【姦】第10話 白いバター (閲覧禁止)

 パワースポットのダムを越え、裏山の砂利道を進むこと30分。ついには車が入れない道なき道まで到着だ。

 はたしてこの先にウワサの禁足地があるのだろうか? うっそうとした樹海。ほのかに山もざわついていた。


 宮武が楠本にたずねる。

「この先まで続くペンキのあとは君たちの仲間がつけたのかい?」

 その目印は胸の高さの朱色だ。このけもの道の木々をぬって、遠くななめ上まで続いていた。

「たぶん、そうだと思います。前回、迷子にならないようにつけたんだと」

 機材を背負っている馬場がなげく。

「そうなんだ。でも、このまま目印をだどると結構、距離がありそうだな。行って帰って、1日で戻れるかな?」


 さて、どうしたものか?

 宮武も悩む。ダムの館長には閉園の時間までに帰ってこなかったら、通報してくれと伝えていた。ただ、それだけにおかしい。

「楠本君。君たちの仲間や担任もこの気が遠くなりそうな景色を見ているわけだ。

 だったら、おかしくねぇか?

 俺だったら、この時点で引き返すぞ。本当に怖いもの見たさだけだったのか?」

 雑草は腰の高さまで生え、足元にはヘビらしき物音。こんな状況下で、なかなか前へ進もうと思わないのが一般的な感想だ。

 ただし、楠本は聞こえているが答えてくれない。


 そんなとき、草むらからガサガサと物音。今度はハ虫類といった小物ではない。哺乳類の大きさだ。人食いクマ? とっさに、宮武は拳銃を抜いていた。

「誰だ!」

 そこにはしわだらけの老人の姿。

「驚かせて悪かったな。私はこの先に住む牟田口むたぐちという者だ。ちょうど、君らのような部外者に用があってな」

 大きな鼻に、鋭い眼光。着古した軍服に、反り返った口ひげ。軍刀をつえ代わりにしていた。

 怪しくも、拳銃を向けれても冷静でいられる牟田口。 逆に、後ろの3人は宮武の拳銃に仰天ぎょうてんする。

「なんてもの、持っているんですか!」

 後ずさりするおでん。馬場もあわててカメラを切る。そこには歯切れの悪い宮武がいた。

「いやなに、ダムってのはテロの標的だろ。こういうのもあったりするわけよ。さっき、護身用にと持たされたんだ」

「あのときですか! それで、なんで俺たちに黙っていたんですか!」

 馬場も不信感をつのらせる。宮武はごまかしに必死だ。

「だってよ! 話して、頼られても困るだろ! そんなことより、牟田口さん! 俺らに用とは何なんだ?」

 あまりに古くさい身なりである。牟田口の軍刀も飾りでもなさそうだった。

「やれやれ。今の記者は、老人への口の利き方がなっとらんな。一回、戦地をのぞいてみるか?」

 牟田口は怪しく笑った。



 先の大戦では自由な表現・行動・誹謗ひぼう中傷の1㎜も許さなかった。

 赤紙とは言わずと知れた徴兵令状のこと。そして白紙とは戦地ジャーナリスト用の召集令状のこと。その上で軍部に批判的な記者や反戦の文学者は最前線のマレーシアやシンガポールへ送られた。

 口先だけでは生ぬるいから。

 それはもう、現地では大歓迎なのですよ。そこには軍隊のルールしか存在しない。

「君は内地(日本)で名の知れた記者なんだって? それならきっと良い仕事をしてくれるはずだ。期待しているぞ。

 もちろん、我々は君を全力で守る」

 この期待を込めた言葉。今思えば、その意味をはき違えていた。

 本営からは送られた記者を大切にしなさいと伝達済みだったのだろう。ええ、もちろん悪い方の忖度そんたくだった。


 戦地の兵士たちは皆、浅黒く汚い歯。ほおはこけ、目はギョロっとしている。その真逆としてジャーナリストは真っ白なはだやわらかい丸みをおびた体型だ。それはもう浮きまくる。そして、配属された夜から始まるのは悪魔のうたげであった。


 男が男を犯す、終わりなき陵辱。

 もともと兵士たちは男好きだったわけではない。ここは命のやり取りが続く極限状態。すると、下腹部からグツグツと燃え上がってくるのだ。それは睡魔よりぎょしがたい。しかも、この世でもっとも規律に厳しい軍隊という特殊な集団の中。見たこともない怪物が育つのだ。

 それは初日の決行。

 ジャーナリストが寝落ちしそうなとき、いきなり目と口を押さえつけられる。すぐに、汚い布で猿ぐつわ。首をしめられたから、自然と中腰。同時にズボンが下ろされた。

 まずはツバでぬらした指先が強引に突き刺さる。それから尻の穴を犯される。抵抗すれば、なぐられ、蹴られ、集団リンチだ。虫の息になったところで、かべわされ、代わる代わる兵士たちのなぐさめ者になってしまった。


