【死】第3話 そして、小学生の首が並んだ

 真夏の夕日が差し込む新聞社。ようやく馬場が事務所へ戻る。

「あ~~~、ただいまです」

「ヨッ、おつかれさん! それでスクープはどうだった?」

 ねぎらう宮武。彼は記事を見ながら、むしゃむしゃとライスカレーを食べていた。


 1930階の古びた事務所。


 エレベーターもなく、手すりもない狭い階段。入り口には小さな郵便受け。今週末、近くの小学校で行われる運動会のチラシが入っていた。

 馬場はイスに体をあずけて、天をあおぐ。

「さっぱりです。手元にあるのは血のついた子供の作文だけです」

 その用紙には血で親指のあとがくっきりとついていた。

 なるほど。おぼえたての言葉が並ぶ。

『こんにちわ。ぼくは半年前、内地(日本)からやってきました。お父さんはこの土地を守る警察官です。みんなからも頭を下げられて、とてもえらいんです。』

 あれはいつだったか、民を植える地、日本が初めて植民地経営に乗り出した。ちょんまげの野蛮人がそんな芸当をできるのか? 欧米各国が白い目で見守る中、まずは現地人の選別から始まった。


 さて、敵か味方かの色分け作業である。当然、選挙のように選ぶのではない。敵ならば徹底的に排除。捕まえて拷問し、仲間を聞き出し強殺する。味方ならば今まで通り生活を許すかわりに、財産を渡すように要求するのだ。


 宮武はスプーンを置いた。

「たとえば、だ。軍隊が銃を向けて、敵か味方か聞いてくるだろ?

 まあ、味方だよな。命は大切さ。助かるならね。プライドや愛? くそくらえだ。ただし、中途半端は許されない。ちょっと待ってもありえない。

 即答で選ぶんだ。YES OR DEAD!」


 そこでYESを選択。はいはい、金目のものは持っていくんでしょ。当然、家の中はひっくり返される。いや、そんなことで終わるはずもなかった。


 次の日、銃口を向けられながら相談を持ちかけられる。おまえは味方なんだろ? となりに住んでいたやつら、敵だったんだよ。当然、憎たらしいよな?

 そう、友人やおとなりさんを売れと要求する。恩人、知人、遠い親族さえも居場所を教えろと要求する。

 まあ、さすがに無理だろう。それなら連絡をつけて、呼び出すだけでもいいさ。助けてほしいとやすい芝居でいいと。

 だが、呼び出したが最後。

 すばやく拘束こうそくし、はりつけにする。

 そして、銃殺の瞬間だけわざと目隠しと猿ぐつわを外すのだ。すると、びっくりご対面。

「この、裏切り者! おまえだけは絶対に許さない!」

 わざと、目の前で撃ち殺すのだ。息がむせる。あの、にらまれた最後の目は一生忘れられないだろう。そうして良心は崩壊していった。


 

 ようやく選別は終了。治安も回復。楽しそうに誤字・脱字がおどる。

『最近、こっちでもお母さんができました。なんでも村長のむすめさんとか。でも、何を言っているかさっぱりです。

 だから、ボクが、はたいて、けって、教えてあげるんです。でも、こっちのお母さんはウシやブタと寝ているから、やっぱりくさいです。早く、本当のお母さんのいる内地へもどりたいです!』

 ここからが本当の植民である。まずは、現地の警官にあたる者を本国から呼び寄せるのだ。その人選は妻子持ちが望ましい。なぜなら万一、異国の地で愛情が芽生えるとやっかいだからだ。後日、本当の家族が待っているのだからと帰国させる理由にもなる。


 また、できるだけ内地では貧しい者がいいだろう。一方的に奪われ、抵抗できず、ひたすら飢えに苦しんでいる者たちが最良である。なぜなら彼らこそ、より貧しい者をたたくことができるのからだ。


 どうしてって? 

 それは貧しい者は貧しい世界しか知らないから。道徳なんて、いったいどこの道だろう?

