【病】第13話 人間の皮

 窓のない、空気もよどんだ部屋。

 ここで捕らわれていた高校生3人は、久しぶりの明かりに部屋の片隅へ逃げ込んだ。その一人に以前、楠本を性暴力で支配していた石井先輩の姿もあった。

 弱りきった彼に、狂喜する楠本。しかし、おでんが彼女を引き止めたことで復讐は未遂に終わる。


 ただ、すっかり無表情の宮武だ。

 ひりついた場面のわり、尻つぼみな結末。まさに竜頭蛇尾だぜ。ここは一つ、再び火種を作るとするか。

 まずは馬場にささやく。

「この部屋へ入る前によ。牟田口はコレラの陽性者とか言っていたよな? だったらなぜ、こいつらは生かされてんだ? 空気感染するんだぞ」

「さあ……。ある程度、クスリでもあるんじゃないですか? それとも軽症だったとか?」


 宮武はいぶかしむ。

「それでも、だぞ。陽性者をわざわざ整形し、かれこれ1ヶ月近くも養うか? 俺たちのようなむかえがいつ来るかもわからない状態で、だぞ。

 善意にしては手間と時間がかかりすぎる。

 こんな暗闇でずっと閉じ込めていたんだからな。

 だとするとその逆だ。こいつらがコレラと言わず、未知の感染病にかかっていた。しかし俺たちが連れ出したおかげで、外の世界でアウトブレイク。

 つまり、ワナって可能性もあるんだぞ」

 激しく同意を求める宮武だったが、馬場は答えることができなかった。


 宮武の次の標的は楠本だ。今度は大きな声で語りかける。

「なあ、楠本君。その石井先輩とやらも、コレラの陽性者だろ?

 だが、実はもっとヤバい感染症にかかっているかもしれないんだ。

 だから自分のため、世界のために殺せばいい。つまり殺していいんだよ。

 そして、ここは君も言っていた禁足地だ。

 人が公然と消えてもいいスポットじゃないか。誰もとがめやしないだろうさ」


 ただ、ポツリと楠本だ。

「もう、めんどう」

 宮武は悪い顔で耳をほじる。殺人事件の生中継だ。逃してなるものか。

「へ~~~、本当にそれでいいのかよ?

 今一度、考えてみろ。殺さなかった勇気は必ず殺せなかった後悔へと変わるんだ。

 時間が痛みを忘れさせる?

 悲しみの夜を越えて朝が来る?

 冗談じゃない!!!

 それはアホの歌い出しだ。痛みも、苦しみも、間違いなく現実。

 過去の自分の日記を見て『そんなこともあったね』で、笑えるか? 人類皆、兄弟って、肩を組めるか? そんなものは歌劇団でやっていろ!

 まだ、間に合う。自分がこのあと一生、引きずるのはどっちだよ?」

 しかし、おでんが断わった。

「馬鹿じゃないの! 今、彼女が殺人を犯したら、灰色の世界しか見えなくなる。

 それどころか血で汚れた手は一生、誰の手もにぎれなくなるのよ!」

 宮武は失笑する。

「誰が馬鹿だぁ? 誰がにぎるだぁ?

 そう言うおでんだって、散々世間からつまはじきにされてきたんだろ?

 知っている。手を差し出そうとしたら、手錠をかけられた。輪になって踊っているところを爆弾投下。現実とはそういうものだ。

 そもそも、その手は相手の心臓をにぎりつぶしてやるとちかったはずだ。 それも昨日、今日の思いじゃない!

 今さら、迷うなよ。だったら、俺が見本を見せてやろう」

 そう言って、宮武が拳銃を向けたのだった。



 硬直するおでんと楠本。

 だが、トリガーに指がかかったところで馬場が体当たりする。

「止めろ、この殺人鬼が!」

 おかげでバランスをくずしての発砲。そして、放たれた弾丸の行方は。


「ケホッ....」

 楠本の胸をつらぬいていた。力なくその場でへたり込む。

 そこへ駆けよるおでん。すると、息を吹き返したかのように楠本は彼女の首根っこを激しくつかんだ。

「なんでなんで私? 私が死んで、石井のやつが生きているの?

 ………そうか。………だましたな。

 おまえがあんなことを言わなければ!

 おまえが止めてなければ!!

 おまえが憎い!!!」

 にらみつけたまま、楠本は腕の中で絶命した。


 こんなのは現実じゃない。馬場はあまりの惨劇に頭をふる。

 それを体勢をくずしていた宮武がケタケタと笑った。

「ああ、馬場よぉ。今の何だった? それが正義の行動か?