 毎晩、毎晩、けだものの便器。

 こいつらは狂っている............、狂っている............。

 何を食って、何を打てば、こんな喜々として男の強姦を楽しむのだ! 肛門は火傷やけどのあとのようにただれ、歩くたびに激痛が走る。排便時には自分の血が混じったくそをたらし、心がどんどん病んでいく。

 性器をもてあそぶのももうヤメテ、ヤメテくれ、頼む。。。。。

 

 そして、本業。

「敵陣営を大いに撃破!」

 しかし、実際は数人が偵察ていさつへ行っただけ。虚偽報告が明るみに出れば、責任を負えと言われた。

 今日もまた、月の出ていない夜。あわただしい足音に、逃げ場はない。すぐに囲まれて最後。腰を突き出せと体を持ち上げられる。そして掘られた穴にはいぼができ、挿入されただけで涙が出た。

 永遠に続くかと思われる悪夢。それぞれの射精は1分程度か。いや、数えているのも馬鹿らしい。あまりの激しい挿入に、骨盤ごときしんでいる。ああ、意識は薄れる。その中で、にやけた顔と顔、まぶたに焼きついた。

 

 次の朝、小雨が降る静かな朝。もう、書けなくなった日記帳。

 お母さん、ごめんなさい。。。。。

 お父さん、もうしわけない。。。。。

 何が解放戦争だ。どこをどう、解放しているのだ! けだものめ!

 首をろう。布を柱にくくりつけ、下半身はすでに床へ落ちている。尻からは男たちの精液が流れていた。

 にごった、生臭い、ドクドクとした、白いバター。親族には砲撃で体が吹き飛んだと報告のみだ。

 内地には次も批判的な記者を所望すると。きっと、更生させてみますと笑顔で伝えた。


 

 牟田口は言った。

「記者ってもんは、政府に尻やしっぽを振ってるだけでいいんだ。手を突っ込むと、指を突っ込まれる。ろくなことにならんからの。フフフッ」

 宮武は不快だ。

「ご忠告、どうもありがとうございますね。でも、話が長くて小便もれそうになりましたわ。まあ、ついでにお願いってのも聞いてやりますよ」

 なるほど。まだまだ、上も下も口の利き方が下手らしい。

 牟田口はひげを整え、改まる。

「フンッ、君の耳はロバらしいな。

 いいだろう。話を戻そう。私たちは引き取ってもらいたいと言っているのだ。ここへ迷い込んだ子供三人と大人一人の合計四人だ」

 乗り出す楠本。

「よかった! みんな、無事だったんですね!」

「………さあ。その目で確かめるんだな」

 冷たく突き放す。そして、牟田口は何事もなかったかのように左下の草やぶへ降りていった。

 もちろん、馬場は引き止める。

「ちょっと、牟田口さん! 目印の赤ペンキは上だ。あなたは左だ。方向が違いませんか?」

 牟田口は来たい者だけ来ればいいと背中越しで言った。

 宮武は撮影の許可を頼む。牟田口は撮ったとしても、無駄になると一笑した。

 四人は四方を確認しつつ後を追うのだが、すぐに禁足地の真の意味に気づくことになる。

 

 10分ほどどうにかはぐれず、ついていったところ。急に木々が分かれ、吹き抜ける風が熱波を運んできた。

 息を飲む宮武たち。そこにはうっそうとした畑の群れ。今まで見たことがない丸々とした緑のつぼみが密集し、白い樹液がたらたらと垂れていた。


 そう、馬場の撮影レンズがこおりつく。

「まさか............、こんなことあるかよ。これは大規模なケシ(アヘンの原料)畑!」

 牟田口が両手を広げてのたまった。

「フフッ、これが大和魂の正体である!」


 日本は占領したルソン島(フィリピン)で大規模なケシの栽培を始めた。内地(日本)では栽培も販売も禁止。その抜け道として、ルソンを選んだ。

 麻薬の真の必要性。それは遊びとは意味が違う。その成分を抽出ちゅうしゅつして精製したのがモルヒネやヘロインだ。その鎮痛作用は不死身の兵士を生み出した。

 また、日本の科学者によって合成されたメタンフェタミン(覚醒剤の有効成分)は                  

特攻隊員に渡される。

 治すよりも壊せ! そう、壊れたままで玉砕してこい!

 それを輝かしいと賛美し、英雄視する国民もいる。

 軍へ編入されれば、男好きでも何でもござれ。常軌じょうきなど、とっくにいっしている。頭の線も4、5本抜けているのだ。

 それは打っても打っても、倒れない日本兵の原動力。決して愛や忠誠だけで映画をかいてくれるなよ。

 爆弾を抱えたまま突っ込んでくる肉弾攻撃。その神風の内側はボロボロの薬中兵士というからくりだった。



 宮武はポロッともらす。

「確かに、こんな大規模なケシ畑。これは一警察でどうにかなる問題じゃないな。もし政府がこれを知っていて無視しているなら、撮影も無駄かもしれない」

 だが、それ以上にレンズ越しの馬場が震えている。畑の中では樹液採集に数十人が働いていた。シワのある大きな鼻、鋭い眼光が目に映る。


「うわあああああ、働いている全員がみんな同じ顔だ!!!」

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