第10話 白いバター (閲覧禁止)

 パワースポットのダムを越え、ひっそりとした裏山を登る。そのけわしい道を車で進むこと30分。ついには開けた平地まで到着した。

 ただし、そこには年代物の電話BOXと枯れ葉と新芽に、夏の日差しだ。ちぐはぐを通り越して、飲み込めずにいる。

 どうやら、ここが禁足地の入り口だという。その先にはさらなるうっそうとした樹海。ほのかに山もざわついていた。


 一行は複数のわら人形が刺さった大木を抜け、けもの道へ足を踏み入れる。しばらくして道のかたわら、木々に赤い点々が目についた。

 それはちょうど手を伸ばした高さ。遠くななめ上まで続いていた。さてはと、宮武が学生の楠本にたずねる。

「あの奥まで続くペンキのあとだけどさ。君たちの仲間がつけたのか?」

 思い返すように、真剣な目の楠本だ。

「………たぶん、そうだと思います。前回、迷子にならないようにつけたんだと」


 ほとんど情報がない中、ヒントがあるだけでも助かる。

 それでも機材を背負っている馬場がなげぶしだ。

「………そう、そうなんだ。でも結構、続いてるよね。このままあの目印をだどると行って帰って、1日で戻れるかどうかじゃないですか?」


 数えるだけで7、8個。一番奥は目をらさないと見えないレベルだ。

 さて、どうしたものか? 宮武も悩む。ダムの館長には閉園の時間までに帰ってこなかったら、通報してくれと伝えていた。

 ただ、それだけにおかしい。

「楠本君。君たちの仲間や担任もこの気が遠くなりそうな景色を見ているわけだ。

 だったら、おかしくねぇか?

 俺だったら、この時点で引き返すぞ。本当に怖いもの見たさだけだったのか?」

 雑草は腰の高さまで生え、足元にはヘビらしき物影。こんな状況下で、なかなか前へ進もうと思わないのが一般的な感想だ。


 不安しかない。一行の足は止まる。それにもかかわらず、楠本は下を向き、口をつぐんだ。



 各自、ひたいからにじむ汗。重苦しい無言の時間。

 そんなときである。草むらからガサガサと物音だ。今度はハ虫類といった小物ではない。人食いクマ? とっさに、宮武は拳銃を抜いていた。

「誰だ!」

 気配が今まで何もなかった。そこにはしわだらけの老人が姿を現す。

「驚かせて悪かったな。私はこの先に住む牟田口むたぐちという者だ。ちょうど、君らのような部外者に用があってな」


 大きな鼻に、鋭い眼光。着古した軍服に、反り返った口ひげ。軍刀をつえ代わりにしていた。

 信じられないほどの情報量に戸惑うばかりだ。怪しくも、拳銃を向けれても冷静でいられる。 逆に、後ろの3人は宮武の拳銃に仰天ぎょうてんしていた。

「なんてもの、持っているんですか!」

 後ずさりするおでん。馬場もあわててカメラを切る。そこには歯切れの悪い宮武がいた。

「いやなに、ダムってのはテロの標的だろ。こういうのもあったりするわけよ。さっき、護身用にと持たされたんだ」

「あのときですか! それで、なんで、なんで俺たちにだまっていたんですか!」


 馬場の不信感が烈火のごとく噴き出した。

 もっとも、宮武はごまかしに必死になる。

「だってよ! 話して、頼られても困るだろ! そんなことより、牟田口さん! 俺らに用とは何なんだ?」

 やや、強引に話をそむける。

 指を差し、情けない姿。ツバを飛ばしてまくしたてた。

「やれやれ。今の記者は、老人への口の利き方がなっとらんな。一回、戦地をのぞいてみるか?」

 うっそうとした森林。無数の虫の羽音。ガジュマルのような熱帯の植物が入り交じる。

 牟田口は不気味に笑っていた。

 ジャーナリストと、戦場と。



 先の大戦では自由な表現・行動・誹謗ひぼう中傷の1㎜も許さなかった。

 赤紙とは言わずと知れた徴兵令状ちょうへいれいじょうのこと。そして白紙とは戦地ジャーナリスト用の召集しょうしゅう令状のこと。その上で軍部に批判的な記者や反戦の文学者は最前線のマレーシアやシンガポールへ送られた。


