【死】第2話 甘いバターは垂れている

 真夏の夕日が差し込む新聞社。ヘトヘトになった馬場が事務所へ戻る。

「あ~~~、ただいまです」

「ヨッ、おつかれさん! それでスクープはどうだった?」

 ねぎらう宮武。彼は背もたれのあるイスに座り、伸びたつめを切っていた。

 馬場はネクタイを外す。すると、レモンとスイカが混ざったようなむさ苦しい汗の臭いがただよった。

「スクープ? ぜんぜん、ダメですって! そもそも、とても紙に起こせなくて」

 またしても疑う宮武だ。

「そんなこと言って、サボっていたんじゃないのか?」

「やだな~。じゃあ、代わりに外へ行ってくださいよ」

 窓から下を見ると、通州(中国)の横断幕だ。

 1937回の銃声。そして、硝煙の臭いがただよう。

 大きく首をふる宮武だった。

「無理無理。外は狂った兵隊たちしかいないから」

 本物だろうか? 生首の後ろで花火が上がる。紫色の夕闇と朝霧の間に。復讐と仇討ちの間に。繰り返し、繰り返す。

 


 ザグザグと、軍足の音。

 そう、私たちは手を合わせて願ったよ。どうか、あの兵隊たちの血を浴びるほどくださいと。大脳をスイカのように真っ二つ。新鮮な心臓を取り出し、レモンのようにしぼってやるよと。そのカスを牛や豚に食わせてやるのだ。

 それが、それだけが、私たちに唯一、残された復讐だとつぶやいた。


 太陽の下、首をぐるぐる回し密告者がいないかおびえる日々だった。

 ただ、口をつぐみ、ヘラヘラとかしずくだけ。ずっと、異国人に支配される。従うことを強要される。すべての幸せは闇へと消えていった。


 毎日が地獄だった。権利もない。自由もない。見つめるのは血の混じった水たまりのみ。

 そして、日課のようにやってくる。それは兵隊たちのうさばらしだ。

 わけもなく暴力をふるう。差別用語を吐いては見下す。肥え太った彼らが食料を奪っては、わざと水たまりに捨てるのだ。

 それもなけなしの家族の食料だぞ! 泥水で泥を洗い落とす姿に下等生物、虫ケラと大笑い。国を馬鹿にし、文化を馬鹿にし、家族を馬鹿にし、深く深くドス黒い水たまりは心の深淵へとたまっていった。


 だが、ようやく解放のときが来たのだ!

 状況は一変。支配のふたひらかれる。

 それは支配してきた者、支配されてきた者の逆転のときだった。 

 いつも見下してきた異国人は一等地に住んでいる。だが、今はそんな特権が通用しするか! 今こそ、今こそ、本当の地獄を味あわせてやる!

 一つの憎悪は十になる。

 十は暴発すると銃になる!!!

 千は戦になり、業火となって燃えさかる!!!!!!!


「向こうで面白いことをやってるぞ!」

 これが号令だった。かけつけたときには、憎しみが黒煙となっていた。

 そこには支配から抵抗してきたガリガリの兵隊たちのお祭り騒ぎだ。大挙して居住区に住んでいた異国人の家族を引きづり出す。強引に。髪をむしって。銃剣を突きつけながら。それは隠れていたネズミを捕まえたごとく、笑っていた。


 もちろん家族は逃げ遅れた非戦闘員であり、武器を持たない民間人だ。煙の上がる瓦礫がれきの中、ふきさらしの公道である。まずは年端としはもいかない15.16歳ぐらいの娘が全裸にはがされるのだった。


 もう、彼女は震えるばかりで足もすくんで動けない。怖すぎて声も出ない。逃げ場もない。何十人も円陣で集まる中、白い肌がどんどんどんどんあらわわになっていく。


 だが、そこで父親が飛び出す。必死に、勇気をもって娘にかぶさったのだ。


「娘だけは許してくれ!」

 それは灰色の空にこだまする、張り裂けそうな嘆願だった。でも、あっけなかった。

 グシャリッ・・・・・

 かかとで蹴られた後、頭部を銃剣の台尻で頭がい骨を割ったのだ。娘には肩越しに父親のけいれんが伝わってくる。脳みそがむき出しになるほどの陥没かんぼつだった。


 だが、それでも離れない!

