【呪】第8話  千と千尋の神隠 し

 片側一車線の県道から、中央線のないゆるやかな山道へ。沿道にあったコンビニや飲食店も消え、緑の多い田園風景が広がる。

 さらに進むと、破れたビニールハウス。さびた売り地の看板。電柱にはツタがからまっていた。

 そんな人通りも消えた山道だったが、派手な広告をつけたワゴン車がかけていく。でかでかと『地元の新聞を読もう!』とラッピング。冷房のついた三列の車内では不死新聞の馬場とおでんが先頭に、宮武と機材が二列目に、そして高校生の楠本と中村が最後列で座っていた。


 助手席のおでんがドライバーの馬場に問いかける。

「この先には有名なダムがありますよね。今、天然のヒーリングだとかで話題になってますよ」

 楽しそうにうなずく馬場だ。

「そうそう。ビルの8階ほどの高さから放水されるんだよな。水の音とか、森の音とか、何時間でも聞いていられる」

 ガムをかみながら答える。今日はくたびれた背広ではなく、Tシャツにスニーカーとラフなスタイルであった。


 後部座席では宮武がいらだっている。なぜなら自分の知らない間に、ポンポンとスケジュールが決まったことへの不満があった。一人、スーツにネクタイといった仕事着も浮きまくっていた。

「ヒーリングだって? おまえら、のんきだな。今から向かうのはダムじゃなくて、その先だろ! 言っておくが、だぞ」

 禁足とは決して足を踏み入れてはならず。

 その強調に、外ばかり見ていた中村も話に加わる。

「宮武さん。その地区はいつから禁足地になったんですか?」

 当然、宮武はいらだっている。高校生だろうが、容赦ようしゃはない。

「オイッ! だったら、2.3日前だと思うか?

 俺の情報によると、そこはな、ハンセン病患者の収容所があったとかで禁足地になったんだとよ。具体的なことはわからないけどよ」

 これにはおでんの気にさわる。主人をその病で失っていたからだ。

「そんな、ハンセン病患者をはれ物みたいに言わないでくださいよ! 実際は手足がマヒした程度。後遺症でダンゴ虫のように醜く残ることがあるだけです!」

 三列目から、ひ弱な声でかぶせる高校生の楠本だ。

「でも、ご協力ありがとうございます」

 少しは女性に優しい宮武である。

「ご協力ねぇ? 俺たちは迷信やウワサを信じないんだよ。それを解き明かすため(本心は部数アップのため)と、あと少し誰かが社員旅行をしたいとかで付き合っているんだ。なあ、馬場!」

 呼ばれた馬場は前乗りでハンドルをにぎる。山道はいよいよカーブが続き、ガードレールがせまっていた。


 左右に揺れる車。タヌキでも出てきそうだ。複数のミラーを見ながら答える馬場である。

「え、えーと。そもそもこの先に誰か住んでいるんですかね? 

 もう、ここら辺も人、いなそうですよ。せめて、看板ぐらいあってもいいんですけど」

 不安をよそに楠本が答える。

「あと、5分ぐらいだと思います」

 彼女はキャミソールに十字のネックレス。黒髪だが、青い目をしていた。

 不思議がるのは宮武だ。

「楠本、おまえ……。もしかして行ったことがあるのか?」

 とたん、ウゲ~~~。中村が吐き出したのである。その声だけで、ケタケタと笑う馬場だった。

「なんだ、気取っていたかと思ったら車酔いかよ。もうちょっとだから、がんばれよ」

 楠本は彼を心配そうに背中をさすった。

「私、ちょっと医療をかじったことあるので着いたら中村君の面倒見ますね」

 からかう馬場だ。

「俺も女子校生から看てもらいたいぜ」

 おでんは白い目だ。

「馬場さん、あなたの下手な運転のせいでしょ! ねぇ、聞いています?」

「ヘイヘイ」

 生返事の馬場である。宮武は相変わらず機嫌が悪い。ようやくダムが見えてきた。



 開園1時間前の駐車場。まだ、真夏を過ぎたため朝の寒さを感じる。他の車は見当たらない。ひとまず、宮武が車を降りた。

「これから俺はダムの館長に会ってくる。

 やつは俺の後輩でよ。ちょっと許可を取ってくるからな。それまでおまえら、適当に待っていてくれ」

 緊張の運転がとけた馬場。だらしなく車を出るなり、近くのベンチでタバコをふかす。

 その他、おでんたちは体調の悪い中村を連れてトイレへと向かった。


 広々とした男子トイレ。

 先に楠本が他に利用者がいないか確認する。その間、おでんは中村に肩をかしている。そこで不気味なことを中村から聞いてしまうのだった。

「俺は酔ったんじゃねぇよ。あのときのことを思い出したからだ。俺の心配より、1ヶ月前に入った仲間の心配をしろ」

 にわかに青ざめるおでん。

「ちょっと、どういうこと? そもそもあなたたちサークルのメンバーは5人だったわよね。それと、今の話は関係あるの?」

「実は………」

 振り返る楠本が重い口。そこへ中村がにらみつける。

「うるせぇ。おまえは黙っとけ! 俺は水さえ飲めば、大丈夫だ。

 そろそろ宮武さんも帰ってくるころだろ!」 

 すごい剣幕でさえぎる。彼は暑さにもかかわらず、スカジャンを着ていた。


 もともと話をつけていたのか。10分もしないうちに、宮武の手には通行許可書だ。そのあいにくな段取りの良さに、二本目を手にしていた馬場はため息をつく。ただ、おかまいなしに早く車へ戻れと指示する宮武だった。


