【呪】第9話 わら人形専用サイト 見つかる
張り出した木の根。耳の裏をなめるような樹海。
車一台分あるかないかの細々とした砂利道が続く。夏の日差しは縦横に伸びた木々に
「うへ~~~ぇ。こんなことなら、ジープにしておけばよかった」
ついつい、ぼやくドライバーの馬場である。まったくガムを吐き捨てる余裕もない。ハンドルをきり、ブレーキをかける回数も増えていく。
ただ、ようやく開けた土地に出た。ちょうど、そこは小さな公園ほどのスペースだった。だが、そこで不死新聞の三人は息を飲むことになる。
「なんで、こんなところに………」
八月も終わりかけの残暑。
しかし、一同が驚いた先には秋でもないのに枯れ葉のじゅうたんだ。
焦げ茶の、黄色のイチョウの葉。無数に折り重なる。そここから目線を挙げていくと曲がりくねった青々とした木々。ヘビのように、ただし新芽をたずさえて力強い。その上で楕円形にギラついた太陽と吹雪いてくる北風だ。
もう、違和感でしかない。それも凹凸もない平地の真ん中には場違いなガラス張りの電話BOX。受話器がだらんと垂れ下がっていた。
車のエンジンを止める。馬場は宮武に問いかけた。
「この気持ち悪い場所で行き止まりですかね? 禁足地ってこの公園だけだったりして」
「そんなはずはないだろ。あれに電話して『この先、入ってもいいですか~?』って、かけるんじゃないのか?」
苦い顔の馬場である。
「ウソ! あれがインターフォンがわりですか? どう見ても使えないでしょ!」
年代物の電話BOXだ。すりガラスには内側には多くの手あか。顔のかたちにも見えるものもあった。
それでも宮武は押してくる。
「そうか? あの電話BOXはガラスも割れてないんだから、あれはきっと使えるんじゃないか?」
「でも、あそこまでの足あともないんですよ。ただの不法投棄ですよ」
枯れ葉のじゅうたん。ひとりでに舞っている。警告を発していた。
それから異変はつきない。通信のすべては圏外になる。車のラジオはおろか、時計すら止まってしまう。
おでんは深刻な顔で指を組んだ。
「もう、話してもいいころじゃない? あなたたち1ヶ月前、ここで何があったの?」
中村が青ざめた顔で口を開いた。
「………そんなに気になるなら話してやるよ。
ちょうどあれは夏休みに入ったころだ。俺たち旅行サークルの5人は無断でこの山へ入ったんだよ。
三年間の思い出づくりってな。禁足地なら手っ取り早く、お金もかからないからと思った。もちろん、徒歩でこっそり侵入したよ。
そして、そのときもメチャクチャな悪路だった。おかげで途中、俺は足をくじいてしまったんだ。そこでこの楠本と残って、他の三人と別れたんだ。ちょうど、それがこの場所だった」
パンッ! 突然、馬場との会話を止め手をたたく宮武だ。その顔は墨で書いた気色悪い笑顔であった。
「待ってくれ!
今の話は録音する。もちろん、声は編集して匿名にするからよ。逆にその方が雰囲気、出るしな。
そうだな。おでんがシリアスにたずねる場面から取り直しといくか。
はい、スタート!」
にらみつける中村だ。
「何だおまえ? うぜぇ大人だな」
しかし、宮武は平然と答えた。
「オイッ! 中村君よ、覚えておけ。うぜぇってことはみんながやりたくないってことだろ? それは仕事になる。仕事ってのはお金になる」
おかげで、車内は沈黙。
二人はにらみ合うばかりで、次に言葉を出さない。
そこで馬場がいい加減に口をはさんだ。
「中村君。君たちも取材と知りながらきているんだろ?