 だから、首ごと切り落とす。ブチブチと父親の首がアケビのように開かれる。その間、はやし立てる歓声も上がった。


 ついには陵辱の始まりだ。首のない父親を引きはがし、全裸で引きずり出される娘である。だが経験がなかったため、なかなか○○へ突っ込めない。だから、足を左右に広げさせられた上、銃口の先端をぶち込まれたのだった。


 ぎゃあああああああああああああああああ!!!


 ああ、娘のさけび声はよく響いた。○○からはだくだくと黒いバター。まもなく、代わる代わる兵隊たちの肉棒が○○へ押し込まれていく。その横では、すでに目をえぐられていた母親の姿もあったのだ。


 この世のすべての激痛といえよう。それでも娘の悲鳴に応え、どうにか助けてやらなければと、必死に母親ははいまわる。

 ただ、どうにも見えないんだよ。どうにも。それを兵隊たちはもてあそび、足を引っ掛けては娘に近寄らせないようにいてもてあそんだんだ。


 思わず母親は母国語で懇願こんがんする。それでも、

「この女は後妻だ! 俺たちと同じ民族だが、薄汚い売国奴!」

 ふざけるなよ。

 国を売ったと非難する口で、国のマークがついた銃でケダモノの非道じゃないか。

 ついには母親のみぞおちへ冷たい刃が深く、深く、突き刺さる。

 この多くの人々の前で、公然と強姦と強殺ショー。ただ、この家族は暮らしていただけ。ときには支配されてきた人々を気にかけたりもした。


 そして残された家族の一人に、老婆がいた。そのまわりには息子の首、嫁の首、孫娘の首ときれいに三つがならんだ。


 ただし、老婆の下半身もすでに銃剣でズタズタにされている。足もとには血と涙と小便の入り交じる水たまりとなっていた。ずっと目の前で、鬼畜の非道を強制的に見せられていたからだ。

 花火が上がる中、ラストをかざる無抵抗な白髪。その後ろ髪にも紅蓮の炎がせまるとき。その老婆と目が合ったのだ。

『こいつらだけは絶対に許すな・・・』

 じわじわと火が頭皮を焼いていく中、あたりには血とタンパク質とこげる臭いが充満する。生きながら頭を丸焼き、顔を黒焼き、体まで伝わって焼き殺す。その苦悶の表情に、ガリガリの兵隊たちはまたしても大笑いしていた。


ガリガリの兵隊たちはすぐに肥え太ったよ。同じような言葉まで吐くようになった。

 私は願ったよ。人外の悪魔どもめ。どうか国のせいにして、のうのうと免罪を語るなよと。

 娘のあの光を失った目。父親の必死の目。母親のつぶれた目。そして、老婆のまばたき一つしない目。みんな鉛色をしているんだ。毎晩、うなされるんだ。

 決して忘れることはないだろう。



 宮武はあきれる。

「確かにこんな記事、一発停止だ! 新聞に書けるわけがないだろ!」

 頭をかく馬場である。

「でも、これでもマイルドに……」

「いい、いい。罪なんて制度なんだよ。

 ときには正義が罪であったり、悪魔であったり、数年でころころ変わる。そんなヤバい記事より社員旅行な。前に地元の高校へ取材へ行ったとき、旅行サークルがあっただろ? 

 あいつらに声をかけて、旅費の半分を高校に出させるんだよ」

 エッ! これにはびっくりの馬場である。

「もしかして前に言っていたこと、覚えてくれていたんですね!

 じゃあ、具体的な日程も決めてくれましたか!」

 急に冷たい目は宮武だ。

「するか。そもそも言い出したのはおまえだろ」


 非常事態の言葉を教えよう。結局はどちらでもかまわないのさ。

 罪は残さなければ、無罪になる。だから、虐殺するんだよ。皆殺しにする。そうすれば、証言はできないんだから。

 兵隊たちのその腹は黒く肥え太っていた。

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