 現地では愛人を作らせ、子供を産ませる。そしてその愛人はできるだけ、現地の有力者が望ましい。血の混ざった子供をしっかりと養ってもらう必要があるからだ。侵略の血と高貴な血を混ぜることはなにより重要課題の一つ。


 このヒエラルキー(階級)。

 純血 ― 侵略者

 混血 ― 侵略者+貴族

 現地人― 現地の平民

 原住民― 少数派、もともと差別されていた人々


 ピラミッドをつくることが植民地運営の基礎となる。支配の第2段階だ。


 

 半年が経つ。しだいに始まる交通機関や経済の立て直しだ。現地人を強制労働にかりたて、橋や道路を作った。インフラの整備だ。もちろん、自分たちの成果としてだ。


 なお、小おどりする文字があふれる。

『こっちの小学校にはなれました。先生もみんな日本人で安心です。でも、となりの学校のボロ小屋ではこっちの子ばかりで、なんかくさいです。いっしょうけんめい、内地(日本)の歴史を学んでます。その声が聞こえてきます。下手くそだけど、せいぜいがんばって。』


 最後に教育機関をつくる。特に、小学校は重要だ。そこで日本の歴史を教える。正当性はもちろん、君たちの間違った風習。下等な歴史。それに引き換え、私たちの近代化した建物(犬のエサより安い工賃)はどう? きれいな道路(強制労働)はどう?

 みっちりと教えこむのだ。



 ぼやく宮武。

「どうでもいいけどよぉ。一番の怒りは、自分の家の墓にツバする子どもを見たときだろうな。

『お父さん、お母さんの歴史ってさ。脳の足りない動物の争いごとなんでしょ? 

 原始人みたいに馬鹿っぽくて、キモいし、キタないし。

 民族衣装? 何、着ているの? ダサいし、ありえないかな。

 あと、こっちの言葉ももう使わないから。だって、学校で使えないんだもん。

 もらった名前も変えていい? だって、学校で呼ぶなって。

 お墓? 先祖? これからは意味ないって。』」


 学校では、あなたたちは牛馬と同じ血が流れている。だから頭だけでもしっかりときたえなければいけませんよと教えられている。

 親にとって、これほどの教育があるのだろうか? 


 さらに、警官の子供はもっとひどい。

 現地の同世代どころか大人まで、見下すようになる。そこには暴力も加わってしまうのだ。むしろ自慢する。

『ねぇねぇ、いいことしたんだよ。あいつらにしつけてやったんだ!』

 得意満面。支配階級は血統だと、肌の色だと疑わないのだ。



 急に、文字がくの字に曲がった。


『ぼくはなんでもゆうしゅうです。お父さんもほめてます。次の運動会は村長さんに 

  くび を きられた  』


 もう、現地人の怒りが頂点に達した。なぜ、いつもたたく? なぜ、いつも奪う? ただ、平和に暮らしたかっただけなのに!

 支配と隷属れいぞく。しいたげられた日常は憎悪となって噴き出した。一族全員、磔になろうと知ったことか! 目が逝く。これから目に入ったものは全員、コロス! 


 ちょうど、その日は警察官たち子息の運動会。さあ、正義をカタル者たちよ! 憎しみの一握りでも味わうがいい!

 現地人の狂気が楽しい行事を襲う。理由は深い。村長の大事な娘を日本の警官に嫁がせた。それは友好のための縁談だった。それが、牛馬のように使い捨てられ、娘は今もヨダレを垂らしたままの廃人状態。

 友好とは何だ? 言いたいことを飲み込んで、血や肉をわけるカタチで握手した。それを、、それを、、、道具やおもちゃと勘違いしているのか?

 流れ出た血は子供の量が多かった。


 

 むしゃむしゃむしゃむしゃ…… 霧社事件。

 ところで、日本の植民地政策は教科書に残っているのだろうか? まあ、なかったかもしれない。

 馬場はもう一つの用紙を広げる。

「そうそう、下の郵便受けに高校からも手紙が届いてましたよ。学生と旅行のコラボ、OKですって。地域や育成のためなら、補助金も出しますって」

 にやりと宮武。

「いいね、いいね。あとは学生たちをこちらへ呼ぼうか。スケジュールも組んでおいてよ」

 逆に、馬場は嫌な顔だ。

「前回も言ったでしょ! いそがしいからお願いしますって。相変わらず人使いがあらいですよね」


 事務所の電気が消える。


 あれは台湾の地。親日でもあり、日本語も結構、通じる。ただし、これほどの複雑な歴史と民族があり、治安や感情も一つではない。一歩踏み間違えた地区では憎悪がたぎり、過去へ戻る霧がある。


 どうぞ、その理解だけは忘れないように。

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