単なる遊び気分とは違う。それは俺たちも同じだ。大丈夫。終わったら、飯にしよう。リラックス、リラックス!」
そう言って、馬場がカメラを向ける。仕方なしにおでんも話を戻した。
「そう、君たちの思い出づくりね。それでこの禁足地を選んでしまったと。怖いもの見たさかな?」
「………まあ、そんなところだ」
中村が一息、二息。のどに何かつまるような答え方だった。
「ちなみに、その別れた三人はどこへ行ったの? どうもここが行き止まりに見えるんだけど」
中村が森の奥へゆっくりと指差す。
「あそこにでっかい木があるだろ? あの後ろに、けもの道がある。そこを先に進んでいった」
なるほど。その方向をよく見ると、黒々としたまがまがしい大木がある。その胴体にはしめ縄。赤いペンキもぬられていた。
「あの裏ね。じゃあ、その三人はいつごろ戻ってきたの?」
急に中村。血相を変えた。
「それが戻ってきてねぇんだよ!
俺たちは1時間ぐらい待ってたんだ。でも、来ない。そりゃ、迷ったよ。あの道を行くか、下に戻って助けを呼ぼうかってよ! でも、でもよ!」
言葉につまった中村。たまらず楠本が代弁する。
「あの電話BOXよ。かかってきたの。トルルルって」
おでんが凝視。
「まさか! あんなの使えるわけがないでしょ!」
「私たちもそう思っていた。それに、今みたいに受話器も垂れ下がったままだったから。とても繋がるわけがないって。
でも、恐る恐る近づく。そしたら、そしたら、三人の声が聞こえてきたの」
キャハハハ!!!!!!!!!!!!!!
気が狂ったような笑い声。
それから二人は一目散に山を降りたという。その後、警察に駆け込んだが、取り合ってくれない。担任の先生も1週間前にこの山へ入ったというが戻ってこない。そんなとき、不死新聞から問い合わせがあり、今にいたるという。
宮武は満足そうな顔だった。
「いいね。臨場感があったよ」
激怒のおでんだ。
「何、にやついているんですか! まだ、誰も助け出せていないのに!」
ふ~~~ん、面白いことを言うな。あごをトントンとたたく宮武だ。
「でもな、俺たちの仕事ってのは人助けじゃない。あくまで好みの情報を届けることだ。エンターテイメントだな。
だから、ちょっと行っていい絵が取れたらそこで終了。要は過程のそそる話が重要なんだよ。あとは編集でうまくやる」
「ハアッ? 高校生の仲間が行方不明なんですよ! おまけに警察も動いてくれない!」
キレすぎて、車を降りる彼女であった。
仕方なく宮武と馬場は後を追うが、三人のむずかしい顔が並んだ。
うわっ、最悪だ。バチバチと目線の火花が飛ぶ。馬場はどうにか二人の仲を取り持つしかなかった。
「まあまあ。部数アップも仕事だし、彼らの話を聞いてあげるのも仕事だと思いますよ。そこらへんもひっくるめて、俺たちプロなんですから。
とにかく今はホラッ、あの電話BOXから調べてみましょうよ」
馬場はずんずんと歩み出す。しぶしぶと二人もついていった。
プッシュ回線の公衆電話。数字の刻印も消えている。馬場が気休めを言う。
「スーパーマンでしたっけ? こんなのも見なくなりましたよね。誰か変身できるかもしれないですね」
下には電話帳。アコーディオンのように広がり、そこにも大小様々な手あかがついていた。
つまり、つまりだ。この内側の手あかとは閉じ込められたときのもの。そうとしか考えられない。
急な身震い。おでんが小声で聞いてくる。
「………宮武さん、中へ入ってみます?」
「冗談。俺は閉所恐怖症なんだ。馬場、行けよ!」
「冗談を。遠慮します」
受話器がわずかに揺れていた。ガラスには妙に自分の姿が映り込むので閉じ込められている気分になってしまう。
仕方ない。宮武は後ろ頭をかきながら怒鳴った。
「撮影許可、よろしいでしょうか!」
同時に受話器からかすかに聞こえた、と思う。( ……ニゲテ)
馬場はキョロキョロ。声を失うおでん。でも、誰1人聞こえたことにしなかった。
彼らの足跡も枯れ葉が消していく。最終的に宮武はうなりながら腕を組んだ。
「もういい! らちがあかない!