 口先だけでは生ぬるい。

 それはもう、現地では大歓迎かんげいなのですよ。そこには軍隊のルールしか存在しない。

「君は内地(日本)で名の知れた記者なんだって? それならきっと良い仕事をしてくれるはずだ。期待しているぞ。

 もちろん、我々は君を全力で守る」

 この期待を込めた言葉。今思えば、その意味をはき違えていた。

 本営からは送られた記者を大切にしなさいと伝達済みだったのだろう。ええ、もちろん悪い方の忖度そんたくだった。


 戦地の兵士たちは皆、浅黒く汚い歯。ほおはこけ、目はギョロっとしている。その真逆としてジャーナリストは真っ白なはだやわらかい丸みをおびた体型だ。それはもう浮きまくる。そして、配属された夜から始まるのは悪魔のうたげであった。


 月のかくれる良い夜だ。男が男を犯す、終わりなき陵辱りょうじょくのはじまり。

 もともと兵士たちは男好きだったわけではない。ここは命のやり取りが続く極限状態。すると、下腹部からグツグツと燃え上がってくるのだ。それは睡魔よりぎょしがたい。しかも、この世でもっとも規律に厳しい軍隊という特殊な集団の中。見たこともない怪物が育つのだ。

 それは初夜に決行。

 ジャーナリストが寝落ちしそうなとき、いきなり目と口を押さえつけられる。すぐに、汚い布で猿ぐつわ。首をしめられ、腰が落ちる。同時にズボンが下ろされた。

 まずはツバでぬらした指先が強引に突き刺さる。もちろん、しりの穴だ。それも犯すレベルではない、串刺しにして殺すレベルだ。

 抵抗すれば、なぐられ、られ、集団リンチ。虫の息になったところで、かべわされ、代わる代わる兵士たちのなぐさめ者になってしまった。


 毎晩、毎晩、けだものの便器。

 こいつらは狂っている............、狂っている............。

 何を食って、何を打てば、こんな喜々として男の強姦ごうかんを楽しむのだ! 肛門こうもん火傷やけどのあとのようにただれ、歩くたびに激痛が走る。排便はいべん時には自分の血が混じったくそをたらし、心がどんどんんでいく。

 も、もうヤメテ、ヤメテくれ、頼む。。。。。クマのような鋭いツメで、性器をもてあそぶ。

 

 そして、本業。

「敵陣営を大いに撃破!」

 しかし、実際は数人が偵察ていさつへ行っただけ。虚偽きょぎ報告が明るみに出れば、責任を負えと言われた。

 今日もまた、月の出ていない夜。あわただしい足音に、逃げ場はない。すぐに囲まれて最後。腰を突き出せと体を持ち上げられる。そしてられた穴にはイボができ、挿入そうにゅうされただけで涙が出た。


 永遠に続くかと思われる悪夢。それぞれの射精は1分程度か。いや、数えているのも馬鹿らしい。あまりの激しい挿入に、骨盤こつばんごときしんでいる。ああ、意識は薄れる。その中で、にやけた顔と顔、まぶたに焼きついた。

 

 次の朝、小雨が降る静かな朝。もう、書けなくなった日記帳。

 お母さん、ごめんなさい。。。。。

 お父さん、もうしわけない。。。。。

 何が解放戦争だ。どこをどう、解放しているのだ! けだものめ!

