【宗】第5話 ドクロの錬金

 真夏の夕日が差し込む新聞社。今日もまた、多くの魂が旅立った。


 1904階の古びた事務所。


 そこへ続く階段には10万枚もの色あせた写真が貼られてある。

 白黒で、胸には勲章。軍帽をつけた立派な青年たちである。ただ、その顔はぼかされ、ときには打ち抜かれ、とても確認することはできない。しかし、お金が落ちるとその耳が反応した。


 チャリン、チャリン。馬場はおもしろがって、おでんに話す。

「あいつら、死んでもお金に困っているみたいだな」

「きっと、三途さんずの川の渡り賃じゃないかしら?」

 ふと彼女を見ると、あることに気づいた。

「へ~~~ぇ、その髪型。流行の203高地カットでしょ? よく似合っているよ!」

 テヘッと、おでんの顔がほどける。

 どうやら今、若い女性の間で人気らしい。鏡もちのように段々となっているだ。

 オシャレとは恐ろしい。日本が無数の青年たちを生けにえにし、大国ロシアに勝利した戦場。その地形を模した斬新なデザインだった。

 

 

 蒸し暑い。

 日本の奇襲攻撃から始まった日露戦争。激戦の舞台となったのは中国北東部の沿岸部、旅順であった。ちょうど日本でいう東京湾のように奥に港で、陸海の重要な出入り口でもあった。

 その真後ろには203高地。これを占拠し、旅順の都市に砲撃を浴びせまくる計画だった。

 だが、ロシア軍はこの高地で最新の城塞化に成功していた。甘くみていた。

 加えて、何もない丘。

 ゴロッとした石や大木もない。つまり、下から攻め上がるときは身を隠す術がないということ。さらにはこの戦争より使われ始めた機関銃と手榴弾。人を簡単に吹っ飛ばす。その上、あっさり殺してくれない優れものだった。


 今日もまた、無謀な特攻の繰り返し。そのつど、要塞からは機関銃の集中砲火。まるでカモ打ち。翌朝には味方の死体で山積みになっていた。

 100や200、そんなレベルではない。あっさりと、簡単に、一秒を待たず吹き飛んでいく。

 それでもこの肉塊に隠れて要塞を目指すので。すでに死臭とウジがわいているがおかまいなし。

 どちらがいったい、生きているか? 目玉が飛び出し、はじけたはらわた。血が凝り固まってほほに張りつき、死肉が鼻頭についている。

 頭上では弾丸が飛び交い、銃声が止むこともない。だがら、必死に頭を下げるのだ。そこで、ふとわずかにぬくもりを感じた。

 おそらく肉塊の中に生存者いるのだろうか? だが、戦場に人はいない。使い切りのたてしかいない。今日の弾よけ。明日の弾よけ。それだけだった。


 小刻みな呼吸。しかし、いまだ待機命令。見上げると、頂上の要塞が点に見える。見えてしまうのだ。あきれるほどに遠い。その耳は異常なほどにぎすまされていた。


 壱、 弐、 散、 死、


 さあ、いつだ? 死へのカウントダウン。

 必ず死ぬ。もしくは五体満足で帰れない。じゃあ、命令を無視してしまえ。

 しかし、置いてきた家族はどうなる? 非国民、村八分は当然で、命の危険にさらされる。加えて他の仲間は連帯責任を負うだろう。そして、自分が捕まったときには公開処刑が待っている。