だが、俺はここまで来た以上引き返すことは考えていない。バシバシ写真も撮ってカメラも回す。
それでも気をつけるに超したことはないだろう。そこで、だ。俺たち3人と医療経験のある楠本君も連れて行こう。ただし、中村君は車内で待機。何かあったら、お互いで連絡。それでいいか?」
二人はうなずく。その間も森のどこからか人の目線を感じていた。
車内に戻って、軽食中の中村と楠本に説明。不満の中村だったが、最後の命綱という役割に理解してもらった。宮武は彼に無線機を渡した。
準備は終わり四人はいざ、けもの道へ。
電話BOXの先を、さらに進む。振り返ると、50メートルぐらいだったがひどくワゴン車が遠く感じられた。
そして、目の前にはすでに大木。
一瞬、目を背けるおでんである。なんと木肌の間に、複数のわら人形が確認できたのだった。
それは十数体か? わら人形はクギで心臓を打ち抜かれ、明らかにぐったりしている。さらに顔写真。または、ぬいぐるみが針のむしろになっているものもあったのだ。
その上で、それぞれが無念の表情。
殺人現場で絶命した、あの顔に似ている。血の涙を流し、強烈な殺意と憎しみを振りまいていた。その呪いは、その怨念は、大木の養分となり、縦横へと怪しく枝を伸ばしていた。
馬場は機械的になろうと、なめ回すようにカメラで撮影。宮武も雰囲気にのまれないよう、あえて吐き捨てる。
「わら人形ってのはな。
呪いを込めて毎晩クギを打ちつけること7日間。しかし、その姿を他人に見られると、効力を失うってな」
呪いの成功条件には、術式中にバレないことである。
だからこそ、呪う側は他人に気づかれないように日中はいつも通りの生活をしなければならない。そのため、ほぼ不眠不休の状態で7日間。毎夜、発狂しながらクギを打ち続けるのだ。もちろん体調は悪くなり、目にはクマ。げっそりとほほはこけ、やつれるだろう。
しかしその逆、7日後の達成感。そのあかつきには気が晴れて、気分が
そこで、だ。
他人はそのギャップに理由を知りたがる。それでも決してしゃべらないから、さらに不気味に思うのだ。
そして、クギで打たれた側はどうだろう? その不気味さは密かなウワサになり、つきとめたくなるもの。最後、自分を呪ったわら人形を見てしまうのだ。
それは決して気分のいいものではない。命を削ってまで嫌われた。寝込むこともあるだろう。はたして呪いは達成する。
「呪いの多くはプラシーボ効果(薬で得られる効果を薬以外のもので得ること)だ。要は、人の思い込みってやつだな。
いいか。“呪い”って漢字は人の口と口とで達成するもの。逆に文化が違えば、まったくの無効になるんだよ。
ホラッ、ツンドラ地方でこんな儀式をやっていたら、呪う前に凍死すっから。人形に使うわらがあったら、とっくに火をつけてるぜ。
お
昔は日本に猫がいなかった。だから、稲の天敵・ネズミを食べていたのは主にキツネだろ?
で、それに感謝する。さらに、キツネは頭も良い(捕まえづらい)もんだからと、神の使いになったんだよ。
つまり、稲・成り。
ハイセンスだよな。もし、猫がいたら猫神様だぜ。カワイイもんだろ。
だから馬場、これらもアップしておけ! 呪いも信仰も人が見たいだけなんだよ。怨念も地縛霊も、要は屈折した願いなんだよ。
魂が宿るってんなら、ヤドカリでもポン引きでもいいわけだ。しかし、決まって職業だったり動物だったり似たり寄ったりだろ? おかしなものさ」
長い説明のわりに、彼のひざが震えていた。
ふと、カメラの映像がブレる。トルルルッ♪ わずかに電話BOXが鳴っていた。
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