 首をろう。布を柱にくくりつけ、下半身はすでに床へ落ちている。尻からは男たちの精液が流れていた。

 にごった、生臭い、ドクドクとした、白いバター。親族には砲撃で体が吹き飛んだと報告のみだ。

 内地には次も批判的な記者を所望すると。きっと、更生させてみますと笑顔で伝えた。


 

 牟田口は言った。

「記者ってもんは、政府に尻やしっぽをってるだけでいいんだ。手を突っ込むと、指を突っ込まれる。ろくなことにならんからの。フフフッ」

 宮武は不快だ。

「ご忠告、どうもありがとうございますね。でも、話が長くて小便もれそうになりましたわ。まあ、ついでにお願いってのも聞いてやりますよ」

 なるほど。まだまだ、上も下も口の利き方が下手らしい。


 牟田口はひげを整え、改まる。

「フンッ、君の耳はロバらしいな。

 いいだろう。話を戻そう。私たちは引き取ってもらいたいと言っているのだ。ここへ迷い込んだ子供3人と大人1人の合計4人だ」

 乗り出す楠本。

「よかった! みんな、無事だったんですね!」

「さあ。その目で確かめるんだな」

 冷たく突き放す牟田口。そして、彼は何事もなかったかのように左下の草やぶへと降りていった。


 もちろん、馬場は引き止める。

「ちょっと、牟田口さん! 目印の赤ペンキは上じゃないか! あなたは左だ。方向が違いませんか?」

 牟田口は来たい者だけ来ればいいと背中越しで言った。

 自然、この中でリーダーである宮武に判断をあおぐ。

「彼は住んでいるって言ったよな? じゃあ、まずはそちらへついていこう。あのペンキのあとだって、だいぶ前につけられて、今も点いてんだ。

 なあに、学生たちがいたら、だいぶ進展になる」

 宮武は一行の説得と同時に、彼へ撮影の許可を頼んだ。

 しかし、牟田口は一笑する。撮ったとしても無駄になる、と。

 クマのようなツメで手を振った。


 

 10分ほどどうにかはぐれず、ついていったところ、急に木々が分かる。吹き抜ける風が熱波を運んできた。

 息を飲む宮武たちだ。そこには整然とした畑。今まで見たことがない丸々とした緑のつぼみが密集し、白い樹液が垂れていた。


 そう、馬場の撮影レンズがこおりつく。

「まさか............、こんなことあるかよ。これは大規模なケシ(アヘンの原料)畑!」

 牟田口が両手を広げてのたまった。

「フフッ、これが大和魂の正体である!」



 日本は占領したルソン島(フィリピン)で大規模なケシの栽培を始めた。内地(日本)では栽培も販売も禁止。その抜け道として、ルソンを選んだ。

 麻薬の真の必要性。それは遊びとは意味が違う。その成分を抽出ちゅうしゅつして精製したのがモルヒネやヘロインだ。その鎮痛作用は不死身の兵士を生み出した。

 また、日本の科学者によって合成されたメタンフェタミン(覚醒剤の有効成分)は                  

特攻隊員に渡される。

 治すよりも壊せ! そう、壊れたままで玉砕してこい!

 それを輝かしいと賛美さんびし、英雄視する国民もいる。

 軍へ編入されれば、男好きでも何でもござれ。常軌じょうきなど、とっくにいっしている。頭の線も4、5本抜けているのだ。

 それは打っても打っても、倒れない日本兵の原動力。決して愛や忠誠だけで映画をかいてくれるなよ。


 戦場に、1㎜も美しさはいない。

 爆弾を抱えたまま突っ込んでくる肉弾攻撃。その神風の内側はボロボロの薬中兵士というからくりだった。



 宮武はポロッともらす。

「確かに、こんな大規模なケシ畑。これは一警察でどうにかなる問題じゃないな。もし政府がこれを知っていて無視しているなら、撮影も無駄かもしれない」

 だが、それ以上にレンズ越しの馬場が震えている。畑の中では樹液採集に数十人が働いていた。シワのある大きな鼻、鋭い眼光が目に映る。


「うわあああああ、働いている全員がみんな同じ顔だ!!!」

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