【病】第11話 1日目:下痢 2日目:嘔吐痙攣 3日目:棺桶 これが私の生きる道

 夏休みも終わりかけたころ。不死新聞の三人と女子高校生の楠本を入れた四人で山奥の禁足地へと踏み入れる。そこへ現れたのは牟田口と名乗る見知らぬ老人であった。

 牟田口は禁足地の中心部へと彼らを案内する。

 しかし、そこでは目を疑う光景。高温多湿のこの国ではありえない大規模なケシ畑に仰天ぎょうてんする。さらにはまったく同じ顔をした村民たちが働いていたのだ。


 笑みを浮かべる牟田口。顔のしわとシミが深くなる。

「驚いたかね。そう、老いも若きも男も女も同じ顔。もちろん、服もひげも坊主頭も同じだ。

 そうすることによって、無用な争いをなくしているのだよ」

 実際、村民たちは似てるのではなく、わざと整形しているようだった。そのため、身長や体のラインにへだたりはある。

 それでも、ハリボテのお面をかぶっているかのような集団心理の怖さがあった。


 嗚咽おえつする馬場。

「ウゲッ! そろってご飯食べていたら、マジで気持ち悪いぞ。歌でも歌い出したら、悪夢だな」

 この皮肉にも動じない。

 なぜなら、これがALL ONE。至福の世界。

 そもそも同じ顔なら痛める者はいないだろう。陰口をたたく者もいない。

 失敗も成功もない。誰のためでもない。自己責任もない。一つの集団として規則正しく生きる喜び。まさに桃源郷!

 ひがみもやっかみもない。個を徹底的に浄化できれば、迷いは消える。生きる意味、生まれた理由、そんな不毛は必要ない。


 しかし、止まらないのは馬場だった。

 曲がりなりにも、表現の最前線を生きている。個の中の個を、自分自身の個を徹底的に見つめてきた。その矜持きょうじが決して許さない。

「全員、右へならえってか? それこそガチ宗教だろ! 感情にふたをすることがそんなに平和か?

 確かに争いはないかもしれない。ただな、そんなのニワトリ小屋と一緒だ。首だけ出して、エサだけ食べてろ!」


 ただ、ここは見知らぬ地。さすがに宮武が割って入った。

「止めろ、止めろ! さっきも言ったがご老人には優しくに、だろ?」

「でも、いや、宮武さんは一言もそんなこと、言ってませんよ」

 そう、言ってない。宮武は開き直る。

「どうせ上っ面だぜ。これは違法。でもみんな同じ顔なら、誰が主犯かわからない。

 それに、牟田口の手先を見てみろよ! ただれている。指紋しもん硫酸りゅうさんか何かで消してんだ。これは相当、こっているぞ。きっと体にもメスをいれている」

 ここまで言われても牟田口は無言だった。


 さて、百人近くはいる禁足地の村民は全員が胸にさらしを巻き、女性なら乳房を削除。顔のかたちが違えばけずるし、しわの多さは整形のごまかしだった。 

 それは子供でも同じである。

 もちろん、トイレのとき。性交のとき。牟田口が牟田口を生み、牟田口をつくる。ケシ畑と整形を日課とし、この地をユートピアと言った。


 ついに軍刀を突き出す牟田口。

「君たちと問答する気はない。ただ、私たちは平和に暮らしている。それでも不法侵入する者があとを絶たないのでな。彼らの好奇心など知ったことではないが、こちらとしては大問題だ。

 外からウイルスを運んでくるからの。それも今回は陽性であった。だから、早々に引き取ってもらいたいのだよ」

 急に気が動転するおでん。

「今まででも侵入者がいたのですか? それは誰? どんな病気?」

 矢継ぎ早にたずねる。すると、牟田口は顔をそむけた。

「それは覚えておらん。ただ、今回のそれは虎烈刺コレラだ」

 


 人類を苦しめ続けている強敵ベスト3。アリでも、でも、ネズミでもない。それはインフルエンザ、狂犬病、そしてコレラ(汚染された水や食料にコレラ菌)だ。 

 さて、そのコレラだが恐ろしいことに口から口への空気感染する。体内の水分をカラカラに奪い、激しい下痢げり嘔吐おうと、全身のけいれんがみられ、進行がすすむと胃液の一滴まで吐き出しながら、のたうち回る。食べても飲んでも受けつけないから吐き出すんだ。