 おまえが体当たりをしなければ、楠本君も死ぬことはなかったのにな。残念だ。

 どう見ても、おまえのせいじゃん? 俺は知らないよ」

 馬場は血だるまの楠本を見て、さらに放心している。その間にも、宮武は再度、発砲。今度は確実に石井の頭部を吹き飛ばしていた。


 再び返り血を浴びるおでん。思わず絶叫する。

「ぃやああああああ!!!!!!」

 さてさて、仕上げだ。最後に宮武は馬場の足元へ拳銃を投げ捨てた。

「あと2発、銃弾が残ってるからよ。自由に使え」

 とっさに、馬場は宮武へ銃口を向けた。

「このゲス野郎が!」

 カチッ! ただ、弾丸は出なかった。いいや、すぐに宮武のウソだと気づく。

「どうだ、殺人鬼君? これでおまえもこっち側だな。物語ってな、結末がモヤモヤすると炎上するんだぞ。

 さあ、今から撮り直せ!

 少し遅くなったが、編集次第でどうとでもなる。このままじゃ三流だぞ? 一流の腕を見せてみろ!」

 もう、聞こえているかもわからない。馬場はその場でひざまずいた。

 フンッ、反応なしか。死ぬまで悩んでろ。かかとで蹴った。

 馬場は意識がもうろうとする中、いつからこんなおかしなことになってしまったか自問する。

 そう。スクープ、スクープと不幸を探し続けていた。そのむくいなのか?

 ぼんやりとただ、昔のことがコマ送りのようによみがえる。



※ ジャーナリストがでっち上げた歴史的国民操縦~露探ろたん事件 


 電報通信(電通)という広告業を主体にする有名企業がある。

 以前、そこのトップは語っていた。

「ジャーナリストの暴走? 決定的な瞬間を撮りたいだって? 別に、それは今に始まった話じゃぁない。

 なぜなら毎日、事件や事故、疑惑や判決といった不幸の見本市が紙面をにぎわせているだろ? 需要と供給。人の不幸は蜜の味。私たちはそれを商売にしている。


 だが、受け取る側は見るだけだ。読むだけだ。逆に提供する側は常に新しい不幸を探さなければならない。

 つまりは世の中、平和じゃいけないんだよ。0を1にしてでも、火を起こさなきゃならない。それが日本を破滅に導こうとも、だね」


 さかのぼること、彼はもともと他の新聞社の記者であった。

 ただし、そこでの評判はすこぶる悪く、脅迫やでっち上げなどやり方が悪辣あくらつすぎると解雇されていたのだ。

 ただし、すぐに彼の逆襲の機会はおとづれる。その解雇した新聞社の社主が自由と人権を求めて立候補。このときばかりと新しく入社した電通で、またも情報をねつ造した。


「スクープ、スクープ! あの人権をうたう社主が、なんとこれから戦うロシア側の将軍と釣りで密会! これでいいのか? 敵国のスパイが選挙に出るぞ!」


 ロシアとの開戦がウワサされる中、電通の部数は売れに売れた。おかげで一流企業の仲間入り。

 キヒヒヒヒィ、戦争はやっぱりもうかるものだ。プラス、復讐もはたして最強だったぜ。


 その後、電通は政府と組む。

 組んだ政府も人権派の新聞社が国会に参加なんて絶対、止めたかったのだ。ここで利害の一致。おかげで連日、警察庁からヤクザが出動。内務省の機密費もすっからかんになってしまう。

 なぜかって?

 それは汚れ仕事だよ。はい、日当100円(約5万円)を出すから街宣車を出して、『あの新聞社は国賊! 社主は薄汚い裏切り者!』とネガティブキャンペーンだ。

 これでなんとなく、0を1に作り上げることに成功した。


 ただ別に、悪いことではない。

 なぜなら、売れるんだから。過激であれば、あるほどだ。血は目を引く。怒りは耳を引く。不幸はお金になるのだから。

 ええ、電通が悪いのではない。まともなだけだ。実際、有名人の結婚や出産の話題に誰が飛びつく? 朝食の時間ですら、不倫や離婚、殺害を喜々として流しているのだから。 

 ヘイトクライム、大炎上。しかし、知っておくべきだろう。個人から企業まで、あらゆる国は不幸を作りたがっている。そこへ選挙するのだから、就職するのだから、もれなくとても美しい人間の皮をかぶることができるはずだ。

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