 車の窓からは青々とした山脈。

 遠くで、鳥の鳴き声も聞こえる。ここはダムの最上部のため、見晴らしも格別だ。左手には貯水湖、右手にはダムの放流口。今は一筋しか流れていない。

 対岸へと続く歩道は200メートルもあり、幅も30メートルとゆったりだ。普段、この通路は車両禁止だが、宮武のコネだろう。

 早々に、五人はワゴン車へ乗り込む。ガタガタと通路を抜け、対岸まで。着いた先には簡単なお土産店もあった。

 そして、その裏山が今回の向かう先。ウワサの禁足地へと続く砂利道がひっそりとある。

 ただ、妙なことに通行をさえぎるのは一本のひもだけ。いや、それだけで充分であった。


 砂利道はゆるやかな登り坂に見える。

 その先は重苦しい空気と、えも言えぬほの暗さを感じた。

 生ぬるい風。どこからふいているかおおよそわかる。砂利道に沿ったがけは大きくくりぬかれ、そこに三十体ほどのお地蔵さんが並んでいた。


 宮武がポツリとつぶやく。

「お地蔵さんってのは現世と冥界めいかい(死後へ向かうとされる世界)を行き来できると言われてるんだよな。結構、川やお寺、山でも見かけたりするよな。

 そこは、、、

 生と死の境界、、、  だ」


 ― 隠語(いんご)。折り返し。『押返し』

 押返しとは間引(まび)きの隠語だ。産まれた子供をあの世へと押し返す。そんな言葉だ。

 開国したばかりの日本を旅行した外国人が驚いた。

「すばらしい! 子供に虐待されたあとがない!」

 当然である。七歳までが神の子。手を上げると、天罰が下ると信じた。今でも『七五三』の風習は残っているが、その区切りの年齢で神に生かしてくれてありがとう、と感謝する。そして最後、やっと七歳で人になる。

 

『とうりゃんせ』は福岡県太宰府天満宮や、東京の湯島天満宮などの天神さまのこと。

 そして、それをまつった神社の参道へ晴れ着で参拝さんぱいする。帰りの鳥居をくぐったら、神の子のお着物から卒業し、人になるという意味だ。逆に、そんな行事があるほど、幼少期で亡くなる確率は高かった。


 流行病、栄養不足、奇形………、七歳までのおよそ生存率50%。

 そして、生活に困れば神にお返しする。

 山にお返しする。

 川にお返しする。

 村と村との境界にお返しする。神の子なんだから、お返しした(捨てた)と言い訳できるのだ。目をつぶってもらおう。だって、大切に育ててきたんだし。

 そこではあの世とこの世を行き来できるお地蔵さんが立っていた。


 夕闇、鬼となった親は我が子を置いていく。

「家に帰ってきちゃダメよ。おもちゃを置いておくから。ずっと、ずっと見てるのよ」

 そばでは風車が回っていた。赤く、赤く、ぐるぐると。

 気になって見ていると、あっという間に親の姿は消えていた。

 残されたの? もちろん、残された子供は一人で戻る力がない。さらに、そこは人とけものの境界である。獣はおもちゃが気になり、すぐに手を出さないが確実に生肉に臭いをかぎつけていた。


 それはどういう意味か? 少しでも生きながらえてね、という慈悲ではない。ああ、夜のとばりが降りたころ、野犬やオオカミがお供え物(子供)に目を光らせる。いつものえさ場だが、今日はまた大物(じんにく)じゃないか!



 宮武の横顔がガイコツに見えた。

「神隠なんて、体のいい言葉だよ。

 次の日、涙をぬぐって置いてきた場所へ親が戻るとしよう。だが、影もカタチもない。ああ、神様の下へ戻ったのね。近所には神隠しにあいましたと泣きつくんだ。 

 みんな、は察しているんだけどよ。

 しかし、実際に跡形もないんだ。だから、猿やオオカミが神になるんだよ。ある意味、虐待より残酷な行為だぜ。


 お地蔵さんはその目の下で五体が千切れ、食われるところを見るだろう。

 だから、ホラッ! 目を閉じて、手を合わせたんだ。仏像やキリスト像より現実的で生々しいぜ」

 今も複数のお地蔵さんだ。

 日の当たらない場所。そのため表情には青ゴケが生え、顔のかたちすらもはっきりしない。または手首は折れ、首のないお地蔵さんもあったのだ。

 ただ、風車だけが回っている。いや、そのまま回しておくべきだろう。もしこれらが止まったとき、止めたときには!


 置き去りにされた子供が亡霊になっても探してるんだよ。そう、手を引いてくれる人を親に見立てて。

 立ち止まらないこと。遊び半分で持ち帰らないこと。まだ、まだ、おもちゃで気を取られているうちに通過することをおすすめする。

 

 ずっと、空気が重い。意を決して、おでんが彼らに問いかける。

「そろそろ、本当の話を教えてもらえない?」

 いつの間にか、お地蔵さんたちの目が開いていた。

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