 それはえながら食べられない、かわいているのに下では小便大便垂れ流しという想像を絶する苦しみである。


 このコレラによる日本最初のパンデミックは明治の開国当初であった。

 幕末の京都では新撰組や維新志士たちによるめまぐるしい攻防戦。しかしその間、江戸では歴史が消える。

 関東だけで4万人近くが死亡。これは3~5人の家族なら、一人が死ぬ確率。(かかった確率はその数倍)

 当時は一切の特効薬がなく、かかれば死。もちろん消毒液もマスクも手袋もないから、素手で看病・素手で処理。

 爆発なんてものではない原爆レベルだ。さらに、発病後の三日でコロリと死ぬ速さ。

 お経をあげたおぼうさんが次の週、お経を読まれる側になる。棺桶かんおけがまったく足らず、風呂桶を用意。それでも足らず、路上で放置。アリが行列をつくり、むくろがネズミの住みかになる。人の腐った悪臭が市中にまんえんし続けたのだ。

 

 ところどころで死体の山。それどころか川でもよどみ、海でもうまる。戦争よりひどい有様で、この世の地獄そのものだった。

 

 そして、このコレラは外国人が運んできた。

 もちろん、である。

 なぜ、最初に宣教師が日本へ来たのだろう? それは保菌者としての勤め。

 彼らの多くは人前で説教し、多くの患者かんじゃを見舞ってきた。そのつど、感染症にあい命も落とすのだが、免疫めんえきも獲得する。

 その宣教師たちが新天地へ派遣されれば、免疫の持たない現地人は無抵抗力で全滅する。つまり、天使のような悪魔の生物兵器であった。


 もっとも本人たちは布教に熱心。

「信じる者は救われる」 

 大衆を集めて説教する。現地でも患者を見舞って、分けへだてなく精力的に。その熱心さはときに恐怖の病を伝染させた。


 ウハッ、すべては侵略する側の思惑通りである。

 死の病が広がれば、無策の政府へ不満が高まるだろう。争いが激しくなれば、どちらにも武器が売れるというものだ。

 そのうち、パンデミックと同士討ちで国内はボロボロ。仕上げは麻薬をばらまいて完了だ。

 それが手っ取り早い植民地の作り方。力も使わず支配できるというわけだ。



 おでんは小高い丘の上にある建物を指差した。

「あそこね! あの中に私の夫がいるのね!」

 牟田口のそでを強くにぎる。

「おまえの主人?」

「あの人はね、ハンセン病が家族にうつると思って、こっそりと家を飛び出したの。だから、ずっと私は行方をさがしてた。

 そして、行き着く。ここに収容施設があったんでしょ! 調べたんだから!」

 おでんは目に涙を浮かべてたずねる。しかし、その告白は馬場や宮武にとっては初耳であった。

「オイオイッ! そのためにこの不死新聞へ入ったのかよ!」

 驚く宮武。人探しが本業だったとは聞き捨てならない。

「悪い? それ以外、地元の三流新聞に就く理由はある?」

 目的は達した。

 しかし、その様子を牟田口は一笑する。

「これだから下界とはあさましいものだ。妙なウワサ話しか流れんの。

 あれは収容施設ではない、隔離と整形部屋である」

 馬場はおでんの告白を聞いて思う。

 今の取り乱した彼女では取材どころではないな。そもそも数日前から様子がおかしかった。

 まあ、いい。禁足地ってのは逆にお宝のにおいもプンプンだ。このままカメラを回し続けて、隠し場所が見つかればラッキーだろう。それでも最低、学生たちを連れ出せば、学校側から報奨金のもう半額がもらえる手はずになっている。

 おっと、これは宮武さんには内緒だったか。まったく、おいしい仕事だぜ。


 牟田口はおでんの手を引き離した。

「どちらにしろ、今からあそこへ向かう予定だ。先ほども言った陽性者の引き渡しだ」

 疑問の宮武。自然と、牟田口の体に黒い斑点はんてんがないか探した。

「牟田口さんは発病してないだろうな? 大丈夫か?」

「さあて、おそらく大丈夫だろう」

 そっけない返事の牟田口。その後ろで過呼吸ぎみのおでん。ただただ、おびえる楠本だった。

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