかに震えていた指。真実はどちらが正しいか理解はできた。


 騒然から一転。周囲のときは止まった。ただ、姉だけが俺によりそい、

「あなたが悪いんじゃない………」と。

 そう言って、割れた瓶で自分ののどを突き刺した。同時に首から飛び散る血のシャワー。

 俺は願ったよ。ああ、これは夢なんだ。まるで出来の悪い夢なんだ。

 そして警察のサイレンがせまる中、花婿はなむこは落ちていた凶器のフォークをひろって言った。

 「君が悪いんじゃないだ………」と。

 今でも鮮明に覚えてる。あまりに、せつない顔だった。

 花婿は叔父のもう一つの目玉をえぐる。そして、二つ目の転がり落ちる目玉。

 ああ、金魚のときと同じ色をしていた。



 その後、俺に前科がつくこともなかったよ。無罪判決。

 それでも無知とはくそ以下だって、つくづく痛感した。結果はいつも最後の日にやってくる。

 あれは俺が心をよせていた楠本イネからの衝撃の告白だった。

「気持ちはありがたいけど、ゴメンなさい。ホントのことを言うと、実は石井先輩に乱暴され、子ができてしまったの。でも、誰にも言わないでね」

 俺からはもう、涙は流れなかったよ。

 なんというか愛情じゃない。彼女の悲しんでいる姿を金魚鉢の外から見ているような、冷静に対処する俺がいた。

 とりあえず合法的に堕胎だたいの方法をさぐる。急な坂の上り下り。激しいものだと竹刀しないで腹をたたくとかな。


 なかでも水銀を飲むとか、かぎづめで○○から赤子を引き出すといった乱暴なやり方もあるようだった。

 まあ、最階層の売春婦のやることらしいが、さすがにそれはナシ。


 そして、合法的な殺人も考える。

 まずはサークル顧問の松倉先生に相談したよ。そこにはおどしも含まれていたと思う。顧問のくせに、サークル内でのレイプを見過ごしていたわけだからな。

 それが今回のきっかけだ。

 先生はあっさりと結論を出す。実は自分の所有する山でいつからか不法占拠され、禁足地になってしまった。どうにも困っていたが、行政も動かない。そこで死体の一つでも見つかれば、さすがに黙っていないだろうと。


 うまくその石井を誘って、険しい山の中で殺せばいい。

 ただし、決行は夏休みに入ってからだな。できれば、自分が知らないことにしてくれないか?

 大丈夫。後日、加害者はそこの占拠者になすりつけよう。カメラつきで確認できれば、なおいいだろう。そのときは自分も同行しようじゃないかと。



 中村は今、その山の中。半分、迷子状態でもある。

 さらには、目の前に大きな蜘蛛くもが巣。蜘蛛自体もありえないほどの大きさであった。

「なるほど、ここは見過ごす場面か? でも、蜘蛛ってどんな血が流れているんだろうな?」

 命はそまつにするものじゃない?

 しかし牛や豚は食べて、虫は殺さずなんて馬鹿馬鹿しい。そして、俺は無罪の男だ。わざと靴底くつぞこで踏みつける。すると先が下り坂になっていたのか、足をすべらせてしまった。


 イテテテッ! 激しく腰を打ってしまったか。見ると、服も土だらけ。

 がぜん、脳裏をよぎる因果応報いんがおうほう。ただし、それにはムチャクチャ腹が立った。 

 止めろよ、善人なんて。

 あのとき蜘蛛を殺さなければ、よかったと? 違うだろ、もともと死ってのはよぉ、興味であり学習なんだ。

 バースデーケーキのように、ゆっくりと心臓にナイフで刺される? 

 それとも黒ひげ危機一発のように突然、ブスッとか? 

 しかし、誰も教えてくれない。死の勉強なんて教えてくれない。マジでド派手な死に方を、爆笑的な死に方を、誰も教えてくれない。

 そう、教えられないから恐怖するんだ。おまけに勇気や愛情でぼかしてくれる。

 金魚もきれいだったよ。姉もきれいだったよ。そして、多くの死は俺を無敵に、そして無罪にした!


 土をはらいながら起き上がる。うわっ!いけねぇ、いけねぇ。上着から拳銃がこぼれ落ちてしまった。これは宮武から無線機と偽って、こっそりと護身用だと預かっていたもの。

「初めから、気づいていたよ。おまえは打てる人間だ」

 宮武のどんな評価だよ。

 まじまじと眺めた後、また正面を見直す。

 すると、………洞窟どうくつ

 そこにはパックリと開いたガマ(沖縄の自然洞穴)の入り口。奥から子供の泣き声も聞こえてきた。


「なるほど、ここは禁足地だったな」

 俺は拳銃をなめる。いいだろう。子供を泣かすやつはきっと、悪いやつに違いない!

 さて、学習の時間だな。今度は何匹の金魚を見送る?

 底知れぬ穴の先へ、俺はもぐっていった。

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