 これが前線の兵士の宿命だ。権利や主張もない。号令だけで命が飛ぶ。それが明らかに無謀だとしても、だ。


 ここでまさかの突然の雨。おかげで突撃は一旦停止。

 無言で宿舎へ戻りその後、司令部から伝令を待った。

「今日はこれで様子を見る。しかし、敵も油断するだろう。そこで今夜、決死隊を結成し、再攻略の指令が出た。

 もっとも重要な任務である。また、君たちの勇猛果敢さは永遠にわが国で語り継がれるだろう。

 今こそ英霊の列席に並ぶとき。じゅんずる者は手を上げろ!」


 号令とともに、全員が勢いよく手をあげる。部隊長が彼らの名前と顔を確認していった。

「君たちは皇国のいしずえとして、家族もきっと喜んでいるはずだ。最後の戦いである。日本男児として恥ずかしくない勇姿を見せろ!!!」

 高らかな鼓舞こぶ。涙があふれる。その後、軍歌を唄い解散。雨も上がり、辺りも暗くなってきた。


 部隊長はタバコに手を、静かに煙をはいていた。もう、しばらくすると送り出す時間が来るだろう。片道キップの地獄行き。

 そこへ伝令係が耳打ちしてきた。

「どうやら、与謝野晶子の弟のちゅう三郎はいないようです」

 特攻志願の身元確認はすんだようだ。ニヤリと笑う。

「そうか。あの女は反戦の歌を出して、内地(日本)を揺るがしていたからな。

『君、死にたまふなかれ』だったか? 

 思わぬ反戦ムードだよ。もちろん、誰も本心じゃあ死にたくないし、死なせたくない。

 でも、始まってしまったんだ。殺さなきゃ殺されるからな。

 それも戦時に反戦ってな、遅すぎるんだよ。それこそ線路に石を置くようなものだ。まさに重罪。気づいたときには青ざめたろう。

 クククッ、あの女。

 あわてて反戦じゃないとしっぽをふったがな。だが、万一戦場で弟が死んだら大変だ。面倒ごとが再熱する」

 手足が飛び散る戦場だ。白旗を上げたところで標的になるだけ。

 だが、そこにも順番はあるんだよ。


 伝令係はうなずく。

「大丈夫ですよ。ちゃ~んと、食事も与えてますし」

「そう、それでいいんだ。弟さえ戻れば、次はあの女も兵士を応援する歌を出すだろ。フンッ! 君、死んでこいってな。

 しかしまあ、うちの大将も白たすき隊だあ? あまりに古い発想だよ。夜襲のくせに、白のたすきなんて目立ちすぎるわ。敵にとって、いい標的にしかない。

 まあ、この集めた3000人は全滅だろう。今のうちに、形見でも何でも金目のものはしっかり集めておけよ」

 部隊長のささやきだ。これには伝令係もさすがに苦い顔である。

「今から預かるなんて間に合いませんよ。故郷の肉親へお返しするんですよね?」

 何をバカな! 鼻で笑った。

「ああ? 誰が返すかよ。だまし取るんだ。

 戦争が終われば、勝っても負けてもお金しか助けてくれないんだぜ。国は戦争で借金してんだ。戻ったら、俺たちの生活なんて補償してくれるわけねぇだろ。

 だから、今のうちに敵でも味方でも、奪えるものは全部、奪っておくんだよ。どうせ、死ぬんだ。英霊の天国に持っていくのは機関銃の鉛弾だけでいい。

 わかったら、集めておけ!」

 結果は予想通り。地獄には鉛の増えた魂でうめつくされていった。 

 次の朝。ふところにはふるさとの絵はがきだけ。もう、安いしかない。

(絵はがきの流行。検閲が入るため、絵で暗号化した)

 多くの死体で山積みになった丘では野良犬や野鳥が名もない死肉に群がった。



 おでんは手をたたく。

「そうでした、そうでした!

 高校生とコラボのテンメイ地区への取材スケジュール、私が作っておきましたよ。あと、明日にも旅行サークルの学生さんたちがそろって来るので、そのときにしっかりと打ち合わせていきましょう!」

 そのとき、宮武がひょっこりと奥から顔を出す。食後だったか、歯をみがいていた。

「馬場ちゃんよ、よかったね。彼女がしっかり者でさ。これで仕事が減って、自分の希望もかなって万々歳だ!」

 チェッ! 思わず舌打ちする馬場である。

「俺もやろうと思っていたんですよ。ただ、避暑旅行ってことで秋ごろでもいいかなと」

 価値のない言い訳をするやつだ。宮武は流し目で追い打ちをかける。

「記者のくせに思っていたなんて、だらしないことを吐くなよな。あとで彼女にお金でも払っておきな」


 戦場にはありったけのお金を持っていこう。

 きっと、に変わるさ。英霊の列席もご用意つかまつる。

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